日本海軍超弩級戦艦「伊勢」級

「伊勢」級

諸元(建造時)

全長・・・225.6m
全幅・・・30.6m
基準排水量・・・32,500t
機関出力・・・120,000hp
最大速力・・・29.9kt
航続距離・・・5,100浬/14kt
同型艦・・・伊勢,日向
武装・・・45口径36cm砲3連装4基,50口径14cm単装砲20基
     53.3cm水中発射管6基
装甲(最大)・・・320o(舷側),80o(甲板),340o(砲塔)

 伊勢級は,扶桑級と同じ1911年度計画で2隻の建造が決定した超弩級戦艦で,扶桑級の改良型である。本級を建造するにあたっては,金剛・扶桑両級のノウハウを元に最新の建造技術を導入していた。しかし,その割に伊勢級はかなり評判の悪い艦であった。その理由は,余りにも低い居住性・短い航続距離から来ていた。何故このような事になったのだろうか。
 それは,扶桑で十分高速だった速力を更に引き上げる為に機関を増設した事にある。しかし,基本は扶桑なので機関が増えた分燃料等裁量が減少する。そして,その分燃費が悪くなり,結果的に航続距離が大幅に落ちたのだ。機関増設による悪影響は,兵員室の減少といった形でも現れた。煙突が張り出す分,兵員室が少なくなったのだ。元来日本の艦艇は居住性が良いとは言えなかったが,この艦はそれらを更に通り越して悪かったのだ。
 しかし,これだけの犠牲(?)を払っただけ有り,本級の速度性能は卓越したものがあった。同時代の同級艦の中ではダントツの高速戦艦であり,実際の戦闘ではかなり実績を上げる事が期待された。
 だが,本級が戦艦として戦力になる機会はとうとう訪れなかった。完成は伊勢が1917年12月15日,日向が1918年4月30日であったが,第一次大戦には参加せず終わった。すでに大西洋には扶桑級と金剛級が派遣されており,さらに有力なドイツ艦は殆ど無くなっていた事もあり,航続距離の短い本級を派遣する意義が見当たらなかったのだ。そして,日華事変時には練習戦艦となっており,太平洋戦争時には航空母艦に改装され,戦艦としての威力を発揮する事はとうとう無かったのだ。



 ども,かDoでございます。

 3連装伊勢ですけど・・・・・・とんでもない火葬艦だな(笑)。これじゃあイタリア戦艦だ(防御は有るけど)・・・ま,次の第一次改装時にはもっと火葬になってもらいます。とうとう練習戦艦に・・・
 ・・・でも,その先には三航戦主力という栄光の道が君を待っているのだ(爆)!!
 ちと我慢しといてね,伊勢よ(笑)

 てな訳で,次はむっちゃシンプル,練習戦艦版を・・・
 でわでわ。


(財)郷研聯盟ゴムサンダル工業会会長 かDo(海野土左衛門)