駆潜特務艇第201号型

51.6m5.60m中速750馬力ディーゼル機関2基/2軸13ノットで2800浬
全長:
水線幅(最大):
喫水:2.11m
基準排水量:330t
主機:
総出力:1500馬力
速力:15ノット
燃料搭載量:重油18t
航続力:
兵装:25mm三連装機銃 1基
25mm単装機銃 3基
94式爆雷投射器 2基
爆雷装眞台 2基
爆雷投下軌条 2基
爆雷 36個
吊下式水中聴音機 1基
3式3型水中探信儀 1基
乗員:52名

 駆潜特務艇第1号型の後続艇として建造された駆潜特務艇で、艇型と排水量 を大型化し、その分航続距離と対潜兵装を強化し、船団護衛において駆潜艇な みに活用できるようにした。

いきさつ

 日本海軍は平時から駆潜艇の補助として駆潜特務艇を研究しており、国際情 勢が悪化した昭和16年駆潜特務艇第1号型100隻を一挙に計画し、さらに もう100隻追加建造した。駆潜特務艇第1号型は木造漁船の船型を基本にし て速力の向上を図った局地用の対潜艇で、逓信省の木造規定に準拠した構造を 持っている。木船工業会参加の16社で量産された本型は全戦域に配備され近 距離の対潜護衛と哨戒に従事した。
 だが戦闘が激化し船舶の被害が増加し出すと、ただでさえ不足していた護衛 艦艇はますます不足した。しかも戦時量産型航洋護衛艦である海防艦の数が本 格的に揃うのは昭和19年以降である。そこで海軍は本来は船団護衛にはあまり 適さないはずの駆潜艇をはじめとすると近海用対潜艦まで船団護衛に投入しな ければならなかった(それでも数が不足していたのは言うまでもない。)。 もちろん駆潜特務艇第1号型すらも船団護衛に投入された。しかし、悲しいかな 駆潜特務艇第1号型は純近海用対潜艦で ありその最高速度は11ノット、航続距離は10ノットで1000浬ほどと、 船団護衛に使用するには駆潜艇よりも遥かに無理があった。そこで海軍は駆潜 艇並の汎用性と航洋性を持たせた駆潜特務艇の建造に着手した。

設計&建造

 駆潜特務艇第1号型の後続艇の設計は昭和18年8月より始められ、 そのコンセプトは「駆潜艇並の航用性をもつ 特務艇」である。その結果当初本艇は28号型駆潜艇の木造版としての性格が 強い艇になってしまった。しかしそれでは各木造造船所で短期間で建造できる ことなどおぼつかない。そのため再度設計をよりコスト&工期重視に手直し、 その結果、ところどころに各種駆潜艇の設計を取り入れた駆潜特務艇第1 号型の拡大・発展型とゆうことに落ち着いた。
 後続艇の艇体は駆潜特務艇第1号型の艇体をベースにしながらも、その縦横比 と喫水は4号型駆潜艇のそれに近い。船底の腐蝕防止には、建造資材確保の点 から銅板を使用せず、代わりに駆潜特務艇第1号型と同様の薄鋼メッキ板を用いた。 また、燃料搭載量の増加や対潜兵装の強 化などにより排水量が駆潜特務艇第1号型に比べ3倍近く増加した。
 航続距離は駆潜特務艇第1号型のネックの1つだったが、その拡大・発展型 である本艇の重油搭載量は18tにまで増え、その分航続距離が飛躍的に増加 した。機関の方も新型のディーゼル機関2基を搭載し、最高速度・巡航速度と もに28号型駆潜艇に近くなった。
 兵装も強化された。特に対潜兵装は水測兵器を除けば28号型駆潜艇に匹敵 するぐらいの重装備を持つ。それ以外の武装では駆潜艇に劣るものの、駆潜特 務艇第1号型に比べれば飛躍的に強化されている。
 こうしてわずか5ヶ月足らずという期間で設計を終えた駆潜特 務艇第1号型の後続艇は、制式に駆潜特務艇第201号型と命名され、 海軍は各木造造船所に、この駆潜特務艇第201号型を計100隻発注した。

その他

 駆潜特務艇第201号型の建造に際し起きた最大の問題は、主機の製造能力 不足である。これは駆潜特務艇第1号型でも起きた問題である。ただ、駆潜特 務艇第1号型は戦時下での量産に備え、あらかじめ戦前から周到な準備をしていたので 何とか全隻を竣功させることができた。しかし駆潜特務艇第1号型の建造基盤 を引き継ぐとはいえ駆潜特務艇第201号型の建造にはそのような周到な準備 などなされていない。しかも戦況悪化による物資欠乏でただでさえ低い主機の 製造能力はますます低下した。また駆潜特務艇第201号型は駆潜特務艇第1号型に比 べ大型でその分竣功までの工数が多い。そのため終戦までに竣功した駆潜特務艇 第201号型は半分にも満たない48隻であった。
 昭和十九年7月から竣役しだした駆潜特務艇第201号型は、敗戦が濃く制 空権が皆無な状況下にもかかわらず対潜哨戒や船団護衛などで勇戦した。 なお終戦時の201号型の残存数は23隻。
 戦後は残存艇の内8隻が海上保安庁に移管され、1970年近くまで巡視船 として使用された。