日本海軍 三菱十七試艦上戦闘機乙型「薫風」一一型

「薫風」一一型

諸元

全長   : 9.50m
全幅   : 13.00m
自重   : 2,400kg
全備重量 : 3,300kg
発動機  : 中島「誉」二一型1,990馬力×1
最高速度 : 632km/h
上昇力  : 6,000m/5分00秒
航続距離 : 900km(正規)、1,700km(増槽装備)
武装   : 20mm機銃×4(翼内)
       30kg爆弾×2
乗員   : 1名


 昭和17年、海軍部内の艦隊決戦派はごり押しで艦隊防空専用戦闘機の
開発を承認させた。当時は何故、二種類の異なる仕様で17試艦戦が発注
されたか、さまざまな憶測が乱れ飛んだのであるが、これが17試艦戦乙
型が発注された真相である。

 当時、14試局戦で多忙だった三菱は出遅れが祟って17試艦戦甲型の
受注に失敗、慌てて17試艦戦乙型の受注に向け作業を開始し、設計案を
まとめた。この設計案を航空本部に提示し、やっとのことで受注に成功し
たのだった。
 この時、17試艦戦乙型の設計に、三菱唯一の戦闘機設計チームである
堀越技師以下の面子は関与していない。各設計チームから抽出された若手
設計技師たちによる合同チームでまとめられた物である。同時期、堀越技
師の戦闘機設計チームは17試艦戦甲型の採用奪回を目指すべく大型艦戦
の設計を行なっていた。
(後に17試艦戦甲型の制式採用を奪回した「烈風」のことである。)

 17試艦戦乙型は艦戦とはいえ、性格的には局戦に近く、上昇力と速度
が優先される。一方、航続距離・搭載量はあまり重視されない。
 この時の機体設計案は14試局戦をモデルにまとめられたもので、より
強力な中島製の『誉』発動機の搭載に合わせた細身の主胴体は14試局戦
に比べて空力抵抗が低いが、艦戦としての離着艦性能のために大面積を与
えられた主翼の空力抵抗増加分と相殺されている。
 結果的には『誉』発動機の大馬力の分、14試局戦より速力が向上して
いる。また、主翼面積の増加は主に翼幅増加によってもたらされたもので、
アスペクト比が大きくなった分、上昇力が向上し、局戦として見た場合の
性能が向上している。
 離着艦性能については主翼面積の向上のみではなく、ファウラーフラッ
プ、前縁スラットを採用し、揚力増加をはかっている。全備重量時におい
ても翼面荷重約130kg/uのこの機体にはいささか過剰な装備であり、後の
テスト飛行時に、バルーニングでなかなか着陸できないなどという現象ま
で引き起こした。
 低翼面荷重と高揚力化補助装置は、この機体に軽快な運動性を与えてい
て、扱い方次第では零戦並みの格闘戦能力を発揮することも可能となって
いる。一部のベテランパイロットの手にかかると、運動性と高速力を利用
し、旋回単位時間を極小にすることで、「零戦より良く回る」と表現され
るほどの高機動性を発揮することもあった。
 また、厚板外板の採用で、構造強度を低下させること無しに、機体の軽
量化を成し遂げている。
 軽く、運動性も軽快なこの機体は、三菱製の機体の多くがそうであるよ
うに、癖の無い、素直な操縦性を示した。このため、初心者にも比較的扱
いやすい機体となっている。
 
 昭和19年春、海軍の審査を終了し一応の制式採用が決定し、「薫風」
の名称が与えられたが、いまだ若干の問題を残していた。機体を軽量にま
とめるために燃料容量を削り過ぎたため、航続距離が極端に短くなったの
だった。海軍の規定には満たないものの、増槽の装備で実用面の問題をな
んとか解決して制式採用取り消しの危機を乗り切った「薫風」は、格闘戦
で「紫電改」を上回り、上昇力と速力で同じ三菱製の「雷電」に勝り、日
本海軍末期の主力『局戦』として活躍した。