■セスナ 多用途連絡偵察機マート(彩雲改)■






アメリカの国籍標識が塗られた彩雲の写真が見つかった。しかし細部は微妙に異なる
のだ。プロペラ・カウリング(エンジンも)がF4Uコルセアなのである。なんとこの
機体はセスナ社で改造されたのである。戦後に彩雲の入念なテストを行った米軍はそ
の性能に驚嘆したのだった。そしてこれに目をつけたのがセスナ社なのであった。米
国に渡った彩雲は4機で現在ポールEガーバー保存修復施設の1機以外はその行方は不
明であったがセスナ社はこの内の1機を入手したらしいのである。セスナ社では軽飛
行機のイメージを払拭し大戦終了後の新たなるビジネスチャンスとして軍民両用を視
野に入れ高速&長距離&3座という彩雲をベースにした多用途連絡偵察機の開発を行っ
たらしいのである。作業はF4Uコルセアのエンジンまわりを利用して(これはコルセ
アのカウリング寸法がR2800ギリギリなので都合が良かった)短期間の内に飛行テス
トを行い改良点を洗い出すのであった。まずエンジンはP&W・R2800に換装するのだ
がエンジン径及び重量が誉よりも増えたが発動機架覆を斜にする事などで解決(キ27
やキ44に近いがこれ程ではない)した。もっともこれは暫定的なもので最終的には居
住性・汎用性を向上させる為にもエンジン幅に合わせ胴体を新設計(彩雲の試作機に
あった胴体側面の角窓も復活?)するはずであったという。プロペラは直径3.5mにカッ
トしている。排気管は左右に振り分けてF8Fに近い。これはカメラ用の窓を排気の汚
れから守る為とも言われている。ベースとなった彩雲は偵察席の風防上面が金属張り
で穴が1つなので5式30粍固定銃を搭載した11型改造の夜戦型と思われる。このセスナ
改造彩雲は700km/hを越えさらに高性能を発揮したのだが軍に採用されず結局は中止
となった(やはり改造でなく新たに生産ラインを整えるには莫大な費用がかかる為か?
)。
ちなみに軍用機が民間機となって成功したのがあのP51ムスタングである。それを行っ
たのが1957年に設立されたトランス・フロリダ・エビエイション(1967年キャバリア・
エアクラフトに変更)である。ムスタングを重役専用機に改造する事業を開始し1959
年2月にFAAの形式証明を取得した。同社のキャッチフレーズは「輸送機以外で形式証
明を保有する最高速の航空機」というものでジェットビジネス機が出現するまで確か
にその通りであった。同社の改造ムスタングのバリエーションはいろいろあるが基本
的には複座とし通常のビジネス機並の航法、通信装備を施すというものである。そし
て手荷物は主翼内のガンベイに入れられる様になっていて(「ゴルフバックがすっぽ
り積めます」などとも宣伝したらしい)キャノピーはD型タイプと後部を伸ばしたも
のがあった。改造にあたっては機体、エンジン共完全に分解オーバーホールされ電気、
油圧システムもすべて更新された。民間機になってもムスタングの長航続力は売り物
の1つだったが落下増槽はビジネス機としては問題があった(飛行証明をとるのに余
分な手間と書類が必要であった)。そこで96ガロン(363リットル)入り翼端タンク
(取外し可能だが落下式でない)を開発しこれをつけたモデルを「キャバリア2000」
として売り出した。2000は航続距離2000マイル(3220km)を表しており最大速度
が735km/h(高度9150m)、経済巡行速度は418km/h(高度3050m)でこの時の燃料消費
率は2.47km/リットルだった。当時の大型アメリカ乗用車よりも良い値であった。仮
に彩雲がP51ムスタング並の数が残って民間に払い下げられたならキャバリア・エア
クラフト社改造のP51ムスタング(重役専用機)よりもビジネス機としても活躍でき
たであろう。ほぼ同じ性能で3人乗れるのだから。そこでポールEガーバー保存修復施
設の彩雲を元にリバースエンジニアリングで復元する事を提案したい(戦闘機の復元
よりも実用性があるので)。航空写真関係の仕事にピッタリ?です。金が捨てる程あっ
て飛行機を操縦できれば自家用として欲しいものです。
※このモデルですが本来は11型で設定したのですが購入したキットのパッケージは11
型なのに中は夜戦型だったので設定も夜戦ベースとしました。