満州国海軍・河用砲艦
  平 定 型     Ping-Ding Class

 満州国向け河用砲艦。
 満州国は黒龍江を挟んでソ連と対峙し、また国内に松花江や牡丹江といった大河が存在することから欧州の大河や長江のように河用艦艇を整備する必要があり、張学良軍の残存艦艇や商船改造艇に加え、昭和8年ごろより我が国から河用砲艦を輸入するようになりました。

 満州国の砲艦は、活動の場所である松花江や黒龍江には長江の三峡のような難所や広水面が無い為、船として高性能が必要とされず、また外地警備艦ではないので強力な通信施設や居住性は要求されない反面、仮想敵国に対する最前線である為の極端な重装備が特徴です。

 本型は昭和10年建造の定邉型砲艦(290トン型)の改良型で、当初は定邉型を建造した播磨重工が受注する予定でしたが、松花江に自分たちの息のかかった造船施設を欲する日本海軍の横槍で満州進出を狙う摂津重工が受注、しかし、その後の陸軍やその他の重工各社を巻き込んだ政治的なゴタゴタにより摂津の新工場計画が頓挫してしまい、結局は摂津重工の大阪造船所で建造後分解して現地に運び、組立ては播磨工廠(播磨重工の現地法人)のハルビン造船所で行うという、とても満州らしい船となってしまいました。

 本型は全長の1/3にあたる部分が人貨の搭載の他に重砲や機銃を射撃可能状態で設置する事ができるフラットな汎用スペース(多目的甲板)となっているのが最大の特徴ですが、これはコロコロ変わる要求に加え、多様を極める非公式ルートからの「要望」で精神的に追い詰められた設計部員が船の後部が空白のラフ画を前にうなっている時にひらめいたとも言われています。

 定邉型は前部に12センチ連装砲1、後部に単装砲1を装備していましたが、本型は多目的甲板の採用により後部砲が搭載できなくなり、前部砲のみとなりスペック上の砲力は大きく減少しますが、多目的甲板に重砲を射撃可能状態で搭載できるので、戦闘力はそれほど減じていない、というのが設計側の見解でした。
 しかし、やはり砲力の減少は気になったようで、12センチ砲の予定だったのを、特設艦船用に保存してあった15センチを搭載、旧式砲ながら260トン艇にあるまじき大口径砲を装備する重装艦となりました。しかし、流石に15センチ砲は大きすぎたのか射撃の反動で大傾斜を起こし、見張り塔に居た見張り員や多目的甲板の荷物が河に落ちるなどの不具合が生じた為に火薬の量を加減して使用する事になったようです。

 定邉型の機関はディーゼルでしたが、本型はセミ・ディーゼル(無注水ボリンダ型焼玉エンジン)に改められています。一見すると退化ですが、まさに爛熟期を迎えつつあった技術だけに信頼性・性能ともに高く、またディーゼルに比べ、劣悪な燃料でも駆動できる点など、現場の評価はかなり高かったようです。

 昭和14年、満州国海軍の廃止により満州国軍に移管となり、江防艦隊は江上軍に改組されました。
 任務そのものは大きく変化せず、他の河用砲艦・砲艇と同様、黒龍江から松花江の警備に従事しましたが、多目的甲板を活用してちょっとした輸送任務を行ったり、気球を引っ張ったりと地味ながら便利な船として活躍したようです。

  
平定 Ping-Ding 造船所摂津重工大阪造船所/播磨工廠ハルピン造船所,昭和11年6月3日竣工,満州国海軍江防艦隊に配備。昭和14年、満州国海軍廃止に伴い満州国軍に移管、江上軍に配備。ソ連侵攻時にはハルビンに所在。その後の消息は不明
平静 Ping-Jin 造船所摂津重工大阪造船所/播磨工廠ハルピン造船所,昭和11年6月9日竣工,満州国海軍江防艦隊に配備。昭和14年、満州国海軍廃止に伴い満州国軍に移管、江上軍に配備。ソ連侵攻時にはハルビンに所在。その後の消息は不明

要  目  (新造時の平定を示す)
基準排水量260トン
垂線間長55.0m
8.8m
平均吃水1.0m
主機摂津32型セミ・ディーゼル 2基2軸
出力600馬力
速力16ノット
兵装15センチ単装砲 1基
7.7ミリ単装機銃 2基
多目的甲板に野戦砲または重機を射撃可能状態で搭載可能
搭載機観測用軽気球1機を搭載・運用可能(多目的甲板)

河用砲艦<平定> 多目的甲板に搭載しているのは陸軍砲(10cm加農砲)