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要目 排水量 基準: 61,000t 満載: 69,500t 全長: 265.0m 全幅: 37.5m 吃水: 10.9m 機関: 海軍式三胴型重油専焼缶+パーソンズ式オール・ギヤードタービン 4基4軸推進 17,000hp 最大速力: 28.5kt 航続距離: 10kt/9,500海里 20kt/7,000海里 乗員: 2,906名 兵装: 38.1cm(50口径) 4連装砲4基 13.3cm(50口径)連装両用砲12基 2ポンド8連装ポンポン砲24基 装甲: 舷側 385mm 甲板 180mm 防楯 560mm 1.背景 かつての大海軍国イギリスは、徐々にその栄光を失いつつあった。海軍の象徴とも言える戦艦でさえも同じことである。当時40.6cm砲の前方集中配置で注目を集めたネルソン級であるが、実際はかなりの問題艦であり、とても優秀とは言えないものである。さらに、現在(1937年)建造を開始したばかりのキング・ジョージV世級でさえ、現在の戦艦の進化から考えれば、就役と同時に二線級のレッテルを貼られる可能性も否定できない。そして、その不安をより確実なものとしたものがあった。それは英国の諜報活動の際、偶然飛び込んできた次の情報、「日本海軍が46cm主砲を搭載した新戦艦を開発中である。」日本は1934年にワシントン軍縮条約を脱退しており、同条約もKGV級建造開始以前の36年にはすでに失効しているため、日本の新型艦建造は充分に考えられることであった。英国はこの新戦艦に非常に敏感であった。海軍大国イギリスの復活という名目にもかけて日本新戦艦(後の大和)に対抗可能な強力な戦艦の建造が1937年5月正式に決定されたのである。 2.設計 判明した情報が46cm砲装備という事だけであったため、日本艦の性能はほとんど想像に頼ることとなった。まず、主砲であるが、これまでの日本艦から察すれば、連装4基8門程度となるだろう。しかし、英国は無闇に大口径砲に走ることはしなかった(大口径砲の開発に大きな負担がかかることをさけたのだが)。その代わりに砲の門数を増やすことで日新戦艦に対応することとした。しかし、いくら門数を増やすとは言え、従来の35.6cm砲では威力不足であることは明らかであった。そこで、以前「クイーン・エリザベス」級戦艦等に搭載した経験のある、38.1cm砲とし、更に50口径という長口径砲とする事に決定した。さらに、日本海軍の設計思想から新戦艦は自艦の主砲、つまり46cm砲に対応した装甲を施していると思われる。その事から考えて、相当な数の主砲門数が必要と判断された。また、無闇に艦の全長が伸びるのを防ぐため、すでにKJV級で採用された4連装砲塔を本級も採用した。そして、KJV級の反省から、かなり大型て余裕のある砲塔となっている。その主砲塔を4基前後に背負式に搭載、計16門の前代未聞の搭載数となった。速力は、日新戦艦は25〜30ktと予測されたが、実際のところ不透明であった。そこで本艦はKJV級より1.5ktほど増速した28.5ktとした。また、太平洋での行動を考え、従来の艦よりかなり大きい航続距離を持たせた。装甲であるが、KJV級では直角配置であったが、防御効果の増大を狙って傾斜装甲とした。さらに46cm防御を考え、大きく装甲厚を増やしたため、KJV級に比べ飛躍的に防御力は進歩した。しかし、大和級の46cm砲に対しては若干不足していたとも言われる。艦橋構造物等は基本的に前級の改良にとどまっている。対空兵装は、基本的にKJV級の延長ではあるが、ポンポン砲の増加等の結果、かなりの飛躍がみられる。英国艦らしく、居住性等は非常に優れている。しかし、艦首形状の問題から、KJV級と同じく、凌波性には大きな問題が残った。 3.建造 設計開始から10ヶ月後の10ヶ月後の1938年3月、以上のような要目で設計は完了した。それから2ヶ月後、直衛空母らと共に新戦艦は起工された。本艦に搭載機が無いのも、この直衛空母が事実上、本艦専属の護衛空母として建造されたからだと言われる。約2年後の1940年8月、本艦は進水、また約2年後、1942年9月、イギリス海軍の誇りをも背負った本艦は就役。この戦艦に対する期待は本当に大きなものがあったようで、本艦はイギリスの本土である「グレートブリテン」の名を与えられたのであった。 あとがき はじめまして、初投稿になります。これは、大和の対抗馬という設定ですが、私の頭の中にある理想の戦艦像でもあります。幼稚な作品ですがよろしくお願いします。 |