
|
昭和9年(1934)に成立した第2次艦艇補充計画に基づいて建造された水雷艇。 海上護衛総司令部は、ロンドン海軍軍縮条約の制約の元で護衛艦艇の整備を進めていたが、条約の制限内の艦艇は連合艦隊に優先的に配備されていたため、護衛艦艇の整備は条約の制限外の艦艇を建造することで賄うこととした。 つまり、主力艦として基準排水量2,000t程度の哨戒艇を、その補助兵力として基準排水量1,000t程度の海防艦を、両者の海上戦闘能力を補完する基準排水量600t程度の水雷艇をそれぞれ建造することとしたのである。 水雷艇の建造に当たって海上護衛総司令部では、第一次大戦の際に多数建造して海上護衛戦に投入していた基準排水量600t程度の小型駆逐艦の戦訓を検討して、@計画において水雷艇第1号型16隻を建造した。 A計画で16隻の建造が決定した第17号型は、計画時には基本的に第1号型と同型であった。 しかし、計画中に友鶴事件が発生して起工が遅れたのでその間に計画が修正された。 変更された点は、主砲を12cm平射砲から同高角砲に変更したこと、艦橋を近代化したこと、船体の生産性の向上などであった。 主砲を平射砲から高角砲に変更したのは、設計変更時に対空戦闘能力の強化を求められたものの、主砲とは別に高角砲を搭載することは船体の大きさから見ても不可能であったので、主砲を取りやめて高角砲を両用砲として採用する事と決定したためである。 艦橋の近代化は、両用砲を採用して砲の防楯が大型化したので第1号型のままでは前方の視界が遮られるため、艦橋の設計を変更する事となった際に新たに対潜室を設置したためである。 生産性の向上は、戦時量産を考慮したもので、艦首を含むかなりの部分の曲線部を出来るだけ減少して生産性を向上するための様々な簡易化が進められている。 これらの改修の結果、速力は若干低下したが、生産性は飛躍的に向上して戦時には平均2ヶ月半で建造が可能とされた。 また、対潜兵装として、旧来からの爆雷投射機や、投下軌条に加えて九三式水中聴音機と九三式水中探信儀が搭載され、対潜戦闘能力も強化されている。 更にB計画以降の艦は爆雷投射機を八一式4基から九四式3基に増加し、爆雷搭載量も増加するなどの設計変更を加えられている。 第17号型はA計画16隻に引き続いて、B及びC計画でそれぞれ16隻が建造され、護衛水雷戦隊だけでなく各地の港湾防備部隊にも配備された。 ◎要目(第17号水雷艇開戦時) 基準排水量:600t 全長:82.0m 最大幅:7.4m 機関出力:11,000馬力 速力:29.5kt 兵装:12cm単装高角砲1基、同連装1基、25mm3連装機銃1基 53.3cm連装魚雷発射管1基 八一式爆雷投射機4基(後期型は九四式爆雷投射機3基)、爆雷投下軌条2基 同型艦:48隻 |