アリエル オフローダー 1939

アリエル オフローダー 1939

1939年春、僕は英国に滞在、アリエル社にわらじを脱いでいた.
当時、アリエル社は、バイクのレッドハンターシリーズが 好調で、250cc、350cc、500ccのラインアップを揃え、なかなかの人気だった.
で、会社もかなりの利益を計上していたのだが、次の開発 テーマが問題だった.道楽にはしったのである.
複列パラレルツインとでもいうべきか、得体の知れない4気筒、 スクエアフォーに入れ込んでいたのだ.
600cc4気筒は、鈍重な上に機構が複雑で、しかもとてつもなく 高価であり、売れない商品の要素をもれなく備えていた.

僕は、アリエル社の社長の温情に応えるべく、別の新商品企画 を始めた.おりから、ヨーロッパには戦争が忍び寄っている.
陸軍に採用してもらえれば、ものすごい売上が期待できるだろう.

僕は、イングランド南部、サリー州からサマーセット、ハンプシャー へとレッドハンター500を駆ってツーリングに出た.英国の ワインディングロードを飛ばすのは楽しいの一言につきる.
しかし、一旦路上を離れて、草原に乗り入れた時から、バイク旅行は 悪夢と化す.でこぼこの大地で車体をこする.リアのリジッドフレーム (当時はリアサス無しが一般的)はポンポン跳ねて危険きわまりない.

これを改造して、路外走行性能を高めれば、偵察部隊に提案できる のではないだろうか.すでにドイツ軍にはバイク部隊があると聞く.
早速設計と改造にとりかかる.ベースは前述のレッドハンター500.

まず、グランドクリアランスを20cm以上とることを目標にした.
フロントサスはガーターフォークだから、12cm長いのを注文、 これは簡単に製造できるとのこと.問題はリアサス.なかなか良い パーツがない.ドイツのロードレーサーにはプランジャー式という ものが採用されはじめていたが、ストロークがわずか7−8cm しかない.これじゃだめだ.
なかなかアイデアが光らず、シートをいじくっていると・・・シート 下のスプリングのボルトをゆるめたまま取り外したら、スプリング が「ガタン」とタンクに倒れかかった.これだ!これだ!
脳裏に電光のようにアイデアが走った!

リアホイールをささえるフレームを本体と切り離し、下部にジョイント をつけ、上部にコイルスプリングを付けてメインフレームと接合する.
するとどうだ!リアホイールは生き物のようにグニュッ、グニュッと 動作するではないか!
もちろん、シートスプリングでは、重さを支えきれないから、ガーター フォーク用のスプリングをダブルで取り付けて解決した.
(この方式は、30数年後、日本のヤマハがモノクロスサスペンション と呼んで発表した)
あとは怒涛のように試作を進める.ホイールトラベルが大きくなるから そのままではチェーンが外れやすい・・・テンショナーで解決.シート の取り付け・・・メインフレームのタンク下チューブを25cm延長して 取り付け.アップスイープマフラーの処理・・・リアセクションには 付けられないから、シート下からステーを伸ばす・・・などなど.

出来上がった試作品を陸軍に披露した.ここでちょっとした妨害が あった.陸軍装備を一手に受けているビっカース・アームストロング社 の連中が、「米軍が供与を予定しているハーレーで充分だろう」と 横槍を入れたのだ.

そこで、僕らは比較検討資料を作成して提案に望んだ.

アリエルオフローダー :  ハーレーダビッドソンWLA(フラットヘッド)
エンジン OHV498cc単気筒 SV738ccVツイン
出力 26馬力 23〜25馬力
乾燥重量 155kg 262kg
最低地上高  23cm 12cm
最高速度 145km/h 128km/h

もう、いうまでもない.軽く(それでも原型より8kg重くなっているが)、 シンプルで、高出力のバイクは、軽快であり抜群の信頼性がある.
勿論、欠点もある.
直立OHVエンジンをそのまま流用し、地上高を上げているから、 足つき性が良くない.特に小柄な兵士が多いアイルランド連隊には あまり好かれなかったようだ.それに20リットルタンクが胸にせまるように そびえて見える.

でも、乗り出してしまえば、快走・快走!
平和な時代に誕生したなら、活動的な若者や若い心を持つ大人を 魅了してやまなかっただろう.