1943年、帝国海軍はイギリスからもたらされた新式のロケット兵器や電探などの最新技術、また新式高角砲などを試す為に小
型の高速実験艦を新造する予定だったが、国内の多くの造船所は新連合艦隊艦の新造のため多くが使われていて新造艦は作れ
なくなり、なおかつ旧式の駆逐艦や軽巡洋艦の多くは沿岸警備に出払っている為、、実験艦のベースとなる船を探す事となっ
た。
ちょうどその頃、客船崑崙丸級4隻と貨物船壱岐丸級6隻が就航した事により運用から外れた国鉄関釜連絡船の高速貨客船・景
福丸に海軍は目をつけ、海軍はこの船を徴用、函館ドッグで改造した。
もともとこの船は下関〜釜山間を結ぶ高速船として竣工し、外航高速客船に劣らぬ性能を持っていた船であった為、機関を一
等駆逐艦と同様の物に換装したところ36ktという数字をたたき出し、さらに蒸気機関再起動時の隙をなくす為に、船尾換装に
より、空いた後部船倉と船尾スペースを潰して当時開発途中であったドイツ式の艦用ディーゼル機関を装備した。
主な改造点は、
・エンジンが蒸気タービンとディーゼルの併用となり、第二煙突の後部にマックタイプの第三煙突を装備。
・客室の大幅撤去。
・エンジン換装と船尾に新型高角砲を乗せる為に船尾を交換。
・レーダーを設置の為に行われた船橋の複雑化工事とスペリー式レーダーの装備。
・試作アスロック、魚雷発射管、新型高角砲、レーダー連動新式高角機関銃の装備。
テストは函館港内で行われ、ドイツから拿捕した新型潜水艦や海軍の新鋭戦闘機を相手に新式装備の採用試験が行われた。
その結果、故障が多発したディーゼル機関以外の新技術の多くは採用され、当時製造中だった高速戦艦『三笠』級や対空駆逐
艦『留辺蕊』級に技術提供が行われ、またディーゼル機関ももう一つのアメリカ式艦用ディーゼルを装備したところ故障も一
気に少なくなり、正式にはこれが採用された。
テスト後は函館港に係留されて軍港防護艦となり、その際に多くのソビエト機を撃ち落したという。
解体は終戦後すぐの1949年であった。
(鉄道連絡船100年史より)
詳細
全長:129.1m(船尾換装前114.3m)
全幅:資料に書いていないため、不明。
基準排水量:3,620t
満積排水量:3,724t
主機:艦本式オールギヤードタービン2基2軸
主缶:ロ号艦本式水管缶(重油専焼)6基
補機:(換装前)艦本式イ号試作ディーゼル4基(換装後)艦本式ロ号試作ディーゼル4基
出力:主機52,000hp、補機20,000hp
速力:36kt
兵装:試作対潜ロケット爆雷×1、試作10p高角砲×1、試作25oレーダー連動対空機関砲×1、61p4連装魚雷×1
乗員:220名
竣工:1922年4月21日
製造所:三菱造船神戸造船所
改造:1943年6月14日
改造所:函館ドッグ
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