正規空母 伊勢

正規空母 伊勢

基準排水量 37500トン
全長 215.8メートル
全幅 33.8メートル
出力 120000hp
最大速力 28.5ノット
航続距離 14ノットで8200浬
兵装 12.7cm連装高角砲 x 6
25mm機銃 x 48
搭載機 格納庫に62機(翼折畳式の搭載機の場合)
飛行甲板に十数機
乗員 1400名
同型艦 伊勢、日向

1942年六月のミッドウェー作戦で主力空母を一挙に四隻も失った海軍は深刻 な空母不足に悩んだ。空母の竣工数も 非常に少ない。そこで、戦艦を空母に改装することとなった。戦艦派の反対もあっ たが、小沢や山本、しまいには水雷屋であった 南雲までが賛成し、計画は進められた。
扶桑級はもはや速力の問題から、金剛級は貴重な高速戦艦という理由、大和級・ 長門級は戦艦屋が猛反対、 等の理由で、結局伊勢が対象となった。
改装にあたり航空戦艦化の案もあったが、それはイギリスのフュ−リアス等の例 から見ても否定された。工期は延びるが、 やはり本格的な空母は必要だとして、同年8月から改装が開始された。
改装の主な要目は、
1) 戦艦の機能(砲塔や弾薬)等をできるだけ排除
2) 工期を短縮するため格納庫一段の上に飛行甲板を設置
3) ミッドウェーの戦訓を生かして、開放式格納庫を採用
4) 低い甲板(一段式格納庫のため)のためハリケーンバウを採用
5) 機関強化による速力増大
であった。
伊勢級は1943年後期に竣工し、機動部隊に参加した。機動部隊にとって心強 い味方となった。その後、ボルネオに停泊 しながら艦載機で対潜任務をこなしながらパイロットの育成に努めた。
1944年のマリアナ沖海戦に参加したとき、伊勢級は歴戦の翔鶴と瑞鶴、マ レー沖海戦後に改装された信濃 (搭載機数82機)、新鋭の大鳳、商船改装の隼鷹、飛鷹、さらに軽空母龍鳳、瑞 鳳、千代田、千歳と共に第一機動部隊を編成した。
海戦中、米潜水艦の魚雷一本が命中した(史実では大鳳に命中した奴)伊勢はしか し元戦艦の強力なバルジで耐え、同様に 三発喰らった日向は沈んだ。
翌日米軍の航空攻撃で龍鳳と千代田が沈んだとき、昨日薄暮攻撃を喰らった米軍 もまたエセックス級正規空母四隻、 インディペンデンス級軽空母三隻を失っていた。しかし日本軍もまた三隻の空母を 失い、航空機の2/3を失っていた。双方 引き下がり、伊勢は僚艦を失いながら生き残った。
レイテ沖海戦で伊勢は信濃と共に戦闘機と若干の対潜哨戒機だけを搭載し、戦艦 部隊の直衛任務に付いた。マリアナ 沖海戦の戦訓を活かしたこの任務で、潜水艦二隻を撃沈し、戦艦部隊を守りきりの レイテ突入を成功させた。小沢が同様の戦法を 取り、ハルゼーの第五艦隊の航空攻撃をその満載した戦闘機隊で迎撃し囮の役目を 果たしているおかげでもあった。
レイテで第五艦隊を取り逃がしたもの、辛くも勝利した日本軍であったが、伊勢 が大きな役目を果たしたことは 明白であった。伊勢はその後雲龍級を交えた機動部隊決戦で沈没したが、その搭載 機は何隻もの空母を撃沈した。
その後、日本は満州撤退等の条件のもと講和を達成した。
伊勢級は日本海軍の量産正規空母が竣工するまでの重要な”繋ぎ”であった。そ の果たした役目は大きく、 伊勢の空母改装無しでは、日本の反撃は失敗したはずと認識されている。

<コメント>

伊勢は航空戦艦となりましたが、はっきり言って無駄な改装でした。これは周知 の事実です。だから、もし正規空母に改装され ていたら、強力な戦力になったはず と思いました。そこで17年8月からの改装としました。
マリアナ沖海戦の米海軍航空隊の対艦能力は非常に低いです。212機も動員し て撃沈艦が実に飛鷹だけ!だからレイテでも 直衛があればなんとかなったと思いました。又薄暮攻撃はちょうどF6FのCAPも終了 する時間です。ボルネオ(油田がありましたよ ね?)で訓練すればなんとかなる気 がしました。
まあ、伊勢は戦艦としても航空戦艦としても好きな戦艦の一つです。空母にした いというのは僕だけでしょうか?

− BB