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全長 10.96メートル 全幅 14.01メートル 全備重量 4720キログラム エンジン 三菱 極星 一一型 出力 2200hp/4000メートル 最大速度 時速669km 航続距離 2200キロメートル 武装 20mm − 6丁 爆弾 − 500キログラム 乗員 1名 海軍から1941年に要求が出された新型艦上戦闘機。三菱は当時実戦配備直前の二式艦上戦闘機「旋風」の軽防御を反省、新型機は重戦闘機となる事となった。当時、日本機は防御をコクピットと燃料タンクにしかしておらず、海軍、そして陛下の人命優先主義に反するとして、こういう思想が広まりつつあったのである。 当時日本はイギリスからエンジン技術を提供されており、2000馬力級エンジンである極星エンジン完成のめどがついたので堀越技師をはじめとする設計陣は極星エンジンを採用した。 機体は重防御・重武装が基本とされ、さらに空戦フラップを採用し、重戦闘機ながらライバルであったF8Fベアキャットをもしのぐ旋回能力を持つにいたった。又航続力も高く、攻撃隊の護衛にもってこいの戦闘機でもあった。極星エンジンも国内技術・工業水準が高まるにつれ2000馬力から2200馬力型の生産も可能と判断され一一型に変更したところ、速度性能・旋回性能・防御力共に高性能を示し、1944年3月に正式化された。 1944年10月の東太平洋海戦では米空母郡のF4Uコルセイア・F6Fヘルキャット等を蹴散らし、艦上機型に改良された少数のP-51ムスタングにも十分対抗しえた。その後もかなりの活躍をし、その防御性能は飛行兵達に愛された。1946年4月の日米英連合艦隊対独仏伊露合同艦隊での戦いでも軽戦闘機だけの独伊戦闘機に対し圧倒的な勝利をおさめた。彼らは最初の決戦(1942年日英連合艦隊と独艦隊の海戦)で日本機の航続距離の長さのため一方的に叩かれたために軽戦闘機を主力としたのだが、その当の日本海軍が主力を重戦化したのはなんとも皮肉なことであろう)。 戦後はジェット戦闘機にとってかわれ、今では航空機ファンの間でしか飛ばない日本海軍究極の艦上重戦闘機はしかし第二次世界大戦最強の戦闘機のひとつとして軍事ファンの根強い人気を誇るのである。 作者からのコメント 史実の烈風はかっこ悪いし(太くて零戦のようなかっこよさがないーあくまで個人の意見です、かっこいいとこもある)間に合わないし、せいぜい時速630キロが限度という無様な結果に終わったんで、もっとかっこよくする意味でこの機を書きました。 ただ紙に書いたよりかっこ悪くなってしまい、あまり本物をけなせない状況です。 別に本物がかっこ悪い訳でわないんです。ただ期待してたP-51的なかっこよさより初めて見たときP-47的なかっこよさだったんで自分の長年考えてきた烈風を書いただけです(それでもスマートさはあまりないですが)。ぼくはスマートな戦闘機が好きなんで、スマートな烈風、そしてF8Fベアキャットにも対抗できる烈風を書いてみました。 性能は某作品を参考としています。 |