
・基準排水量 40.530t ・満載排水量 46.680t ・全長 261.5m ・全幅 34.6m ・機関 180.000馬力 ・速力 33kt ・航続距離 8.500海里(18kt) ・搭載機 常用66機、補用15機 ・武装 65口径12.7センチ連装高角砲10基 40mm連装機関砲12基 25mm三連装機関銃24基 概要 開戦初頭に行われたトラック沖空海戦において、「六甲」級はその能力を十二分に発揮 した「六甲」級は、同じ条約型戦艦である米「ノース・カロライナ」級を完膚無きまでに 叩きのめした。この海戦において「六甲」級は、「ノース・カロライナ」、「インディア ナ」、「マサチューセッツ」を撃沈し、残る「メイン」も一年近くドックに入渠させると いうワンサイドゲームをやってしまったのである。 しかしながら、この海戦において「ノース・カロライナ」をも海底に送り込もうとした 「六甲」級、彼女達を待ちかまえていたのは撤退戦の殿として残っていた「コロラド」・ 「メリーランド」と、アーレイ・バーグ大佐率いる水雷戦隊であった。勇猛なアーレイ・ バーグ大佐率いる水雷戦隊は、多数装備していた「六甲」級の両用砲や、「三隈」麾下の 日本水雷戦隊の砲火に臆することなく魚雷を発射、その内の二発が「生駒」の艦首を吹き 飛ばしたのである。 「生駒」にとってさらに悪いことに、「六甲」級の猛射により沈没寸前であった「コロ ラド」最後の咆吼であった十六インチ砲二発が、「生駒」の第一・第二砲塔間に飛び込み、 それら二つのバーベットを歪めてしまったのである。言うまでもなく「生駒」は大破であ る。翌日行われた米航空隊の空襲を「生駒」が乗り越えられたのは、先日行われた空母機 動部隊同士の戦いを辛くも勝利した加来機動部隊の航空機によるエアカバーであった。 こうしてトラック基地に戻り、工作艦「明石」によりとりあえず回航に足りうるだけの 補修を施して呉基地に戻った「生駒」ではあったが、その被害は想像以上であった。艦前 部の被害は相当なものであったのである。さらに「生駒」にとって悪いことに、各工廠、 民間造船所は航空母艦・戦艦の建造で手一杯であり、また損害程度の軽い「六甲」級の修 理を先にすべきであったことから、その修理に取りかかれなかったのである。むしろ史上 初の空母機動部隊同士の戦いであるマーシャル沖航空戦において、その能力と必要性を見 せつけた空母機動部隊の戦力強化を図る必要があったのである。 トラック沖空海戦において副砲弾薬庫の誘爆から「陸奥」が沈没したものの、「長門」 ならびに「六甲」級計四隻に対し、「ノース・カロライナ」級二隻と優位であり(「加 賀」級は「摂津」級とともに米「アイオワ」級に対抗するために数に入っていない)、 「生駒」を航空母艦に改装しても問題はない、という声が海軍内に存在する空母マフィア から出たのはある意味当然であった。 このトラック沖海戦では空母機動部隊は一応勝利はしたものの、甲板非装甲の「蒼龍」 級・「翔鶴」級に大損害が出てしまい、その再建に非常に時間がかかることが明らかであ ったからである。空母機動部隊の早期戦力化を計るために、いくら戦艦とはいえ既存の大 型艦を空母に改装する必要があったのである。でなければ、「紀伊」級三・四番艦(「飛 騨」・「越後」)まで第二次世界大戦最大の航空母艦「飛天」級へと改装する理由は他に ない。 日本海軍に多数存在している戦艦屋は当然ながら「生駒」の航空母艦改装には反対であ ったが、「相模」級、「紀伊」級で必要とされる乗組員の捻出という現実から「生駒」改 装について、声を大にして反対はできなかった。 この様な経緯を経て「生駒」は航空母艦へと改装されることになった。条約失効後のマ ルロク計画において量産されることになった「改大鳳」級用に発注されていた資材を活用 することで、可能な限り早期戦力化が図られることになった。この結果空母へと改装され た「生駒」は、非常に「大鳳」級・改「大鳳」級に似通った艦へと変化することになった。 ただ元が戦艦であるために横幅が「大鳳」級に比べて太く、それ故搭載機自体も「大鳳」 に比べて多少増加している。 「生駒」の航空母艦への改装は日を徹して続けられ、わずか一年少しで再び洋上に出る ことになった。「生駒」は改「大鳳」級等とともに新編の第三機動艦隊(吉良中将)に配 属され、その後の対米戦を乗り切ることになる。 こうして数奇の運命をたどることになった「生駒」ではあったが、対米戦後の必然的な 軍縮により運用から遠ざけられる事になる。「大鳳」級で生じた大型化した艦載機による 搭載機数の減少という問題と、同級艦が存在していないため共同運用が行いづらかったと いう運用上の問題が存在したからである。そのため一時は「生駒」を、ドイツやフランス に売却してはという話が海軍内部から出たのも事実である。 しかし、この同級艦が存在していないことに目を付けたのが艦政本部であった。 英国で開発されたスチームカタパルトやサイドエレベーター、アングルトデッキといっ た現在の航空母艦を形作る技術を計画中の新型航空母艦で採用するために、彼らはそのテ ストベットとして「生駒」に目を付けたのである。 一種の実験艦であるために、搭載機などの運用上の制約から逃れることになった「生 駒」は、それら活用を行うための改装をされることになった。艦型を一新して再び洋上に 出ることになった「生駒」の運用により、英国発の新技術の習得がなされ、これが新型航 空母艦「富士」級(1945年の命名基準の変更により航空母艦にも旧国名、山岳名が採用さ れることになった)の建造に繋がったのである。 その後の「生駒」は、練習空母として新人パイロットの育成に勤めることになったが、 艦載機の大型化により「生駒」では対応できなくなってきたため、1976年に現役最古参の 空母「飛天」級と交代で廃艦・解体されることになった。同型艦である「六甲」級が20 世紀の終わりまで幾たびもの改装を経つつ戦艦としての生涯を終えたのに対し、「生駒」 の生涯は波乱に満ちたものであった。しかし、現在の海上を支配する空母機動部隊の運用 は「生駒」において実用化されたものばかりであり、そう考えれば、「生駒」は日本にお ける空母運用技術の隆盛の礎となった史上初の航空母艦であった「鳳翔」と同じ役割を果 たしたといえるかもしれない。 あとがき うにーーーーー!!「六甲」級空母改装の姿です。スペック等については聞かないでく だせえ(^^;)。 これが自分で描いた初めての絵になります。最初はかDoさんの「飛天」の様に艦首を エンクローズドバウ化してはいなかったのですが、描いているうちに暴走してしまいまし た(笑)。学研の「空母名鑑」や世界の艦船別冊「アメリカ空母」「イギリス空母」等が 手に入れば、対米戦終了後の大改装時の姿がお見せできるかもしれませんが、いつのこと になるやら…。 あとどなたかで結構ですが、マーリン・グリフォン・jumo等の液冷エンジン装備の高速 艦上戦闘機描いていただけません?別に空冷でもいいのですが…。 |