WWII ドイツ海軍ワルキューレ型・ヒルド




 1941年6月22日ドイツ軍はソ連領に雪崩れ込むように進撃を開始した。
 最初の目標はバルト海に面した古都リガ。
 1939年のソ連侵攻後、赤衛海軍のレニングラードに次ぐ海軍基地に変貌して
いた。
 そして、そこを守るソ連軍はNKVDに指導され、頑強な抵抗をしている。
 快調な進撃をしていたドイツ北方軍集団はここに来て停滞を余儀なくされた。
 リガへの道を閂の役目を負っている小さな高地を巡って、もう3日も戦闘を続け
ていた。
 当たり前の話である。とエーテルを切り裂く銃弾の音の中彼は思った。
 奇襲効果はすでに無く、重砲、空軍の支援を得ぬまま、互角以上の敵と正面から
向かっていたのだから。
 彼は打開策を考えていた。だが、兵士の血と土地を交換するしか手だては無いと
結論に達した。
 無論、兵士の血の中には自ら流されるであろう血として計算されている。
 彼の名を呼ぶ空軍連絡将校の声が砲撃音に混じって入ってきた。
 「大佐殿。”空軍”611飛行隊が戦闘支援も発進。攻撃位置を指示して下さい。」
 彼は耳を疑った。数日来上部より重砲航空機支援は不可能と通達がされていたの
だが、可能性に賭ける事にした。
 早速、連絡将校に敵砲兵陣地と野戦陣地の特火点を地図を示した。
 ワルキューレやらの大層な符丁を使った連絡将校は、汚名を晴らすように確実に
仕事をこなしている。
 数分後、大佐の耳に聞き慣れた、そして懐かしいサイレンの音。
 丘を越えた遠くには巨大な火柱が立ち上っては消えていった。
 「何処の何奴だ?こんな所まで飛行機と重砲を持ち込んできたのは。」
 「空海共同戦隊です。沖合から攻撃をしています。」
 大佐の顔には久しぶりに笑った。
 敵は完全に混乱しているだろう。
 「大隊前進!」
 彼の名はローマイヤー大佐。
 彼と北方軍集団、そして航空戦艦「ヒルド」の数奇な運命の幕開けであった。

ドイツ海軍ワルキューレ型航空戦艦・ヒルド
排水量:   26000トン 満載排水量: 39000トン 全長:    242m 幅:     25m 舷側装甲:  180mm(傾斜) 甲板装甲:  120mm 機関:    蒸気タービン6基 3軸 出力:    180000馬力 速力:    34ノット 航続距離:  18ノットで22000浬 主砲:    38cm連装1基 副砲:    12cm連装両用8基 機銃:    20mm4連装機銃12基 航空機:   48機(計画36機) その他:   蒸気式飛行甲板射出機2(計画:火薬式飛行甲板射出機1)        エレベータ2基 同型艦:ヒルド(一番艦 1941.04竣工 1945.05自沈) スクルド(二番艦 1941.05竣工 1944.05北海にて航空機攻撃を受け自沈)  世界初、アングルドデッキを装備した航空母艦(厳密に言えば航空戦艦だが)と して竣工したヒルドは、その戦闘から想像を得られない難産の末に生まれた。  ドイツ再軍備宣言より前、一部若手の将校が集まった研究会にて彼女の固められ つつあった。  第一次大戦中、ドイツの通商破壊戦はイギリスを降伏寸前まで追い込みながら、 米英の圧倒的護衛艦隊の前にUボートは敗退してしまった。だが、島国であり食料 自給率が低い英国の海上交通を攻撃する事は誤りではないと研究会は結論に達した。  手持ちのカードが少なすぎただけである。  Uボート。  前の大戦で実績が有るが、電池に頼って居る限り水中航続距離は短く、一度発見 されると多数の水上艦艇によって制圧撃沈されてしまう弱点が有る。  高速戦艦。  最強の戦闘力を持つ戦艦だが、それだけに英国は戦艦の動静を神経質な程に注意 を払う。そして船団を攻撃するには相手の戦艦とも単独で戦い、損害を受けたなら ば何も援護も得られない海上で撃破される運命にしかならないであろう。  航空機。  ここ数年来航空機の進歩を見ると近い将来、十分な艦船攻撃力を持った航空機が 開発されるであろうが、遙か大西洋上での作戦は、航続距離や悪天候に弱いファク ターを加えると無理がある。  研究会の結論は至って簡単であった。  ”Uボート、水上艦艇、航空機を共同で通商破壊戦に投入する”  言うなれば全軍海賊になれ!となのだが・・・・・。  悪天候下でも任務を遂行する為に戦艦の主砲を頂き、強力な敵水上部隊に遭遇し たのならば、俊足を生かして撤退する。  こうして海上移動基地としての空母が新生ドイツ海軍の青写真に加わる事になっ たのは1936年も暮れようとする頃であった。  目的:通商破壊作戦、後方攪乱による敵主力に対する間接アプローチ  使用状況:単艦、又は少数艦による戦隊  必要事項:航空機の発達を見込んだ飛行甲板       防御用の大口径主砲       長大な航続力       敵艦隊から離脱可能な高速力       長期航海に耐えうる信頼性と居住性       船団攻撃が可能な艦載機数を配備  必要事項は同じレベルに有り、優劣を付ける事ができない。  要約すると万能艦を建造しようとしていた事が判る。  注目したいのは、新兵科の航空機が脆弱な事は全く考慮されていないよう見える が、空母を運用する目的は、広大な海域を制圧する事ではなく、輸送船撃破が重点 とされた事だ。  つまりは、輸送船を撃破するには250kg爆弾1発で十分。との思想で有り、 敵艦に対しては見つかる前に逃げるとの前提条件とした通商破壊艦だった。  艦隊の防空、艦隊攻撃を主任務とした日英米の航空母艦の運用とは全く違う思想 で計画された事を考慮する必要が有る。  一旦は滅びた弱小海軍の再生への道は険しく遠い事が感じられる。  詳細仕様の話に移る。  航空機の発達を見込むと最低限200m以上の滑走距離が必要になると予想され る。又高速の巡洋艦に対応するには20cm砲で殴り合う訳にはいかない。  孤立した艦が損傷すると撃沈の運命しか待っていない。  アウトレンジで出来るだけ一方的に叩き追撃を諦めさせる必要が有る。だが、そ の為に飛行甲板と主砲は船体上面に存在しなければならない。  そこで考えられたのが飛行甲板を12度傾けて主砲の視界と場所を確保するアイ デアが用いられる事になった。  又飛行甲板は500kg徹甲爆弾にも耐えられるように120mmの装甲板が用 いられたが、トップヘビーに陥らないように発着艦に必要不可欠な150mだけを 覆った。 アングルドデッキ
 通商破壊戦を行うには敵軍軍艦と直接砲火を交えず神出鬼没でなければならない。  長大な航続力と優秀な速力が不可欠である。  大出力のディーゼルエンジンを用いれば有る程度解決できるが信頼性の問題から 全てを蒸気タービンを使用することになった。  戦場で航行不能に陥るのは悪夢でしかないからである。  しかし、その為に搭載すべき燃料は1万2千トンにも膨れあがった。  そうなると、使用状況によって喫水線が定まらず不安定となるので、空になった タンクには注水する事で解決を図った。  装甲に関しては、ドイツ戦艦に珍しく集中防御を行っている。  前記のように飛行甲板220mのうち150mは120mmの装甲板が利用され ている。  又、バイタルパート及び主砲は180mmの装甲板に守られている。  バイタルパート
    赤線=180mm    緑線=120mm
 最初の難関は海軍予算であった。  当時ドイツ海軍は三軍の中で一番立場の低い割にUボートの増産に邁進をし、 F級戦艦以降H級やO級戦艦の計画も有り、どう考えても優先順位は低い物であっ た。  だが、金は転がり込んできた。O巡洋戦艦がフォン・デア・タンと決まった事に より余剰金が発生し、或る造船所の経理担当者が考え出した”後年負担”考え方、 簡単に言えば借金をすれば、2隻分の空母が建造できる事が判った。  費用的に解決出来る事が判った彼等は可能な限りの説得工作を行った。  あらゆるコネクションと機会を使った交渉は新兵科を創設する喜びが情熱に昇華 した事の裏返しと考えるのが自然であろう。  最終的に幾度となく繰り返された模擬戦により、一度大西洋に踊り出た空母部隊 は独力で大西洋を暴れ回り、支援さえ得られれば遙かインド洋迄足を伸ばせる事が 証明された。  海に嫌悪感を持っていた総統だったが、元々巨大なモノや機動戦が大好きで有っ た為に計画に対して重大な関心を寄せた。  対米英戦争に対する保険の意味合いからも総統は計画を承認して、欠番だった ”I”を小文字で”i級艦”とした。  ここにようやく、継子扱いであった戦闘空母もZ計画の一員として認められたの であった。  対する英国情報部は、度重なる外交的譲歩を繰り返したドイツに対して重大な関 心を寄せていた。  彼等は前の戦争で、祖国が大西洋を寸断された事によって、降伏という谷底を垣 間見た恐怖は忘れていなかった。  突如現れた”i級艦”についての情報の調査を行ったが、”38cm装備のモニ ター艦”やら”30機搭載の軽空母”やら情報が交錯していた。  モニター艦ならばローカルな話で有り、軽空母だとしても、十分以上に対応が出 来るので、ヒルドがバルト海にその姿を現す迄それ程注意を払わなかった.  建造の命は下った。だが直ぐさま第二の問題が浮上していた。  これは、計画段階からの問題で有ったが38cm砲と組み合わされるべき220m ”傾斜”飛行甲板であった。  自由な討論の下で作られた計画では、飛行甲板を12度の角度を持たせておけば 、左舷の射界は制限されるが主砲1基分の場所は確保できるであろうと考えられた。  だが、航空機を発艦させるには十分な助走距離が必要としているが為に予定して いたアングルドデッキは、艦首方向からの”横風”を受けて飛行機が加速どころか 不安定な低速時において横転の危険性が指摘された。  当初の”単艦で全ての状況下で任務を遂行する”との命題にこだわり続けた彼等 は、水上機を発進させる為に使っていた”火薬式射出機”の拡大板を構想して実験 を繰り返していた。  だが、現状では次の発進準備が完了する為には5分以上を必要とし、改善される としても2基装備しても発進間隔が2分を切る事は到底考えられなかった。  しかも、火薬式射出機は信頼性に乏しく連続使用に耐えられないのも問題であった。  だが、此処で意外な所から解決の糸口が見えてきた。  火薬式射出機の実験資材を作成していた16歳の少年が、現場責任者の技師に連 れられて会議室に入室した事がきっかけだった。  あどけなさが残る少年は緊張した顔つきであったが、付き添いの技師に促されて ようやく口を開いた。  「蒸気式にしては如何でしょうか?」  あまりにもの明確過ぎる答えに室内は静まり帰ったが、緊張しきっていた少年は 認識せず話を続けた。  実家に戻る為に乗った蒸気機関車のピストンを見て思いついたアイデアをスケッ チを交えての簡単な説明をし終えた時、室内は異様な雰囲気で少年は、自分の発表 が全く駄目なモノと考えて泣きそうな表情になった。  永遠と思える時間が過ぎ去り、なにやら手を動かしていた技師の一人がペンを置 いて言った。 「綿密な計算が必要でしょうが合っています。」  他の技師が静かに語った 「試験機材を製作してみなければ判りませんが、基本は押さえていますから、大丈 夫でしょう。」  眠たそうに座っていた、金色の肩章を付けていた軍人が立ち上がり、少年の胸に 黒光りする小さなオブジェクトを丁寧に付け、手を差し出した。 「おめでとう。君の提案は騎士十字章に値する」  ヒルドと少年の未来はともに開けた。  話題閑休。  1940年。三国同盟により、同盟国となった日本の観戦武官の一人が”i級艦” の設計図を見る機会を得た。  日本には無い”通商破壊作戦用戦闘艦”に注目した彼は本国に蒸気式カタパルト とアングルドデッキのアイデアを送った。  日本の国情に合致したように改訂されたアイデアは、マル4計画の1艦であった 大鳳の運命を大きく揺り動かした。  艦隊の前衛に位置し、中継基地と防空を主な役目とされた彼女は今までの空母と は違い、2本の滑走路と風向きに左右されない発艦と滑走距離が短くなった為に甲 板の半分も利用できる発艦準備場所、そして両舷に設けられた昇降機によって、 15分で60機もの全力出撃が可能になったのだ。  マリアナ海戦に投入されて、レイテ海戦で沈むまでの短い生涯を語るのは後日に しよう。  第三の問題は搭載されるべき航空機の問題である。  当時最新鋭の飛行機はbf109とbf110、ju87であったが、ju87 は魚雷搭載と航続距離増大のR型の計画が軌道に乗りつつあったので良いが、防空 を担当する戦闘機が問題であった。  bf110は機体が大きく、発着艦や搭載の面で問題があり、bf109は機体 の構造上、脆弱な面が有り定点着陸が必要不可欠な母艦での運用に支障が出る事が 予想された。  かといって、新規に開発する余力が航空機業界に有るとは考えにくい。  そんな中、一つの情報が入ってきた。  フォッケウルフ社が新型戦闘機を開発中であるという。  当時空軍は、開発中の新型機はbf109の支援戦闘機程度に考えていた為にあ まり熱心ではなく、逆に独自の航空戦力を手に入れようと画策した海軍は、全ての 点でbf109に比べて性能が上回っているだけでなく、特に整備の容易さと頑丈 な機体に惚れ込み”空軍独自”の仕様を盛り込み”Ta100”との正式名を与え た上で初回200機にもなる正式発注となった。  この時のタンク博士の内心が想像出来る手記が博士の死後公開されたので此処で その一部を引用しよう。  「私の構想が海軍将校に大きな感銘を与えたのは満足に値する。テスト段階の実 機から降りたと同時に握手を求めてきた彼は、空軍とは違ってカタログデータには 載りにくい部分に着目し、私の作品を大きく評価してくれた。私は本機が海軍が運 用するに当たっての追加仕様を早急に実現し、かつ、海軍の目に立っての改善案を 盛り込むつもりだ。」  結局重量が増えたが浮き袋の内蔵、博士独自の提案である折畳み式主翼、博士と の交流が有った日本海軍の技官との情報交換によって得られた落下式増加燃料タン クが装備される事になった。  精力的な開発が行われた為に1940年秋に増加試験機20機が海軍に納入され た。 艦上機への変更がこれほど早く終わったのは、FW190の冗長性と堅牢な設計 、そして技術者の意地であったのかもしれない。  第四の難関は空軍の介入であろう。  「空を飛ぶモノは全て空軍に所属する。」と名言していたゲーリングは海軍が空 母を保有すると聞いて顔色を変えた。  彼の中に存在する原則は守らねばならない。  ゲーリングは早速行動を開始し、総統に直訴したのだ。  「空母を渡せ!」  「パイロットを渡せ!」  海空軍の必死の攻防は総統の存在を忘れたように長々と続けられた。  その場の雰囲気であろう。総統は何時になく仲介者としての立場をとって妥協案 を示した。  「空母は海軍。パイロットは空軍が指揮下に置く事。」  独裁国家は独裁者の命令が常に正しい。  計画は改正され、通信、発令所は海空軍用に2つ設けられた。  しかし実際には運用上殆ど支障が無かった。  配属された空軍飛行隊指揮官である若い大佐が”最先任”である艦長を尊重した のだ。  軍隊での階級は組織国家を超えて適用されると言う不文律を徹底的に拡大解釈し た彼は、艦長からの要請を”命令”として解釈し実行に移していた。  そしてその事が引き継ぎ事項の一つとなった。  最後の難関は総統”気分”であった。  1940年春のビスマルク喪失と、秋に予定されていた英国本土上陸作戦が延期 され対露戦を睨んだ総統は不甲斐ない海軍の作戦指導に怒り、Z計画の白紙撤回を 宣言をした。  元々海軍は1946年以降ではないと戦争準備が出来ないと報告し承認された再 建中の組織であって、十分な準備が行えない内に勃発した世界大戦である。  果敢な口頭文章での抵抗と工期の短縮を行い着工より二年半後の1941年3月 ついに彼女はバルト海にて試験航海にこぎ着けた。  もし、1938年の海軍指示による開発開始ならば戦争中に間に合ったかは、か なり怪しい。  海軍有志の集まりで1930年代前半より検討が重ねられて1939年前半には 起工していた事が彼女達を戦争に間に合わせたのだ。  全速前進。  計画通り18万馬力で稼働するエンジンは34ノットを記録。  そして最後になった前進一杯の艦長の命令に答えるが如くヒルドは36ノット、 計算馬力20万馬力という計画を上回る恐るべき速力を発揮した。  静かな海であるが十分以上といえるであろう。  総統は自ら発した言葉を忘れ、恐るべき打撃力を持った移動航空基地を手に入れ た事に満足していた。    そして運命の6月22日が訪れた・・・・。 以後簡単な彼女達の足取りを追ってみよう。 1941.04 ヒルド配備 .05 スクルド配備        .06 #独ソ戦開戦 .07 リガ攻略戦 .09 レニングラード攻略戦。12月迄精錬期間とする。 .12 #日本参戦、独、米国に宣戦布告 1942.01 海鷲作戦発動。ヒルド、スクルド大西洋に脱出     #モスクワ攻略作戦失敗。赤軍の反攻にて撤退。 .02 フロリダ半島砲撃。米空母ワスプ撃沈。米軍エンタープライズ、ホーネットを大西洋に再配置。 .03 海鷲作戦終了。英米船団に大打撃を与える。 .06 バルト海にて輸送任務に従事。     #ミッドウエー作戦。赤城、加賀、ヨークタウン、レキシントン沈没。 #米軍エンタープライズ、ホーネットを太平洋に再配置。 .07 影法師作戦。テルピッツと共にQエリザベス、マラーヤ撃破。PQ17全滅。対露援助船団に大打撃を与える。 .09 報復作戦発動。ヒルド大西洋に脱出しワシントンを空襲。     #ドイツ帝國絶頂。カスピ海からコーカサス油田を占領。 .10 フューリアス撃破。報復作戦終了。 .11 #連合軍トーチ作戦     ヒルド、スクルド、ドーバー海峡を夜間突破に成功。北アフリカ船団に打撃を与える。 .12 最後のドイツ主力艦フォン・デア・タンと合流。 #ソ連軍大反攻。ドイツ軍コーカサス放棄。焦土作戦開始。 1943.01 ヒルド、スクルド帰還。レニングラードにて改装開始。     #総統、航空母艦を除く戦艦の解体を指示。 .05 ヒルド、スクルド改装終了。 .06 ノルウェーにて船団攻撃。連合軍の策敵が強化。 .10 テルピッツ航行不能。 1944.02 ヒルド、スクルドはレニングラード脱出作戦に従事。 03 レニングラード陥落。 05 最後の大西洋出撃。航空攻撃を受けヒルド損傷。スクルド沈没。 06 絨毯爆撃を受け損傷。修理期間が伸びる。     #連合軍、仏ノルマンディーに上陸。赤軍白ロシア攻撃、ミンスク奪回。 07 応急修理を終えてノルウェーに脱出。ドイツ本土上空は完全に連合軍の制空権下に。 08 対ソ援助船団に対する最後の攻撃を敢行する。 11 北方軍集団クールランドに押し込まれ包囲される。     ヒルドは翌3月迄クールランド脱出作戦に従事。     テルピッツ沈没。     フォン・デア・タン沈没。 12 ドイツ空軍最後の攻勢”鉄槌作戦”に艦載機のみ参加し大打撃を受けて解散。以後海上航空隊は再編成されず。 1945.03 クールランド脱出作戦終了。ケーニヒスベルク脱出作戦に従事。 05 ドイツ降伏。ヒルド自沈。解体開始。  朝焼けの眩しい飛行甲板上にローマイヤー少将は祖国の緑を眺めていた。  甲板にも、格納庫にも艦載機は無く、疲れ果てた兵士と守るべき国民が代わりに 埋めていた。  船室も、通路も。  何処からか、赤子の泣き声が聞こえてきた。  静寂な世界で唯一、生の証なのであろうか?  (何度この船に乗ったのであろう・・・・)  最初はフィンランドから、次はクールランドから、今はケーニヒスベルクから、それから・・・?  此処まで考えて彼は苦笑した。  すでに祖国は海岸線を殆ど失っていた事を思い出したからだ。  彼は膝を折って飛行甲板に手を触れた。  掌を通じて冷たさが伝わった。 作者のうんちく。  神崎.Rivっです。  航空機とは通商破壊に投入すれば恐るべき力を発揮する事は、太平洋戦争で証明 されました。  ドイツ第三帝国海軍は、一度滅びた軍を復興させる途上に有り非力でありました が、逆に言えば無から有を生み出す自由な構想が可能な時期でもあったように思い ます。  そういった事でアングルドデッキ、蒸気式射出機等の技術は”必要が有れば ”十分に実現したかと思います。  私は優れた兵器とは、信頼性、操作性、量産性が必ず必要だと思います。  怪しげな大出力ディーゼルエンジンを取り止めたのはそのような理由からです。  設定上、ヒルドは大西洋に3回(失敗含めたら4回)しか出撃していません。  それでも多いって言われますが、目的通り利用されたのは4回しか無かった のは、燃料事情でしょう。  2艦併せて2万5千トンも燃料を必要とされる作戦を、そう度々行えないように 思えました。  但し、一度大西洋に躍り出た航空母艦が通商破壊作戦を行うと、相当な戦果を挙 げる事ができるでしょう。  爆弾の貯蔵量が少ないから大型爆撃機はいらないと言った同一国家ですが、組織 が違えば考え方も違うでしょう。  武装の38cm連装1基は命中公算の思想からすると殆ど効果が無いでしょう。 よっぽど20cm3連装2基の方が使えるかと思いますが、私はイメージで38cm を選びました。  20cm砲と38cm砲。  イメージとしては38cm砲が強烈な印象を与えるように思えました。  只の空母だったら、巡洋艦で十分ですが”航空戦艦”となると話は違ってくるで しょう。  30cm砲防御をされた戦艦に20cm砲艦が挑んでも、殆ど効果が無いと思わ せる為です。  実際攻撃が無効となるのは集中防御を行った船はバイタルパートだけであって、 その他の部分は小口径砲でも効果が有ります。  通商破壊戦では、攻撃側は時と場所を選べるのですが、防御側は全てを守る必要 が有ります。  例えばジャンケンでシミュレートすると、通商破壊側は防御側の手を見た後に出 せる事なのです。  その為、防御側は”負けない為”に、3人で各々”グー””チョキ””パー”を 出さなければなりません。  では、攻撃側はそんな時どうするか?  何もしません。  3人が手を出し続けている間、他の事をして防御側が疲れて帰ってしまえば、そ の時を狙って勝負を挑めば良いわけです。  其処に通商破壊艦が”存在するかも”しれないとするだけで、防御側は船団を組 み、昼夜を問わず哨戒をして、資材、人間を消耗していくのです。  商船と積荷はそれ程までの労力を払っても、惜しくはない貴重な資材なのです。  では、通商破壊側が有利かと言えば大きな目で見れば違います。  通商破壊側は、その海域を”利用する”事ができないのです。  英国は護衛に、遊撃隊に数少ない戦艦や空母を利用するしか無く、守るべき場所 は無数にあるのです。  私が38cm砲を選んだのはそのような理由なのです。  艦載機でFW190を選んだ理由は、機体の冗長性と堅牢性に着目して決めまし た。  実機でも足回りは、不整地や新兵の荒っぽい着陸に耐えるように、十分以上に考 慮されています。  強力な武装と相まって、防空戦闘機にはもってこいかと思います。  制作に当たって参考としたのは、日本海軍の空母大鳳です。  大鳳は3万トン級ですが、ヒルドは38cm砲を装備し、厚い装甲に覆われ、膨大 な燃料を装備した為に4万トンに迫る巨艦になってしまいました。  ほんと、正規空母を1隻建造した方が効率がよさそうですね。(w  最後に、ネタを使わせて頂きました島風高雄さんありがとうございました。