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【建造経緯】
帝国海軍は1940年代中頃に大型航空母艦〈神龍〉級の整備に着手したが、本艦はその2番艦にあたる。しかしながら建造中に休戦を迎え、1番艦〈神龍〉が未成状態のまま合衆国へ引き渡されると、本艦はネームシップとして建造が進められ、1947年に竣工、完熟訓練の後第1機動艦隊に配備された。 ただ、このころから海軍は空母を決戦兵力とは考えてはおらず、対艦誘導弾を搭載した陸上攻撃機の大量投入を支援することを第一義としていた。それというのも、VT信管の登場により艦載機の効果が疑問視されはじめたからだ。 連山や最後のレシプロ陸攻閃山に大型対艦誘導弾『桜花』を搭載し、敵艦隊付近で空中集合、同時飽和攻撃をかける『空中艦隊』構想があった。本級は戦闘機のみを搭載し、陸攻隊を援護する役回りであった。 新しい時代の切り札として対艦誘導弾が登場したが、民需がそれほどでもない日本帝国では小型化・高性能化が大きな課題であった。そのため、艦艇用の対艦誘導弾はソヴィエト海軍のように大型なものが多かった。これは大きな問題だった。海戦において一度に投入できる誘導弾の数は合衆国の方が勝っていたからだ。 海軍は大型水上戦闘艦すべてに誘導弾搭載化改装を施すが、〈慶龍〉級にも8発の誘導弾が艦首垂直発射機に収められた。1954年から順次この改装は行われたが、さすがに効率が悪いため数年で撤去されている。 ただ、興味深いことに、それにヒントを得たソヴィエト海軍が戦闘空母〈キエフ〉級を就役させていることであろう。一時期この種の装備が真剣に検討され、中小海軍向けに提案されたことを考えると、艦艇史的視点からすれば実におもしろいことといえよう。 本級はアングルドデッキ化等の改装がなされ、長らく現役でありつづけた。 1990年代の湾岸戦争を最後に現役を退いている。 〈神龍〉 1945年合衆国に引き渡し 1947年竣工・艦名〈プロメテウス〉 1962年返還 1994年除籍 〈慶龍〉 1947年竣工 1951年第1次改装 1954年誘導弾搭載化改装 1956年誘導弾撤去 1992年除籍 〈捷龍〉 1948年竣工 1953年第1次改装 1954年誘導弾搭載化改装 1957年誘導弾撤去 1993年除籍 〈辿龍〉 1948年竣工 1953年第1次改装 1955年誘導弾搭載化改装 1958年誘導弾撤去 1993年除籍 【作者コメント】 同時平行で〈神龍〉を作っていました。両者を比較してみると、こちらの方がやぼったい・・・・ 本当なら、誘導弾搭載時も描こうとおもったのですが、気力が続かず。 2000年11月11日記。 |