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今回発見された資料により新たなる事実が明らかになった。敗戦後の追浜飛行場で撮影された排気タービン過給器付きの彗星12型と言われていたヨ-257はネ20を搭載した空中機動実験機(MXY-9)であったのだ。橘花の開発を進める一方でその心臓となるネ20(軸流式8段、静止推力475キログラム)の空中機動実験の為に彗星をべースに作られたのである。これは中翼で爆弾倉庫が利用出来る点、機体強度がある点、複座である点など大きな改造をしないで済む為であった。変更点は次の通りである。ネ20を胴体下に装備。ただしメンテナンス性を考慮して胴体からすこしはみだした。その為に空気取り入れ口は少し大きくなった。後席は計測機材と測定員が乗り込んだ。熱田エンジンは無くなり軽くなったがネ20が1基で推力不足の為に橘花の時に使用した離陸補助ロケット(推力400キログラムX2)を主翼下に装備したらしい。性能については不明である。 |