愛知17試艦上観測機「絹雲」

絹雲・上面図
絹雲・側面図

 昭和17年なかば、日本海軍はミッドウェーの戦いにおいて、大きな痛手を
被った。しかし同時に、得難いいくつかの戦訓をも授かることが出来た。
 まず、今後の海戦において、いかに空母が重要な戦力となり得るか、そして、
その空母決戦において、艦上偵察機がいかに重要であるかを痛感し、優秀なる
速度性能によって敵戦闘機を寄せつけないという発想の17試艦上偵察機の開
発を促すこととなった。
 また、同時に敵戦闘機との空戦に勝利しつつ偵察を強行するという発想の元
に、もう一つの17試艦上偵察機案が浮上し、速度優先型を「17試艦偵甲」、
運動性優先型を「17試艦偵乙」と呼称することとなり、それぞれ、艦上機の
設計に経験の深い中島飛行機と愛知航空機に試作命令が出された。
 どちらの機体も当初は発動機の選定に苦労していたが、中島飛行機において
「NK9A」、後の「誉(ハ45)」が実用域に達するに及び、がぜん設計がス
ムーズに進行し始めた。
 特に「甲」案の方は、そのころ導入され始めた「層流翼」や「厚板広板」に
よる空気抵抗および作業工数の低減策等が次々と導入され、その対処に苦心し
ながらも、ほぼ順調に試作作業は進んでいった。
 しかし、愛知の「乙」案の方は思わぬところで進捗が滞ってしまった。
 いまだ大艦巨砲主義に固執する一部の軍首脳から「空戦により敵戦闘機に勝
利することが可能なら、長時間敵艦隊上空に留まって戦艦の目となることも可
能であろう」という意見が出されたのである。
 これを受けて名称も「17試艦上観測機」に変更。要求内容も「航続力」、
「空戦性能」を優先とし、速度性能は二の次とされた。また、当初はさほど重
視されていなかった「視界」が、何よりも最優先項目となり、17試艦偵(こ
の時点で「甲」案は単なる「17試艦偵」に名称変更されていた)と似た単発
複座案で進んでいた設計は大きな軌道修正を要求された。
 しかし、胴体や主翼を改設計していたのでは完成が大きく遅れてしまう。
この状況を打開するために愛知航空機がとった方策は、大胆かつ前代未聞のも
のであった。
 すなわち、ほぼ設計の完了していた胴体と主翼の基本構造はそのままとし、
両主翼にそれぞれ一人乗りのコクピットを配するというものだったのである。
この処置により、最優先とされた視界は文句なく、また、単発のままとしたた
め、優れた運動性を確保することに成功した。ただし、両翼に重量物であるコ
クピットを配したことにより、ある程度の運動性の低下避けられなかった。
特に横転性能の低下が懸念されたため、全幅を縮小することで対処した。また、
旋回性能の低下には、当初の設計にはなかった「自動空戦フラップ」を装備す
ることで回避することにした。
 その他の構造としては、左右ナセル一名づつのキャビンは左右同型・切替式
の操縦系統を持ち、その下に主脚を収納していた。また、攻撃目標指示に使用
する発煙弾、照星弾等を搭載するために爆弾倉を装備していた。燃料タンクは
中央胴体の爆弾倉上部に設置、爆弾倉内に増加燃料タンクを搭載して航続力を
増加することも考慮されていた。

 途中で大きな用途の転換があったとはいえ、ドイツのBv141の設計を参
考にしたこともあり、あまり多くの設計工数の追加がなかったことが功を奏し、
17試艦偵には遅れたものの試作1号機は昭和18年10月に完成した。
 速度性能を要求されなかったことにより、発動機には「誉」の中では低出力
ながら設計に比較的余裕のある一二型を採用したことになり17試艦偵や15
試陸爆(後の銀河)が悩まされた発動機にまつわるトラブルは、皆無ではなか
ったものの少なく、試験は順調に進んだ。一番懸念されていた運動性能も単発
戦闘機には劣ったものの、艦爆「彗星」より優れ「実用可」の判定を与えられ
た。また、視界については、全く問題なく、策敵、離着鑑ともに容易であった。
 次第にアメリカ軍に対し数の上で劣勢に立たされていた日本海軍は、そのこ
ろ考案された「アウトレンジ戦法」にうってつけとして、この機体の早期戦線
投入を熱望、早くも昭和19年6月には制式採用を待たずに量産開始が指令さ
れた。
 初陣は同年9月。連合艦隊に残った数少ない空母に搭載され、同年末に日本
海軍の空母戦力がほぼ壊滅するまでの短い間、アウトレンジ戦法の先陣として
いち早く敵艦隊の上空に達して、その後に到着する主力の攻撃隊を導き、空母
数隻撃沈を含む戦果の重要な一端を担った。その間、昭和19年11月「絹雲
(けんうん)」として採用もされていた。
 昭和20年に入ってからは、優れた視界と運動性を利用して、沿岸哨戒に投
入された。哨戒専用の九州陸上哨戒機「東海」では、制空権を失った空域での
哨戒は自殺行為に等しかったが、敵戦闘機に対抗し得るこの機体がその穴埋め
として期待されたためである。そして実際に数隻の潜水艦撃沈を記録している。
また、空戦によって敵戦闘機を撃墜した機体もあったという。

諸元

愛知17試艦上観測機「絹雲」

全長   : 10.00m
全幅   : 11.00m
自重   : 3,000kg
全備重量 : 5,000kg
発動機  : 中島「誉」一二型1,825hp×1
最高速力 : 512km/h
航続距離 : 正規3,000km、増槽使用時5,000km
武装   : 20mm×2(翼内)
爆装   : 500kg(爆弾倉)
乗員   : 2名