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【建造経緯】
〈神龍〉級はエンクローズドバウ・飛行甲板の装甲化が図られているため、〈大鳳〉級の直系と見る向きが多い。だが、この空母は洋上での前進基地としての大型空母であり、当初の計画では固有の艦載機は考えられてはいなかった。 それが大幅に変化したのは、戦局の変化とその収容能力があまりに魅力的なことがゆえにあった。実は、空技廠15試陸上爆撃機〈銀河〉の運用を想定した設計がなされているため、単発の艦載機ならば実に90機あまりを搭載できることが判明したからだった。 〈大鳳〉級の後継として建造が開始されていた〈葛城〉級が2隻で終わり、本級6隻の整備が決まったのは1944年からのことで、突貫工事で建造が進められた。だが、戦争には間に合わず、本艦は工程80パーセントの段階で休戦会議を迎えた。 休戦協定の席上、合衆国は賠償艦として戦艦〈相模〉または〈大和〉の引き渡しを要求したが、日本側は拒否。一時期協定成立が危ぶまれたが、未成状態の本艦を引き渡すことで合衆国は合意、休戦が成立した。 合衆国へ引き渡された本艦は当時最大級の空母であった〈ミッドウェイ〉をしのぐ艦であるため、重大な関心をもって迎えられた。同型艦が存在しないため、運用面では難が予想されたものの、1947年に〈エセックス〉級に施されたSCB-27A改装が同内容で本艦になされ〈プロメテウス〉と改名、竣工した。 その後、SCB-27Cで舷側エレベーター移設、蒸気カタパルトの装備を。SCB-125でアングルドデッキ化され、面目を一新したことは注目に値しよう。 1961年、合衆国とソヴィエトの対立激化と中華民国崩壊、フランスのヴェトナム撤退を受けて、日本との軍事同盟が締結されると、本艦は日本へ返還され、機動部隊の中核を担うこととなった。合衆国国内には根強い反対論が渦巻いていたが、メートル法で建造された本艦の運用は実のところやりにくく、新造空母〈フォレスタル〉級の整備が進む今となっては本艦を廃棄してもよい状況になっていたからだ。 こうして、1962年に本艦は〈神龍〉と旧名に復し、1994年に除籍されるまで第一線で活躍しつづけた。 ちなみに本艦は合衆国艦時代着艦事故で小規模な火災を起こしている。その時はたいして話題にも昇らなかったが、その後作家岡本好古氏が『空母プロメテウス』でこの事件をモチーフにしたフィクションで新人賞を受賞。一躍話題となったことはよく知られているとおりである。 【作者コメント】 とうとう10作目となりました。 早いもので最初の投稿からそろそろ1年になろうとしています。 装甲巡洋艦〈海陽〉で始まった「世界」がこの空母で一つの区切りを迎えることになりました。感慨深いです。 同時制作で〈慶龍〉も描いています。実は最初はこの〈慶龍〉を先に描いていましたが、途中で艦橋を変えてみて、アメリカ風にしてみたら、と考えたら、先にこちらができてしまった・・・・ 2000年11月11日記。 |