大日本帝国陸軍 試作襲撃機 中島キ115−U

ki115-2(4.5K)



 敗色も濃くなった昭和二十年一月、大日本帝国陸軍航空隊は来るべき本土決戦に備え、体当たり攻撃を前提とした特殊特攻機「剣」の設計を中島飛行機に命令した。しかし中島技術陣は特攻専用機の開発に強く反発、同じハ115エンジンを搭載した簡易戦闘爆撃機(襲撃機)を代案として提出し、「剣」の工程を遅らせないという前提で試作が認められた。
 本機は重量・資源軽減と空気抵抗削減を狙ったため、およそ日本機らしからぬ短胴である。更に工作簡易化および対被弾性向上のため燃料タンクを胴体内のみとしたので、操縦席は大幅に後退している。フラップおよび着陸脚の作動は日本機には珍しい圧搾空気利用で、ここでも構造の簡素化と重量軽減を狙っている。主翼や胴体形状には直線を多用し工作を簡素化しながらも、カウリングには延長軸を伴った先絞り形状を採用し空気抵抗の減少が図られた。
 エンジンは「隼」V型と同じ水メタノール噴射装置・単排気管付きハ115改、プロペラは油圧動作のハミルトン定速三翅である。武装は 13mm ホ103×2門の予定だったが試作機の製作開始直後に 20mm ホ5への変更が指示されたため、機首上面には大きな膨らみができてしまった。対地武装は両翼に100キロ爆弾×2または噴進弾、胴体下面に250キロ爆弾×1(増槽と兼用)が搭載可能であった。
 試作機は昭和二十年五月に完成し早速試験飛行が行われたが、予想通り安定性不良・強度不良・前方視界不良などの問題が多発し、最高速度も予定の 580Km/h に及ばなかった。陸軍は早くも本機に見切りをつけ特攻機キ−115に専念することを命じたが、中島技術陣はあれこれ理由をつけて本機の改良に固執し、そうこうするうちに八月十五日が来て終戦となった。
 なお、一説によれば何としても「剣」を実用化させたくない中島知久平が時間稼ぎとして本機の開発を指示したとも言われるが、真偽のほどは定かではない。



中島キ115−U試作襲撃機 緒元
エンジン中島ハ115改 (1,300hp)
武装ホ5 20mm 機関砲×2(機首上面)
最大速度552Km/h(高度 4,000m)
航続距離500Km(増槽未使用時)
乗員一名
翼幅7.8m
全長6.8m
全高3.3m
自重1,800Kg


作者からのコメント

 ベル XP-77(米)、コードロン C.714(仏)、アンブロシーニ SAI.207(伊)、ハインケル He162(独)…。これらは全て戦時急造を目的とした簡易戦闘機です。しかしながら日本にはこれらに相当する機体がなく、かわりに「剣」「桜花」「梅花」「タ号」など、一連のおぞましい特攻専用機が開発されていました。
 「剣」は余剰品のハ115エンジンを戦力化するため中島飛行機が自主的に開発し、のちに陸軍が興味を示し正式採用を目論んだもので、軍主導で開発されたものではありません…平和な現代の価値観で当時の状況を批判するのは安易に過ぎますが、それにしてもあまりに空しく悲惨な話です。せめてエンジニアとして最後の良心を持っていたら…との思いを込めて、「もう一つのキ115」を描いてみました。

文・画とも Copyright by Y.Sasaki 1998 8/28