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基準排水量:18,450トン 全 長 :219.5m 全 幅 :20.5m 喫 水 :5.8m 軸 数 :4軸 主 機 :艦本式オール・ギヤードタービン 4基 主 管 :ロ号艦本式缶(重油専燃) 12缶 出 力 :150000馬力 速 力 :37.0ノット 燃料搭載量:重油3000トン 航 続 力:18ノットで8000浬 兵 装 :203o55口径3連装砲塔 2基(第2,3,4砲塔) 203o55口径連装砲塔 1基(第1,5砲塔) 127o45口径連装高角砲 4基 25o3連装機銃 8基 水上機 4機(Max) 装 甲 :水線 155o(Max)、甲板 90o(Max) 砲塔 203o(Max)、司令塔 165o(Max) 乗 員 数:1243名 ***この話は9回競作のパラレルワールドです*** ※こうでもしないとこいつお蔵入りなので(^^;;; イブクーロ王国への提案した「重雷装航空巡洋艦」の受注に成功した日本海軍はこれを次期主力巡洋艦のテストベットとして数々の最新技術を投入し1番艦を1926年1月、2番艦を同年3月に竣工させた。1番艦、2番艦共に竣工後、イブクーロ王国海軍との共同でおこなわれたテストのよって問題点の洗い出しがおこなわれたがこれと言った大きな問題はなく使用実績も良好であった。 同年9月末日本海軍内でのイブクーロ海軍将兵の訓練も終了し、2隻そろってイブクーロ王国海軍へ正式に引き渡された。 王国への回航途中、2番艦で事故(注1)があったが、1927年1月、日本海軍は十分なテストデータを得たことにより、他国(米、独)が現在整備中の巡洋艦を凌駕できる巡洋艦として「古鷹」級の再設計に着手した。 設計は「重雷装航空巡洋艦」を基本形に進められた。 (テストベットとして設計、建造されたのだから当然と言えば当然だが・・・) 設計着手時に軍令部から出された基本要目は以下の通りである。 ・基準排水量 15,000〜20,000トン(一応、ワシントン条約がお釈迦になったので・注2) ・最大速度36ノット以上 ・航続距離 18ノットで7000浬以上 ・武装 203o砲 10門以上 127o連装高角砲 4基 ・水偵 2機以上搭載 ・雷装の全廃(例の重雷装艦の1隻が魚雷の誘爆事故により艦後部が消滅したため・注1) ・防御 203mm砲防御、水雷防御の強化、継戦能力の強化 さらに細かい指定はあったようだが、大筋ではこんな感じであった。 この基本要求に従って設計は進められた。 兵装 主砲は「重雷装航空巡洋艦」に使用された203o砲に改良を加え長砲身化した203o55口径砲が採用された。これを連装、3連装砲塔へ納め、艦前部に連装1基、3連装2基、後部に連装1基、3連装1基の計5基13門搭載した。当初は全自動砲を開発しこれを搭載する予定であったが開発がとん挫したため従来型の砲を搭載している。 同時期に計画されていた米海軍製巡洋艦の主砲門数と比べてみると、「ペンサコラ」級で10門、「ノーサンプトン」級で9門であることを考えるとかなりの重装備である。 補助砲は127o連装高角砲を要求通り4基搭載し、さらに25o3連装機銃を8基搭載している。 水雷は要求通り全廃されており搭載されていない。 船体 基本型は「重雷装航空巡洋艦」の物であり、これを拡大改正した物を使用している。 全幅を極力細くし、船体を長く取ることによって高速化をおこなっている。 本級の縦横幅比は11:1とかなり細く長い船体となっており、同時期の他国の巡洋艦が9:1前後なのと比べても細長い船体なのが分かると思う。 後に建造される日本巡洋艦は本級の特徴の長細い船体を受け継いでいくことになる。 防御 装甲鋼板は日本海軍が独自開発したNVNC鋼が使用されている。 「重雷装航空巡洋艦」では防御部分をかなり犠牲にしていたが、本級では増えた排水量のかなりを装甲防御に当てられてあり、打たれ強い作りになっている。 水線防御は最大155oの鋼板を12度傾斜して取り付けられ、テーパーしつつ水線下まで続いており、水線下には水中防御用のバルジが初めて設けられ、水中防御を施してある。 その他の装甲は甲板90o、司令塔165o、砲塔防御は203oに達している。 さらに、機関のシフト配置、徹底した防水隔壁の細分化等出来うる限りの対策を盛り込んでいる。 機械室4、缶室12と細分化されており、細かく分けることによる重量増加の不利もあるが、それよりも浸水によって戦闘力を喪失する事を避けようとしたようである。これとあわせて、注排水装置、区画の拡充もおこなわれた。 機関 機関配置は「重雷装航空巡洋艦」と同様のシフト配置を採用している。 主缶はロ号艦本式重油専燃缶を12缶搭載しており、1缶ずつ12つの缶室に分けている。 主機は艦本式オール・ギヤードタービンを1基ずつ4つの機械室に分け第3缶室と第4缶室の間に2基、第6缶室後方に2基の計4基搭載している 機関出力は150000馬力と「重雷装航空巡洋艦」の120000馬力を大きく上回っており、建造当時日本海軍内でもっとも高出力な機関を搭載していた。 航空艤装 艦中央部の水上機搭載スペースに露天駐機で1機、カタパルト上に2機、予備機として分解状態で1機、最大4機の搭載が可能である。 カタパルトは「重雷装航空巡洋艦」の物を使用する予定であったが大きすぎることから採用を取りやめ、新規に開発することになった、ただし射出能力に関しては「重雷装航空巡洋艦」のカタパルトと同等の能力を求められた。 その他 艦橋構造物は「重雷装航空巡洋艦」より大型化され、重要部分は装甲化されている。 艦橋の容量が増えたこともあり、居住性や作戦室の設置により艦隊指揮能力が向上している。 副次的な効果だが艦橋の大型化によって、今後の新型装備(対空射撃装置等・・・)の設置スペースが確保できたのが一番の成果かもしれない。(「古鷹」級の建造を遅らせた代わりに建造された軽巡洋艦では艦橋容量(艦内容量)の不足で新型装備の設置が出来ない等の問題が今後出てくることになる) 以上のような設計にまとまり、この艦の成功を確信した日本海軍は1927年11月、4隻の建造を開始した。 「古鷹」級打撃巡洋艦 1番艦「古鷹」 1927年11月10日 大神海軍工廠にて起工 1929年 5月14日 進水 1930年 3月24日 竣工 同型艦 4隻 「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」 2番艦〜4番艦は省略 戦記は省略させていただきます。(気が向いたら書きます) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 注1:イブクーロ王国海軍へ移管後、王国への回航中の1926年10月、重雷装航空巡洋艦2番艦で事故により搭載魚雷が誘爆、艦後部を全長の3分の1、第2煙突より後方を失ったのである。これが、日本海軍巡洋艦から雷装の一掃を決心させた「イブクーロ3分の1」事件である(笑 事故によって艦後部3分の1を失いはしたが間接防御(放水隔壁の細分化)を重視した作りになっていたことも幸いし沈没には至らず、日本へ回航され約1年半にわたる改修を経て再就役している。この時点で2番艦は純粋な航空巡洋艦へと生まれ変わっており(これも日本海軍の実験かねてます(^^;;)、雷装は全廃されている。 なお、この事故で十分と思われていた防水隔壁の厚さが不足していたことが判明し「古鷹」級より改正されている。 注2:ワシントン海軍軍縮条約で巡洋艦の制限に納得できないイギリスとそれを援護した日本のせいで条約はお釈迦になった。 イギリスは戦艦ならまだ良いが植民地警護に必要不可欠な巡洋艦の制限には納得できなかったようである(^^; なお、会議は以後1年以上継続審議されたため、この時期建造された各国の巡洋艦は条約に大筋で沿った物となっている。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 制作者のJTです。 今回はズバリ手抜きです(^^; そのために設定も第9回競作、作品の設定を使用しております。 良く見ていただけると解ると思うのですが7割方競作の「重雷装航空巡洋艦」の流用です。 船体の上面型と艦橋は新造しましたがその他はほとんど流用しました(^^; なんか今回怪しい艦種名がついてますし、排水量が18000トンオーバーしてますが気にしないでください。 私の船たちの世界ではワシントン海軍条約とかありませんから重巡、軽巡の区別とか規制が無いのです、たぶん(^^; ではでは、誤字脱字はご勘弁くださいm(_'_)m |