| 川西 九七式特殊艦上偵察機 綿雲 |
綿雲一号一型 三面図
彼の名は、ウィラード・R・カスターといった。
彼は極めて独創的な発想から、折れ曲がった翼を考案、これにチャンネル・ウィング(日本名「屈曲翼」)と名付けていた。
しかし、そのあまりにも特異な形態のためか、協力者も現れず、なかなかそれは陽の目を見なかった。
1930年、そんな彼の元に、海の向こう側から誘いがあった。
「川西航空機」
アメリカの航空技術について調べていた同社が、偶然彼の発想に興味を抱き、資金を拠出しようと思い立ったのだ
それから5年の歳月が流れ、6種の試作機によって、彼の理論の正しさは証明された。
そして、急速に悪化する日米関係の中で、惜しまれつつも、彼は帰国の途に就いたのである。
残された川西の技術者達は、その後も自社負担で研究を進め、さらに数種の試作機を製作していた。
そんなときだった。
その恐るべき短距離離着陸性能に目をつけた海軍が、空母以外の艦から作戦可能な汎用機として、試作要求を出してきたのだ。
特異な形態のためだろうか。
民間からの関心は皆無、海軍も「まあ、ついでだ」という程度ではあったが、川西にしてみれば、資金協力だけでも御の文字だったと言われる。
かくして完成したのが、この「C4K 九七式特殊艦上偵察機 綿雲」だったのだ。
性能仕様(一号一型)
金属製一部羽布張り、屈曲翼、双発、双ブーム、三車輪式、艦上機
全長:8.75m 全幅:14m 全高:3m
自重:2411kg 全備重量:3625kg
発動機:離昇480馬力2基 「天風」21型特 空冷単列星形9気筒
プロペラ:木製固定ピッチ3翅 直径2m
最大速度:327km/h(高度2400m)
巡航速度:244km/h(高度2400m)
失速速度:48km/h
離陸滑走距離:37m(全備) 着陸滑走距離:38m(全備)
航続距離:1400km〜2000km
航続時間:最大8時間
武装:
・7.7ミリ機銃×3(機首固定)
・7.7ミリ機銃×1(尾部旋回)
・60kg爆弾×4(胴体側面) 又は 250kg爆弾×1(胴体内)
乗員:2名
当機の特徴は、何と言ってもその翼にある。
チャンネル・ウィングがそれだ。
これは、後縁と一致したプロペラによって、上面に高速の気流を発生し、大きな揚力を発生する効果がある。
しかも、機体自体の速度と、ある程度独立的に発生する。
これが、この種の機体に異常なまでのSTOL性をもたらすのである。
さらに大アスペクト比の主翼を組み合わせることで、この性能を強化している。
想定される任務の性格上、高速性能はそこまで重要ではなく、発動機は天風が採用された。
ただし、推進式に装備するため、若干の改造が加えられている。
プロペラも単純な木製固定ピッチだが、3翅として翼上面の気流を加速させることを狙った物である。
このように利点も多いのだが、片発停止の場合、ヨーだけでなくロールまで生み出すという欠点もある。
さて、キモであるチャンネル・ウィングの解説が済んだ後は、機体全体を概観してみよう。
5年間に及ぶ研究と試作の時間は、設計陣に自信と力を与えていた。
そこで、彼らは偵察機として適するよう、積極的に新しい試みを盛り込むことにした。
(海軍は汎用機として考えていたが、それは川西側には伝えられていない)
すなわち、引き込み式の降着装置、双ブーム、エンクローズされた風防、強力な爆装などである。
引き込み脚は、言うまでもなく抵抗の削減である。
これは主翼の屈曲部に主輪を格納することで、極めて合理的に実現された。
上に跳ね上がった双ブームは、後席の視界と射界の向上を図った物であり、特に後下方の視界は極めて良好となる。
武器はお馴染みのルイス機銃だ。機首の三挺も同様である。
なお、ブームは主翼桁とボルト止めになっており、比較的容易に取り外しが可能である。
水平尾翼も取り外しが可能で、これは分解格納・運搬の際に、コンパクトに機体を収めることが出来、非常に便利である。
また、主翼自体も外側屈曲部から上方へ折り畳めるようになっており、これも収納に有利である。
風防については、半ば実験の意味もあった。
胴体後部には着艦フックも標準装備しており、より確実な着艦を目指している。
爆弾装備箇所の「胴体側面」が気になった方も居るだろう。
これは、脚が短いためにクリアランスが小さく、主翼下、胴体下共に爆弾搭載が危険であるための措置だ。
爆弾架は両舷2基ずつ設けられ、前後に2発ずつ並んで、両舷合わせて4発となる。
60kg爆弾の他、30kg爆弾も搭載できる。
胴体内にも爆弾倉を設けてあり、これは250kg爆弾専用である。
後にはここに200リットル増漕が吊下出来るよう改造される。
燃料は爆弾倉の上に搭載される。翼内タンクは無い。
この配置の結果、二名の乗員は伝声管でしか意思の疎通が出来なくなっている。
かくして試作命令から1年後には試験飛行に至った。
その結果、脚部に若干の補強を要するとされた以外は良好で、12年の6月には97式特殊艦上偵察機として採用に至る。
なお、C4という略符号では、他に愛知に対して高速偵察機の試作命令も出ているが、これと当機とは全く別の仕様によるので、注意が必要である。
戦争では空母以外から使える非水上機ということで、使い勝手は大幅に向上、偵察、観測、爆撃、連絡、果ては代用戦闘機としてまでも大いに活躍する。
思わぬ拾い物をした海軍は次々と要求を増やし、それに伴って多数の派生型が生まれ、新設計の後継機開発も進めらた。
その価値は戦後のアメリカでも認められ、軽便な自家用機として、本家であるカスター・チャンネル・ウィング社は一躍脚光を浴びたという。
あとがき
え〜、作者の桜華です。気付くとは思いますが、これは競作・戦艦に使うために造ったという意味もあります。
収納に関する細かい説明を見れば、ますます納得していただけると思う次第。
こういう機体の構想自体は、半年以上前から持っていたのですが。
カスター氏が最初の量産型CCW−5を飛ばすのは1964年のこと。
アイデア考案から会社設立までが45年とのことで、どう考えても1920年にはこのアイデアが存在していたことになります。
作中の設定でも、本気でしっかり探せば実用化できるでしょう。
架空機の館にも同様の機体が他にもありますしね。
実用化したとすると、かなりな意味を持つと思います。
空母以外の艦から、空母並の使い勝手で飛行機を運用できる。
これに尽きます。
いや、ひょっとすると空母から艦偵を使うより、使い勝手は良いかも知れません。
コイツの失速速度は、巡洋艦の最大速度より低いです。
つまり、艦から見ると、理論的には垂直離着陸が出来てしまうという…。恐ろしいですね〜(笑)。
従って巡洋艦以上のすべての艦から、よほどの荒天でない限り攻撃機を運用できる事になり、これは恐るべき脅威です。
雷撃は難しいでしょうが、降爆なら不可能でもないでしょう。この機の場合は水平爆撃か緩降下爆撃になります。
無論、索敵や弾着観測なんかにも使うでしょう。
そして、それが実現していた世界も十分考えられると。
ま、すぐに真似されるでしょうけどね(笑)。
それはそれとしても、こういう良いアイデアが1920年頃からずっと埋もれていたというのは、とても勿体ないですね。
軍艦に積まなくても、軽飛行機として、お手軽で良さそうなのに。
本文の最後の一行は、そういう気持ちも込めてあります。
ちなみに、なんでメーカーが川西なの? という疑問に答えられる理由は存在しません。ハッキリ言って、適当です(爆)
それにしても、側面図…Ta183の出来損ないみたいだなあ(笑)
では、お付き合い下さいまして、ありがとうございました。
2003年3月 桜華雷帝
| C4K 綿雲 |