シュドキア(後シュドノイツキア)帝国陸軍
                  中攻撃型戦車「シュトルケ」


シュトルケ

 諸元
重量  38.5t(推定)
全長  8.4m
全幅  3.0m
全高  2.52m(推定)
主兵装  110mm小反動砲(諸説あり)
その他の兵装  5.56mm前方機銃 
           7.62mm突撃銃(諸説あり)
最大装甲厚  952.5mm(砲塔前部 証言より)
乗員  4名(証言より)
最高速力  60km/h?(信地 証言より)


 1939年の開戦前夜、ノイツキア王国併合前のシュドキア帝国 皇帝セロノビッチは、前年同盟国になったイタリアから北ハルデ ィニア共和国への共同侵攻を持ちかけられた。ムッソリーニに後 押しされて皇帝の座についたセロノビッチは、新年の大権集会 において「今こそイタリアに借りを返す時だ。」との演説を行い、 北ハルディニア侵攻を示唆した。同時に軍部に次の条件を満た す装甲兵器を2年以内に配備することを要求した。

 資源が豊富な隣国の併合を視野に入れた贅沢な設計
 機動性に富んだ小型、もしくは中型の扱いやすい兵器

 この戦車は計画段階から隣国の資源を当てにした設計が行わ れていたのだ。設計には同年一月より同盟国になったドイツから ポルシェやヘンシェルの多数の有能な技師が加わり、計画から 試作までに有した期間はたったの一ヶ月であったと伝えられる。 この際に設計、採用されたVp-58台車はこの後の帝国軍の戦車 の脚として長年採用され続ける事となる。こうして僅か三ヶ月の 間に量産体制に入ったシュトルケは、その後ノイツキア併合にお ける増産を経て終戦までに800両余りが製造され、配備されたと 言われている。この戦車は戦後全て連合国に没収され、研究、 廃棄処分となった。連合国の分析結果は1949年に盗難に遭 い、さらに計画設計図なども降伏時に焼却されたために詳しい 性能などは闇の中である。イラストはベオグラード在住の退役軍 人の家庭やハルディニアの抵抗記念館に僅かに残った写真やメ モを基に書き起こされた。なお、退役整備兵の証言から、第236 機甲兵団に1943〜44年まで配備されたシュトルケのスカートに は装甲板の上からさらに緩衝材を鋼板で挟んだ特殊装甲板が 固定されていたという新事実が判明したので、スペアのキャタピ ラと共に再現した。スカートについている8角形の鉄板である。