
ミッドウェイ海戦敗北により一度に大量の空母を失った日本海軍が応急処置として改造されて生まれたのが本艦、航空戦艦大和である。
ハワイ奇襲作戦が成功裏に終わり「しばらくは戦艦同士の艦隊決戦は起こるまい」との判断より水上戦闘機、もしくはカタパルトからの射出が出来るように改造された零戦を搭載し、対水上戦闘と艦隊防空の二つの任務を同時にこなすことの出来る多用途艦を目標とされて改装された。
実際の改装は「出来るだけ速やかに工事を完了し、元の姿にも出来るだけ速やかに戻せること」を目標とした為に第三主砲塔や第四副砲塔は砲塔だけを取り外しただけで、弾薬庫等はそのままとされ、それらの上に飛行甲板を天井とした格納庫をすえつけるというシンプルな構造とされ、工期は3ヵ月以内に収まり、はじめてその姿を見る者には一種独特な印象を植え付けるその艦影を現したのは1943年の2月のことであった。
だが、改装計画が驚くほど順調に進んだにもかかわらずカタパルト射出用の零戦、「零式艦上戦闘機二二型甲(A6M3c)」の実用化が遅々として進まず、しばらくの間は零式水偵と零観のみが応急措置として配備されていた。
初期の計画通りではないにしろ一定の航空戦力を持つ万能戦艦が完成したことには変わりは無かったのだが、もともと「艦隊決戦の切り札たる大戦艦」であった為に積極的な運用をされず、航空戦艦としての実戦らしい実戦参加は1944年10月の捷一号作戦、いわゆるレイテ沖海戦まで一度たりとも無かった。しかしそのレイテ沖海戦において本艦の能力がいかんなく発揮された。
レイテ湾に突入を図る第一遊撃部隊(戦艦部隊)に襲い掛かった米空母よりの攻撃隊から「大和航空隊」は戦艦5隻をほぼ無傷のまま、守り切ったのである。もっともこの後に第一遊撃部隊司令官栗田中将の「謎の反転」により米戦艦部隊との砲撃戦は実現しないままに終わってしまった。
その後、大和級の2隻は共に衝撃的な運命をたどる。
「純戦艦」のままであった姉妹艦の「武蔵」の沖縄特攻はかなり有名であるが、本艦は呉にて防空艦の任務に就いたまま終戦を迎えた。その時の姿は1945年7月の呉空襲により外観はきれいとは言い難いものであったが船体そのものには被害はほとんど無く、そのまま米軍に接収された。そして1946年7月の「クロスロード作戦」…ビキニ環礁原爆実験に供された。周りに置かれた他の米戦艦、空母、さらに日本の生き残りの軽巡洋艦「酒匂」は2回の核爆発で大半が沈没してしまったのにもかかわらず本艦だけは、核における直撃レベルの位置に配置されたのにもかかわらず、2回の核爆発を耐え抜き、技術者達を驚愕させた。一時は米本土に曳航し、更なる調査をすることも考えられたものの、「染み付いてしまった」放射線はどうしようもなくビキニの海に自沈処分とされた。
なお、航空戦艦改装時に取り外された第三主砲塔は「長門」と共に横須賀に保存されている。また、近々退役、記念艦としての保存が予定されている、V/STOL機「ハリアー」を搭載する航空戦艦「アイオワ」級は間違いなく本艦の影響を受けて改装が決定されたものである。
| 艦種 | 戦艦 |
|---|---|
| 艦名 | 大和 |
| 完成年 | 1943(改造完成) |
| 排水量 N:常備 S:基準 T:公試 T:英トン(1.016メートルトン) t:メートルトン | T 68100t S 63000T |
| 長さ(垂線間長)WL:水線長 | 244.0m WL 256.0m |
| 幅(水線最大幅)UW:水線下最大値 | 36.9m UW 38.9m |
| 平均吃水 | 10.3m |
| 主罐 | ロ号艦本式 X 12 |
| 主機械 | 艦本式オールギヤードタービン X 4 |
| 軸数 | 4 |
| 機関出力(HP) | 150000 |
| 速力(Kn) | 27.0 |
| 航続距離(Kn-Miles) | 16-7200 |
| 燃料搭載量 C:石炭 O:重油(t) | O 6400 |
| 乗員 | No Data |
| 備砲(cm/口径長) AAG:高角砲 MG:機銃 I,II,III,IV:単装,連装,三連,四連 | 46/45 III X2,15.5/60 III X3,12.7/40 II AAG X6,2.5MG III X18,1.3MG II X2 |
| 魚雷発射管(cmX) | なし |
| 水線部甲鈑最大厚(厚さ-種類-取り付け角) | 41cm-VH-20 |
| 航空機 | 33 |
| 射出機 | 2 |
| 備考 | 航空戦艦改装後 |