米陸軍航空隊 試作高々度迎撃戦闘機 ベル XP-76 「ダブルコブラ」

XP-76(16.5K)




 1943 年 4 月、諜報機関を通じて日本軍の「Z機(のちの富嶽)」計画を聞き及んだ米陸軍航空隊は、話の信憑性を疑う一方で万一に備え高い上昇能力を備えた高々度迎撃戦闘機の開発を計画した。この一方がリパブリック XP-72 であり、もう一方がこのベル XP-76 「ダブルコブラ」である。
 XP-76 のアイデアは極めて単純であり、当時試作段階にあった XP-63 「キングコブラ」の 機首を延長し、もう一台のエンジンを搭載して双発とし二重反転プロペラを回すというものであった。ただし、高々度性能を確保するため前後エンジンとも排気タービンを装備しているのが特徴である。一方、機首前部にエンジンを搭載したため P-39 以来の特徴である「プロペラ軸 37mm モーターカノン」は廃止され、「三輪降着装置」は尾輪式に改められた。
 ベル社の売り文句は、「既存機のフレームを元にするため容易に量産体制が整う」という点と、「まだ開発途上のプラット&ホイットニー R-4360(XP-72 に採用予定)と異なりアリソン V-1710 は充分な実績がある」という二点だった。果たして XP-76 試作一号機は 1943 年 8 月には早くも組み立てが完成、9 月には早速のテスト飛行を行い、高度 25,000 フィート(約7,500m)で 470mph(756Km/h)という高速を発揮し関係者一同を狂喜させた。
 だが、XP-76 の幸運もここまでだった。運用テストにおいて排気タービンや二重反転プロペラ・ラジエーター関係にトラブルが頻発し、改修に時間を要したのである(結局最後まで解決できなかった)。加えて無理な拡張設計による強度不足や重心移動による操縦性の悪さ、二台のエンジンに挟まれたコクピットの安全性も問題視され、更に 200 マイル(320Km)に満たない航続距離についても実用上の疑問が抱かれだした。あまつさえ、翌 1944 年 2 月にリパブリック XP-72 が飛びはじめ 504mph(806Km/h)という高速を見せつけると、XP-76 に対する軍の興味は急速に薄れていった。
 そして何より致命的だったのは、迎撃すべき富嶽がいつまで経っても飛来しないことだった。太平洋戦線で米軍は攻勢に回っており、もはや必要なのは迎撃機ではなく長距離を飛べる護衛戦闘機だったのである。受注継続を望むベル社は不調の排気タービンを外した低空用の対戦車攻撃型 XP-76A を提案したが、軍の反応は冷淡だった。1944 年 6 月に早くも計画はキャンセルされ、三機造られた試作機もすべてスクラップ処理されてしまった。

ベル XP-76 ダブルコブラ試作迎撃機 緒元
エンジンアリソン V-1710-49/53 (1,510hp) x 2
武装12.7mm ×2(機首上面), 37mm ×2(主翼下面)
最大速度756Km/h(高度 7,500m)
航続距離300Km(落下タンク未使用時)
乗員一名
翼幅11.7m
全長10.6m
全高3.8m
自重3,470Kg


作者からのコメント


 架空機でわざわざ失敗作を描くってのも酔狂ですが、軍用機開発にまつわる非常識と愚かさについて書いてみたかったんです。目前の戦況に対応した機体を「一日でも早く実用化しろ」と開発指示しておきながら、やっと完成したら今度は「あそこが悪い」「ここが気に食わん」と設計時から明白だったはずの欠点について難癖をつけられ、挙句の果てには「戦況が変わったからもう要らん」とあっさりキャンセルされることは珍しくありません。あれ?軍用機開発どころか、こんな話は割と身近にゴロゴロしている気も…。

 なお、XP-76 という機体番号は実在します。P-39 に新型エンジンと層流翼を装備した発展型として 1942 年 2 月に計画された機体で、当初は XP-39E の型番が与えられていました。しかし搭載予定エンジンのトラブルやら錯綜した生産計画(ベル社は B-29 の量産も担当していた)によって陸軍航空隊の方針が二転三転した挙句、同年 5 月には早くもキャンセルされたという幻の機番です。なお、XP-39E からは別の発展型として P-63 キングコブラが生まれました。
 リパブリック XP-72 も実在の試作機で、本文中に引用したデータも記録に基づいたものです。XP-72 の試作開始は 1943 年 6 月なので、嘘の XP-76 試作開始期日もこれに合わせて決めました。本物の XP-76 計画がなぜ番号の若い XP-72 よりずっと以前なのかは謎。軍用機開発は不可解なことだらけなのです。

文・画とも Copyright by Y.Sasaki 1998 6/30