要目(終戦時)
基準排水量:31,800t
全長:237.4m
全幅:28.6m
喫水:9.6m
主機:艦本式オール・ギアード高圧タービン4基 4軸
主罐:ロ号艦本式重油罐8基
出力:195,000hp
最大速力:35.2kt
航続力:10,000浬/20kt
乗員:1,590名
武装:50口径30.5cm3連装砲3基
61cm魚雷発射管4連装4基(次発装填装置付)
40口径12.7p連装高角砲12基
25mm3連装対空機銃28基 同単装24基 13mm連装対空機銃2基
12cm28連装対空噴進砲8基
搭載機:水上偵察機15機(機種および任務により増減有)
装甲(最大)舷側250mm(傾斜角15°)
甲板126mm
主砲300o
同型艦:なし
略同型艦:『高雄』『浅間』『磐手』『吾妻』
『出雲』『常磐』『八雲』
巡洋戦艦『利根』戦歴
本艦は『高雄』の略同型艦で、『雷装戦艦』あるいは『雷装航空戦艦』とも通称される巡洋戦艦であ
る。だがその充実した航空艤装と通信設備は艦隊旗艦の任を勤めるには最適で、その結果本艦は、艦隊
旗艦として『高雄』以上の華々しい戦歴を誇るようになるのである。
本艦建造までの経緯は『高雄』の項を参照していただきたい。本艦建造の基となった通称「乙案」は、
偵察能力と通信設備を強化することで、通商破壊活動に特化することが予定されていた。つまり軍令部
が考えていた、パー国巡洋戦艦シャルンホルスト級に(任務面で)対抗するべき艦という面を『高雄』
以上に強調した艦だったわけである。
本艦の仮称艦名は『796号艦』で、紀元1024年3月17日に虎麦港海軍工廠で起工。紀元10
27年8月に進水し『利根』と命名された。完成は紀元1029年2月10日と、『高雄』に比して工
期が幾分長くなっている。これは艤装中に艦後半部の設計変更が行われたからで、それでも紀元103
0年の開戦には間に合ったので特に問題とはならなかった。
『利根』は完成後、『高雄』と共に第二艦隊第八戦隊を編成している。なお完成時の艦種類別が一等
巡洋艦、休戦時に巡洋戦艦に変更されたのは『高雄』と軌を同じくしている。
この『利根』の艦型は『高雄』を基礎とし、一種の航空戦艦として必要な装備を施していた。4番砲
塔を撤去して艦後部に飛行甲板と昇降機を設置、その下部には密閉式の格納庫が設けられていた。
なお、本艦の搭載機は3座水偵15機程度とされていたが、実際に偵察機だけを定数いっぱい搭載し
たことはなかったようである。戦争期には水上戦闘機や水上攻撃機などが搭載されることもあったが、
おおむね複座水偵、3座水偵を各4機ずつ搭載していたというのが通説となっている。
その他、艦の前半分や艦内の設備、防御構造などは『高雄』とほとんど変わらず、主砲30.5p3
連装砲3基、61cm魚雷発射管4連装4基(次発装填装置付)、12.7p連装高角砲10基が主兵装
であった。ただ、主砲1基が撤去されたことで生じたスペースと、飛行甲板周囲に対空機銃を追加装備
したりしている。この結果『高雄』に比べてより戦争期の需要に見合った状態で完成したと言えるだろ
う。
『利根』は本来、通商破壊任務に特化した艦であり、そのため航続力も『高雄』に比して若干ながら
長くなってはいたが、やはり大型水上艦による通商破壊活動が非現実的という判断が下されたため、そ
の用途で使用されることは結局一度もなかったのである。
『大和』就役までの間、本艦は編成されたばかりの第二艦隊の旗艦を勤めている。これは強力な通信
設備を買われたのが第一だが、偵察機を利用した敵情把握を重視していた第二艦隊にとって、本艦の卓
越した偵察能力は極めて有効な戦力と判断されたからである。実際、ツツガムシ島夜襲作戦の成功は本
艦の偵察機による正確な情報収集の結果でもあった。
『大和』就役により艦隊旗艦任務から外れた後も『利根』は第二艦隊の主要戦力として、到島沖海戦
やツツガムシ島近海での戦闘に活躍している。特に後者では格納庫を利用した輸送作戦でも活躍、大人
数の陸軍部隊や重砲の輸送を行える数少ない軍艦として重宝された。もちろん、敵重巡洋艦を圧倒すべ
く搭載された30.5p砲と強力な雷撃兵装により、純粋な艦隊戦でも活躍したのは言うまでもない。
特にササダニ岬沖夜戦では陸軍の重砲を強行揚陸、その後敵艦隊に突撃するという八面六臂の活躍ぶり
で、海戦後に艦長以下乗組員が連合艦隊司令部から表彰されている。
休戦中、本艦に艦上機用カタパルトを装備、かつ後部3番砲塔と大型クレーンを撤去して飛行甲板を
拡大するなどの工事を行い、艦上機を運用できる本格的な航空戦艦に改装するという案が出された。だ
が、本艦の飛行甲板のスペースでは仮に拡大したとしても、着艦が不可能なのは目に見えていたし、他
の艦の改装および建造を圧迫するという理由で放棄されている。対空兵装の強化と電探の追加はこの時
期に行われており、高角砲2基と機銃多数、およびこの頃空母に搭載されはじめていた12cm28連装
対空噴進砲が追加装備された。その対空能力は戦艦としては『大和』型に次ぐ強力さであった。
改装が終わった『利根』は、第二艦隊司令長官堀田真治中将の旗艦として、同艦隊遊撃隊の指揮艦と
なった。
戦争再開後の戦歴は『大和』『高雄』と同じく、中部大東洋海戦から第二次露島沖海戦までの一連の
戦闘にすべて参加している。第二艦隊遊撃隊は総数22隻で編成されており、、連合艦隊所属の艦隊の
中でもかなり艦艇数の少ない部類の艦隊であった。しかし、開戦時の第二艦隊の任務である夜戦部隊と
して、同時に連合艦隊司令部直属の遊撃部隊として大活躍している。その戦果は第一艦隊(戦艦部隊)
にも匹敵したと言われるほどであった。
その結果、同隊の旗艦である『利根』の存在は自然華々しいものとなっていき、いつしか『大和』に
次ぐ名声を得るまでになった。第二次露島沖海戦の激戦でも小破にとどまるなどの幸運もあり、講和条
約締結までの短期間、邪国海軍にとって最後となる連合艦隊旗艦の任務に就くという栄誉も授かってい
る。
講和後の軍縮でも『利根』は保有を認められ、新たに編成された国防軍警備艦隊の旗艦となった。こ
の直後の改装で魚雷兵装を撤去している。その後は後部のクレーンと3番砲塔を撤去、各種ミサイルを
装備すると共にヘリコプター搭載艦への改装も行われた。
その後も長く現役にあり、紀元1056年9月に除籍、終戦時の装備に復旧した後、建造された虎麦
港で記念艦として保存、現在に至っている。
作者より
A‐140です。今回は『巡洋戦艦3部作』(今回、命名しました)の第2段と
なる『利根』です。『高雄』と同時投稿の予定でしたが、後部飛行甲板の完成に手
間取り、大幅に遅れてしまいました。設定とほぼ同じ理由で工期が延びてしまった
わけです(笑)。
図そのものは『浅間』(3部作の第3段)よりも難しかったです。特に空母(に
類するもの)が初めてだったので、後部甲板とその周囲の装備に手間取りました。
しかし、今回もやはりいい練習になったと思います。参考にしたのは『伊勢』型と
『最上』でした(考えてみると他に参考になるものがないですね…)。
この艦名のつけ方には無理がある(巡洋戦艦に川の名前とは…)ことは言うまで
もありませんが、航空巡洋艦=利根型ないし改装後の最上、という選択肢から、自
分の好きなものを選んだだけという安直なものです。ちなみに、史実の利根型はこ
の設定では建造されていません。
次回は『高雄』改造の戦時急造戦艦『浅間』型です。はっきり言って絵そのもの
は手抜きです(笑)。『高雄』と比べてあまりにも変化に乏しいからです。
この『巡洋戦艦3部作』シリーズも次で最後、もうしばらくお付き合いください。
2001年 10月20日 投稿
なお筆者からのお願いですが、上記の説明文は先の『高雄』とかぶる部分は説明
していません。この艦の建造経緯などは『高雄』の方に説明がありますので、そち
らもどうぞご覧ください。
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