巡洋戦艦「天城」級

Battle Cruiser AMAGI class (IJN) as in 1943

HIJMS AMAGI

要目(「天城」昭和18年時 )
    基準排水量:45,400t
    満載排水量:56,000t
    全長:261m 全幅:35m 喫水:9.2m
    主機:艦本式ロ号重油専焼罐 8基
       艦本式高中低圧蒸気タービン 4基  4軸
    出力:160,000HP
    最高速度:30.0kt 
    航続距離:18kt 10,000浬
    兵装:41.0サンチ45口径連装砲5基 10門
       14.0サンチ50口径単装砲16基 16門
       12.7サンチ40口径連装高角砲6基 12門
       25ミリ三連装機銃38基 114門
        搭載機:水偵4機 射出機:2基

        同型艦:「天城」「赤城」


概要
 第一次大戦後、世界の桧舞台に登場した日本は、アジア・太平洋地域に広大な影響をもつ大国となっ
ていた。
 アメリカは新しい国際秩序建設と日本の軍事力抑制を目指し、1921年にワシントン会議を開催し
た。しかし、参加各国の対立が激しく、何も決定しないまま会議は終わった。アジアにおける軍事力抑
制と言う会議本来の目的は達成されず、逆に各国間の軍備拡大競争という火に油を注ぐ結果となってし
まった。
 果てしない軍備拡大競争に、軍事的経済的な危機を抱いた各国は軍備縮小の会議を1922年、ロー
マで開催し、日本のほか八カ国がこれに参加した。この会議で日英米仏伊の主力艦保有数が決定された。
ローマ海軍軍縮条約がこれである。
 また、この会議の際、補助艦保有率についても検討されたが、イギリスとアメリカの意見対立により
失敗に終わった。補助艦保有率については1930年のロンドン海軍軍縮会議で決定され、この会議で
戦力外となる練習戦艦の規定も設けられた。
 両条約の結果、日本は12隻(戦艦6隻、巡洋戦艦6隻)の保有を認められ、以後この六六艦隊の近
代化改装による充実を目指す事となった。
 日本の主力艦保有率を6割に抑えようとしてしていたアメリカはこの結果に不満を持ったが、かつて
の二国標準主義を捨て、それに代わるものとして日英同盟に重点をおいたイギリスとの対立によって、
米:英:日=5:5:4という保有率が成立した。
 軍縮条約から生き残った新造艦(ポストジュットランド型戦艦)は日本の長門級2隻(長門、陸奥)、
天城級2隻(天城、赤城)、アメリカのコロラド級4隻(コロラド、メリーランド、ワシントン、ウェ
ストヴァージニア)、イギリスのフッド級(途中で設計を変更して16インチ砲8門で竣工)2隻(フ
ッド、アンソン)、ネルソン級2隻(ネルソン、ロドネー)であり、その後続いたネイヴァル・ホリデ
ーにおいて、世界の十二大戦艦=マジェスティック・トウェルヴと呼ばれた。

 日本の「天城」級2隻は、他の日本戦艦とともに2度にわたる改装を受け竣工時の巡洋戦艦から名実
ともに新時代にふさわしい高速戦艦に生まれ変わった。第二次改装が最も後になったため、機関および
罐は最新のものに変えられ、出力160,000馬力は日本軍艦中最大となった。
 「天城」級2隻、「金剛」4隻からなる第二艦隊は世界最強の高速戦艦部隊として、各国の羨望の的
であったという。
 「天城」級の2隻は太平洋戦争でも砲撃戦部隊として、また機動部隊の護衛として縦横の活躍を見せ、
1942年9月のトラック島沖海戦では、「天城」級2隻で「ルイジアナ」「サウスダコタ」「インデ
ィアナ」を撃沈、「ノースカロライナ」を大破という戦果を残している。
 両艦とも終戦まで生き延び、「赤城」は後に泰越紛争でも砲撃戦部隊の一員として活躍した。


作者のコメント
 八八艦隊計画の、巡洋戦艦第1シリーズとして計画されたのが「天城」級です。実史では軍縮条約に
よって姉妹艦「赤城」と共に空母に転用されますが、建造中に関東大震災で損傷し解体されました。
 データを見るとかなり優秀な艦だったようで、実質的には高速戦艦だったと思います。戦艦第3シリ
ーズの「紀伊」級は「天城」級の装甲増加型でしたし、「紀伊」級や十三号巡戦を「天城」級の同型と
して12隻の建造で量産効果を狙ったとする説もあるくらいですので、そんなところからも優秀さが伺
えると思います。
 この「天城」が実際に建造されたとして、「長門」級等と同じように改装されたらこんな感じかなと
思って描いてみました。
 「長門」級と防御力は同等。速力、攻撃力はワンランク上である「天城」が他の戦艦、巡洋戦艦と同
様の改装を受けていれば「アイオワ」は苦しいかもしれませんが、「サウスダコタ」クラスには十分対
抗できる艦になったと思います。
 
 先日、友人からホームページビルダーのお下がりをもらいまして、調子に乗って自分のホームページ
を作ってしまいました。そのトップ用に「天城」の第一次改装後を書きまして、ついでなんで第二次改
装後も作ってみようと思って描いたのがこれです。
 まあそれなりには、描けたんじゃないかと思ってます。設定がちょっと苦しいのは多めに見てくださ
いね。
 ちなみに「天城」第一次改装後は若宮のホームページ“SHISI OF ANOTHER IMPERIAL JAPANESE NAVY”
に掲載してあります。(ちょっと小さめですけど)
 他に架空機の館未公開の作品も数点ありますのでぜひご覧下さい。

                                    2001.5.6  若宮 隼