要目(「雲龍」新造時)
基準排水量16,000t 全長215.0m 水線幅22.5m 吃水7.6m
出力110,000hp 速力31.0kt 航続距離18ktで8,000浬
武装40口径12.7cm連装高角砲4基、25mm3連装機銃19基
搭載機42機
同型艦「天城」「葛城」「笠置」「阿蘇」「生駒」
概要
太平洋戦争開戦直前に予算が計上された戦時急造の航空母艦。
ミッドウェー海戦で「赤城」と「加賀」を失ってからは改マル5計画で
15隻が計画され、実際に建造されたのが8隻で内2隻が建造中止となっ
ている。
格納庫が1段だけなので乾舷が低く、解決策として艦首をエンクロ
ーズド・バウとした。これは飛行甲板を長くするのにも好都合で外観
は「大鳳」型との共通点が多い。
この「雲龍」型を計画するにあたって大きく分けて「飛龍」を改良する
という案と新しく設計するという案の2つがあったが設計期間では前
者の方が有利といえるが建造期間は概ね新しく設計した艦の方が早い
だろう、と言う事になったので後者が選択された。戦時急造艦と言う
訳であまり複雑な設計はされず直線なども多く取り入れるように心が
けられていた。
搭載機は昭和19年4月に第1機動艦隊に編入された時点で、零戦18機、
彗星12機、天山12機を搭載し、零戦と彗星、計12機が露天繁止されて
いた。
武装は高角砲の搭載数が比較的少なく、替わりに機銃の搭載数が割
と多い。また、後には12センチ28連装噴進砲6基をはじめ、25mm単装
機銃も多数増設された。
機関は防空巡の「筑後」型と同系列のものを使用し、何とか最高速度
30kt以上を確保している。「葛城」以降の艦は機関の調達が難しくなり
甲型駆逐艦の機関を2組搭載され、速度が若干低下してしまった。
防御は直接防御では他の正規空母より劣っているが、戦訓により各
所に不沈化処置が施された。
昭和17年8月に横須賀工廠で起工された1番艦「雲龍」は大急ぎで建造
され昭和19年3月に竣工した。600日弱で完成させたわけである。お陰
で同年6月のマリアナ沖海戦に参加することができた。2番艦の「天城」
は2ヶ月遅れで竣工し、こちらはマリアナ沖海戦には参加していない。
同年12月のレイテ沖海戦には先の「雲龍」と「天城」、さらに「葛城」と「
笠置」が参加し、「雲龍」と「葛城」が撃沈され生き残った「天城」・「笠置」
も損傷したが修理もそこそこに呉などで浮き砲台とされた。
後続の「阿蘇」・「生駒」も竣工はしたが活躍する場がなく各軍港に虚
しく停泊するだけだった。
生き残った各艦は昭和20年6月の敗戦後から復員船として使用され
後に全艦が解体された。
コメント
この空母、何処が戦時急造に適しているのか分かりません。(笑)
それにG18の存在も無視しています。やはり好みだけで描いた空母
の設定を考えるのには厳しいものがあったのかもしれません。
搭載機は内訳まで書いてますがあれはただそれらしく書いただけで
特に根拠のある数字ではなかったりします。実際どのくらい積めるん
だろう・・・?
それと、日本はやっぱり負けましたね。まあ、勝てるような相手で
はないし史実通りだと可哀想なので少し早く降参させました。(笑)
この空母も私も半人前ですね。(爆)
(2001年5月13日)
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