ソビエト連邦海軍・高速戦艦「ウラジミール・レーニン級」

Vradimil-Lenin

要目
基準排水量:60,251トン(「イオシフ・スターリン」は63,703トン)
満載排水量:69,891トン(「イオシフ・スターリン」は73,342トン)
全長:272.5メートル
全幅:36.1メートル
喫水:9.2メートル(「イオシフ・スターリン」は9.5メートル)
主機:蒸気タービン4軸、200,000馬力
最高速度:30.2ノット
(「イオシフ・スターリン」は28.4ノット)
航続距離:14ノットで10,000海里、18ノットで6,000海里
     (「イオシフ・スターリン」は14ノットで8,500海里)
兵装:53口径16インチ4連装砲3基 12門
   55口径6インチ連装砲6基 12門
   55口径6インチ単装砲12基 12門
   50口径4インチ連装高射砲8基 16門
   37ミリ連装対空機銃24基 48門
同型艦:「イオシフ・スターリン」(実は準同型艦)
    「ドミトリ・ドンスコイ」、「イリヤ・ムロメツ」(両艦とも未成)


概要
 まずは設定の前史から

。  1943年6月、ドイツ軍は東部戦線で史上空前の攻勢を準備していた。すなわち、クルスク周辺に多数の機甲師団を集結させ、ソ連軍主力を殲滅せんとする「ツィタデレ」作戦である。
 だが、この作戦はついに実行されることはなかった。
 攻勢開始の直前、反ヒトラー派の大部隊が一斉クーデターを起こすことに成功し、ヒトラーの暗殺に成功したのである。彼らは即座に臨時政府を起こし、連合国側との講和工作に出た。
 この蜂起にはかなりな数の将兵が参加しており、国内のナチス残党らはこの動きをすばやく阻止することができなかった。頼みのSS直属師団(などの新ナチ派部隊)についても、「ツィタデレ」作戦のために東部戦線に居ては、この動きを座して見守るほかなかったのである。
 その間に講和派の部隊が続々とベルリンに集結するにいたって、彼らの反撃の望みも潰えてしまった。
 同年8月、旧占領地からの撤退、国防軍の地位保全、ユダヤ人らの収容所からの解放、旧ナチス勢力の排除などを条件とした講和条約が、連合国との間に成立した
 しかし、この状況においてなお東部戦線では困難な撤退戦が続いていた。あくまで講和条約にしたがって整然と撤退していくドイツ軍に対し、ソ連軍は執拗な攻撃を行ったのである。
 その攻撃は、ドイツ軍がソ連領から完全に退去してすら続き、ついには条約によって中立地帯のはずのポーランドやハンガリーなどを席巻する勢いとなった。
 このソ連の条約違反行為に、当のドイツはともかく、英・米・仏においても非難の声があがり、英・仏はドイツ国境に派兵を行い、米もそれに同調する姿勢を示した。
 かくして、まだ対日戦が終わっていないにもかかわらず、欧州にまた戦乱の予兆が広がり始めたのである。
 この状況下でソ連が考えたのは、制海権の確保であった。
 制海権といっても内海である黒海やバルト海などについてのものではある。が、そもそも戦艦の数が連合軍側と比較にならない上に、艦もまた旧式なのだから、いずれにせよ艦隊戦力の整備は急を要していた。英米と戦争にになった際,彼らの強大な海軍に自国の内海を思うように荒らされるのは,いくら陸軍国家ソ連といえども不愉快であったろう.
 かくして1943年末、スターリンは新鋭戦艦4隻、新鋭巡洋戦艦2隻を基幹とする一大建艦計画を発動することにしたのである。
 ソ連には、このときすでに(戦争のため計画廃棄となった)「ソビエツキ−・ソユーズ」級のプランがあった。16インチ砲9門を持つ重装甲戦艦である。このとき米では対日戦に備えた「モンタナ」級戦艦が起工しており、英・仏も新型戦艦建造の動きを見せ始めて居た。(この世界では、まだ大艦巨砲主義が揺らいでいないと理解してください。)それらの戦艦のプランをKGBなどのルートで調べた結果、「ソビエツキ−・ソユーズ」級をもってしても、これらの艦に対抗することは至難であることが判明した。
 さらに衝撃を与えたのが、日本が建造した「大和」級戦艦の情報である。極秘ルートでつかんだ情報によれば、この艦はなんと18インチ砲を搭載し、装甲もまた「ソビエツキ−・ソユーズ」級を凌ぐものがある、という。
 ところがこのときソ連には16インチ砲製造の技術しかなかった。世界に誇る大砲大国ソ連といえども、18インチクラスの巨砲をいきなり作るには技術の集積が足りなかったのである。
 このような中で、1944年半ば頃、この艦の基本コンセプトがまとまった。それは次のようなものである。  1:今回の建艦計画では短期間に多数の艦を作ることになるが、仮に計画が無事に行われたとしても、なお海軍力は敵が優勢である。よって1艦で多数の敵を相手にできるだけの重武装が必要である。  2:少なくとも「ヤマト」級戦艦に対抗できるだけの主砲火力が必要である。わが国は16インチ砲までの製造能力しかないことから、その限界内でできるだけ強力な砲をできるだけ多数搭載する。  3:少なくとも30ノットの速力を持たせることが必要である。英・米・日ともに主力艦の速力は30ノット以下(米アイオワ級を除く)であり、戦いを優位に進めることができる。

   ソ連の造船官たちはこのコンセプトに従い、また列強の建造例も参考にして、最終的にいくつかのプランを完成させた。
 そのなかで採用されたのがこの案である。

 主砲塔は、4連装のものを前に2基、後ろに1基搭載している。砲身は、このときのソ連の工場で製作できる最大の口径であった、53口径砲を使用した。この砲は初速が800m/s以上という超高初速砲である。過装薬で行った実験では、830m/sで通常弾を、760m/sで専用弾を発射した記録もある。
 この「専用弾」というのは、通称「重徹甲弾」、俗称「スターリンの鉄槌」といわれたもので、タングステン合金を多用した重量級の砲弾(重量1,250kg)であった。この砲弾と高初速砲が組み合わさった ときの威力は、ほぼ通常の18インチ砲のそれに匹敵する、といわれていた。  揚弾装置などは、将来18インチ砲に主砲を換装することになっても、小規模の改造だけでそのまま使用できるような仕様になっていたようである。  副砲塔は、連装砲を主艦橋前方に3基、後艦橋後方に3基、それぞれ三角形に配置されている。それとは別に、「一見ケースメイト風」な単装副砲塔12門(片舷6門づつ)が舷側に突き出している。
 これらの副砲は、すべて高射砲としての運用が可能な設計となっている。

 防御面では、速力を重視したために「ソビエツキ−・ソユーズ」よりはかなり落とされており、装甲厚は舷側12インチ(304ミリ・18度傾斜)、上面6インチ(152ミリ)となっている。一応、通常の16インチ砲の攻撃には耐えられる設計なのだが、実は自分の主砲(超長砲身砲)に対してはそれほど安全ではない、というある意味では危険な薄さである。

 なお、2番艦の「イオシフ・スターリン」のみ、舷側装甲が14インチまで強化されている。自分の名をもつ戦艦が沈むのを恐れたスターリンの命令によるものと言われているが、これによって艦の安定性が悪化したばかりか、喫水がバルト海で運用するには深くなりすぎてしまい(対策としてバルジを取り付けはしたものの)、このことがこの艦の運命を左右することになる。

 艦上構造物は必要最小限にまとめられている。比較的高い塔状の主艦橋、その後ろに1本の煙突とマスト、そして後艦橋が存在している。
 その主艦橋には15m測距儀およびレーダー、副艦橋には12m測距儀を搭載し、ある程度高度な(そして、遠距離砲戦に特化した)射撃管制システムを搭載しているといわれている。

 おのおのの構造物は頑丈に作られていたのだが、なにしろ構造物周辺を副砲弾薬庫が取り囲んでいる格好のため、最悪の場合1回の被弾で戦闘力を喪失する危険性があった。

 電波兵装については、レーダーや遠距離通信機をはじめとして、この時代のソ連にしては優秀なものを搭載していたようだ。

 艦首には、万一の外洋出撃に備えて、かなり強いシアがついたクリッパー型艦首を持つのが特徴である。その上部(日本艦だと菊の紋章があるところ)には、巨大な赤い星を胸に持った鷲の紋章が飾られていたという。


 日本が1945年に降伏すると、ソ連の仮想敵は旧連合国に一変することになった。
 情勢が緊迫していく中、1948年3月、セパストポリで1番艦「ウラジミール・レーニン」が竣工。続いて1949年6月、レニングラードで2番艦「イオシフ・スターリン」が竣工した。

 しかし同月22日、旧連合国軍(以下連合軍と略す)はポーランドにおけるソ連軍の国境侵犯を理由に、ソ連軍との全面戦争に突入する。

   完成したばかりの「イオシフ・スターリン」は、クロンシュタットで習熟訓練に励んでいる最中に米・英軍機から幾度となく空襲を受けた。最初のうちはなんとか無事に済んでいたが、ある日、爆撃を回避したときに、装甲分の喫水の増加を失念したために浅瀬に乗り上げ、その後に空からの集中爆撃を受けてしまったのだ。艦は何とか沈まずに済み、また浅瀬からの脱出にも成功したものの、この攻撃で機関に致命的な損傷を蒙ってしまったのである。いまさら艦をドックに入れる余裕はなく、バルチック艦隊司令部はこの艦を事実上の浮き砲台に改装し、また徹底的な偽装を施して、来るべき敵襲に備えることとした。が、やがて連合軍の猛爆にさらされて完全に戦闘不能となり、最後には連合軍によるクロンシュタット要塞攻撃のとき、要塞の陥落とともに自爆したという。この報告を受けたスターリンが、(自分の名が冠された最強艦があまりにもあっさりと自爆したために)このことで激怒したかどうかは分かっていない。

   一方、黒海艦隊に所属していた「ウラジミール・レーニン」は、セバストポリを母港として作戦に従事し、長い砲射程を生かした対地支援を行い、しばしば連合軍機甲部隊を苦しめた。特にオデッサ攻防戦での働きは顕著であり、数多くの車両がこの艦の攻撃だけで破壊されている。
 この間、幾度となく連合軍はこの艦に対して航空攻撃を繰り返したが、その都度ソ連空軍の(数を頼んだ)護衛に阻まれ、ほとんど損傷を与えることができなかったという。
 そのせいか、いつしか連合軍はこの艦を「黒海の赤い悪魔」と呼ぶようになったという。

 戦況は一進一退を繰り返していたが、10月にトルコが連合軍側で参戦し、同時に連合軍艦隊のボスポラス海峡通過を容認。連合軍は戦艦「モンタナ」級、「アイオワ」級を基幹とする艦隊を黒海に送りこむ。この艦隊は、戦線後方のロストフ付近に上陸作戦を行う、強襲部隊約50万を護衛していた。

 10月31日の昼頃、セパストボリ沖400kmで両軍は交戦を開始した。両軍の戦力(主力艦のみ)は以下の通りである。

   ソ連黒海艦隊:「ウラジミール・レーニン」、「セバストポリ」、スベドロニフ級重巡洋艦6隻、マカーロフ級軽巡洋艦6隻他
 連合国艦隊本隊:「モンタナ」、「アイオワ」、「ニュージャージー」、「ミズーリ」、「ウィスコンシン」(米艦隊)+「リシュリュー」、「ストラスブール」、「クレマンソー」(仏艦隊)、各種艦艇多数、輸送船・揚陸艦計1000隻以上
 連合軍艦隊前衛:「アラスカ」、「ハワイ」、クリーブランド級軽巡洋艦6隻他

 米軍は「ウラジミール・レーニン」を侮っていたわけではなかったのだが、前衛艦隊は主力の到着を待たずに、独自に交戦を開始した。だが、これは「ウラジミール・レーニン」の特徴を最大限に発揮する結果になってしまったのである。「ウラジミール・レーニン」の主砲第一斉射は「アラスカ」を一撃で航行不能に追い込み、「ハワイ」も次の2斉射で戦闘力を失った。近距離での雷撃を試みようととした水雷戦隊は、この艦の強力な副砲兵装の前に前進を阻まれてしまった.駆逐艦6隻を沈められたほか、相当な損害を受け、また雷撃もことごとく失敗に終わってしまったのである。

 両艦隊主力の反航戦による決戦は、ソ連側の先制攻撃で始まった。超高初速砲の最大射程は実に45,000mにも達し、また決戦想定距離は35,000m以内という一種の怪物砲であった。「モンタナ」への第一斉射はこの艦の電路を切断し、数分間ではあったがこの艦を戦列から引き離すことに成功した。さらに、立て続けの斉射で「ミズーリ」を戦闘・航行不能に陥れ、さらに応急修理が完了した「モンタナ」にも、かなりな数の痛打を叩き込んだ。巧みな回避運動により、この間「ウラジミール・レーニン」への命中弾はほとんどなく、アメリカ側は一時的に苦境に立たされた。
 だが、少し遅れて戦場に突入した「リシュリュー」の存在が、この戦いを劇的に終わらせる要因となった。最大射程一杯で放たれた斉射の1発が、偶然に「ウラジミール・レーニン」の薄弱な上面装甲を打ち抜き、前部副砲弾薬庫で爆発したのである。その直後、「アイオワ」「ニュージャージー」の主砲弾が、立て続けに艦橋付近に命中した。どちらの攻撃が直接の原因かはわからなかったが、とにかく「ウラジミール・レーニン」は、命中から5秒もしないうちに2番砲塔から大火柱を上げ、それと同時に艦上構造物全てが赤々とした炎に包まれた。その数秒後に全艦が大爆発を起こし、火山爆発のような轟音とともに,艦は粉々に砕け散った。その様子を見たある米軍兵は,「沈んだ,というよりは,四散した,という表現のほうが正しかった。まるで最近のアクション映画の爆発のようだった」と後に語っている。

 だが,その直前に放った最後の斉射は,「モンタナ」の主艦橋正面にそのうちの1弾が直撃し,米艦隊司令官がその衝撃で脳震盪を起こしたほか,他の幕僚もまた負傷・気絶させ,一時的にではあるが連合軍艦隊の指揮能力を奪いさったという。

 3番艦「ドミトリ・ドンスコイ」はムルマンスクで建造されていたが、8割方完成した状態で連合軍の爆撃により着底し、そのまま戦争終結まで放置されている。のちに米軍がこの艦を接収・調査し、そのあと現地で解体されている。
 4番艦「イリヤ・ムロメツ」は、開戦時にはウラジオストクで建造が始まっていたのだが、連合軍の爆撃により、こちらは開戦後まもなくドックもろとも爆撃で(完膚なきまでに)破壊されたといわれている。


     コメント
 初投稿のzonoです。現在某工業大学で卒研をやっています。
 実家に飛行機や船の本がやたらあったせいか、昔から架空の飛行機だの軍艦だのを作って楽しんで?いましたものです。
 さてこの艦は…今まで考えた軍艦?中でももっとも火葬気味の艦です(爆)。
 でもそんなものを最初に投稿した理由は、多分一番「漢の艦」めいたところがあるような気があるからです。なにせ、攻撃は強いが防御は弱い!。殴りこみ用戦艦!?。
 あと他にはあまりない「ソ連の架空戦艦」というところもポイントかと。

 イメージは戦艦と言うよりはソ連の戦車(それもT-35とか!?)です。いわば「重突破戦艦」。
 そのため「ソビエツキ−・ソユーズ」の諸元(建造状況も?)は無視して考えました(いや、ほんとはあまり知らなかっただけですが)。
 しかし、勝手に排水量などを設定していたものを試しに(そちらのページから落とさせていただいた)「設計の手引き」に入れてみたら、当初の設定よりかなり防御を強化できたので驚いております。
(当初の設定では舷側200mmぐらいだったんです…。巡洋戦艦クラス以下…。あと、艦船設計ツールの製作者の方に感謝感謝。)
 一応、「長門」よりましなぐらいの防御は施せたようだが…やっぱり弱かったかも。

   建造エピソードは、自分で今まで考えていた、架空戦記?的設定のものから流用したものです。
(ですから、エピソードに登場する艦名にも架空のものがいくつか存在しています。)
 というより、この艦を作るためにあえてこのような時代背景にしたのかも(爆)。
 第2次大戦からは時期的に若干ずれてしまっていますがどうか許してください。
 なお、これからも、この設定に沿った?架空機あんど架空艦を投稿していく予定です。

 実は「ウラジミール・レーニン」のスペルには自信がありません….

 最後に、誰か親切な方、この艦の本格的な絵を書いていただけませんでしょうか?
 一応自分では設定画?らしいものを(紙に)書いているのですが、スキャナがありませんので。
(ペイントで描いた艦の概念図だけは用意しました…。砲塔の配置図だけですが。でも、送り方と圧縮の仕方がわかりません…。)

 最後に、艦首の紋章の形は、旧ソ連のキエフ級空母のものをイメージしていただければいいかと(確かついていたはず)…。

 それでは。