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重爆迎撃用に開発された、局地戦闘機「雷電」は空力抵抗的に見て、コクピットの部分を考えずに設計しているため、予想より速力が出なかった。 コクピット部分を削れば空力抵抗はさらにアップするはずだが、コクピットのない航空機を作るわけにはいかない。 そこで、米陸軍戦闘機ロッキードP38「ライトニング」のような形状で「雷電」のコクピット部のない(理想的な空力抵抗になる)ボディを連結、 空力抵抗の良いコクピット部をエンジンとエンジンの間につけることで、3600馬力(1800馬力×2)の大出力をもつ高速戦闘機を作り出すことが考えられた。 この形状により機首部に大口径の機関砲を集中配置出来るため防御力の高いB17を中心とした米重爆の迎撃に向いた機体となった。 設計は「雷電」のものを流用し、機首部に30ミリ機関砲4丁、エンジン部とコクピットの間に13ミリ機銃を2丁ずつ計4丁を配置。 また、250キロ爆弾2発または対空噴進弾10発の搭載も可能だった。 5ヶ月という驚異的な短期間で試作機が完成。初の試験飛行が昭和19年5月2日に行われ、時速630キロをマークする上々の結果だった。 海軍はこれを正式採用し「轟電」と命名、「雷電」の生産を中止し、その生産ラインを使用して増産が開始された。 6月にサイパンが陥落すると米軍新型重爆撃機ボーイングB29「スーパーフォートレス」が本土爆撃を開始した。 「轟電」はその高速力、高火力で重爆B29を多数撃墜し、B29のパイロットから「ガンシップ」と呼ばれ恐れられた。 昭和20年3月、硫黄島が陥落すると、米陸軍戦闘機ノースアメリカンP51「ムスタング」が護衛につくようになり、「轟電」は「ムスタング」と死闘を繰り広げることになる。 他の双発機が「ムスタング」に対抗できず、夜間にしか戦えなくなる中、「轟電」はその高速力、降下速力を生かして一撃離脱戦法で対抗し続けた。 終戦までに273機(試作機含む)が生産された。 諸元 全長−−−−12.3m 全幅−−−−16.0m 自重−−−−5100kg 積載−−−−1780kg 全備−−−−6880kg 最大速度−−630km/h 航続力−−−1875km(増槽装着時2700km) 上昇限界−−13500m 発動機−−−火星23型×2(1800×2) 武装−−−−17試30mm4門、3式13mm4門、ロケット弾10門、爆弾2個(250kg) 胃袋3分の1からのコメント どうも,胃袋3分の1です。 今回、この機体の作画を担当させてもらいました。以前に描いた雷電と震電がありましたので、 比較的短時間で描けるだろうとタカをくくったら、発想自体が非常に興味深かったのと、 出来上がっていく機体のスタイルを非常に気に入ってしまったせいで、ついつい気合いが入ってしまい、 完成までに9時間もかかってしまいました。(笑) しかし、悩みましたね〜。何をかって?「実在機改造」のお部屋に入れるか、 「変わったデザイン」のお部屋に入れるかをです。 とにかく見ての通り、左右の胴体は「雷電」、中央胴体は「震電」、主翼は「紫電改」で、 オリジナルは水平尾翼だけですからね。 でも、XP−75は実機改造とじゃないよなぁ・・・、と思ったので、結局、 ここに収まることになりました。 しかし、個人的には性能は少し控えめすぎるような気がしますね。最大速度は、 最低でも650km/hは出ると思います。 |