空技廠 二〇試丙戦闘機 試製黄禍

 

カットは高々度飛行試験中の試製黄禍2号機。この時当機は高度14,536mを記録した。

 

★夢見る男達★

 時は昭和20年の1月。
連合艦隊は壊滅状態に陥り、既に日本は連合軍に包囲されていた。
特に、サイパンを基地としたB−29の跳梁ぶりは目を覆う物があり、これの阻止は焦眉の急であった。
誰の目にも明らかな敗勢。
しかし、彼らは諦めなかった。
海軍航空技術廠。
それは、海軍機製造にかけて、最も先鋭で、最も独創的で、最も現実を無視した飛行機を造る組織だった。
(注:作者の偏見です。真に受けてはいけません。)
その極めつけの過激な機体がこの『黄禍』。
『空飛ぶハイテク』、『オーバーテクノロジー』、『30年進みすぎている』、『SF的』、『妄想』と言われた飛行機だ。



★主要目★

構造:全金属製・応力外皮構造・前進翼・無尾翼・全遊動式中翼・双発・双尾翼・前輪式
全長:6.7m
全幅:11.4m
全高:4.6m
自重:2,812kg
全備重量:5,511kg
乗員:1
発動機:三菱ネ−330軸流式タービンロケット(ターボジェット)×2
推力:1200kgf×2
最大速度:973km/h − 10,000m
巡航速度:780km/h − 10,000m
実用上昇限度:15,100m
航続距離:1,100km
武装:30ミリ機関砲 − 五式三〇粍固定機銃一型 機首固定4門 弾数各180発
搭載:五〇番爆弾×2等
その他:機上電探・ジャイロ照準器・非可逆式機力操縦方式



それでは、この機に組み込まれたキケンなデヴァイスの数々を見ていこう。



★夢見る翼★

 まずは何と言っても、この特徴的な前進翼、しかも無尾翼形態であろう。非常に攻撃的な印象を受けるデザインだ。
前進翼と後退翼は、遷音速域に於ける抵抗削減の効果については、本質的に同じである。
ここでわざわざ明らかに異常な形態である前進翼を選んだ理由は、やはり機動性だ。
後退翼は方向安定性を高めるが、戦闘機に過度な安定性は不要である。
前進翼のままでは安定性が極端に悪化するし、ダイバージェンスなどの難しい問題もある。
そこで、二枚の大きな垂直尾翼で方向安定を保ち、さらに機首から主翼にかけての部分を翼形にすることによって対応した。
この、全体が翼形断面をした構造は、全翼機構想として古くからある物で、機体全体で揚力を発生する。
このため、主翼面積を縮小でき、結果抵抗削減に繋がるのだ。
また、これは偶然の結果であったが、ステルス性を持つというメリットもあった。
機体自体も小型化し、従って出力や搭載量の割には小型軽量である。
主翼の翼型であるが、これは殆ど当然のものとして層流翼の一種であるTH翼が採用されたようだ。
無論のこと、抵抗減少が狙いである。
さらにこの主翼、これだけではない。
前縁は全幅に渡ってスラットを設け、後縁は全翼フラップである。
ファウラー・フラップだ。
ではロールはスポイラーを使うのかというと、そうではない。
そうではないのだ。
前進翼の無尾翼が一目でわかる最大の特徴なら、こちらは動かして初めてわかる最大の特徴と言えるだろう。
主翼は油圧による全遊動式だ。
これによって驚異的なロール性能を実現した。
さらに、低速時に機首を上げることなく揚力の増大が可能で、ジェット機の割には低速での離着陸が可能であった。
その代わり、主翼内の燃料タンク、主翼下の爆弾架、共に装備不可能である。
昇降舵は胴体後尾という、変な場所に取り付けられている。
 エンジンは胴体の後退翼部と前進翼部の屈曲部に搭載されているが、ほぼ完全に埋め込まれている。
三菱ネ−330は当時日本最強のジェットエンジンであり、1.2トンの推力があった。
この強力なパワーこそが、970km/hという日本機としてはずば抜けた高速を叩き出す原動力である。
ただし、こういった搭載法のため、整備性に難があることは容易に想像できるだろう。
また、急に全開にしたりアイドルに絞ったりすると、爆発やフレームアウトの危険があった。
ただし、これは初期のジェットエンジンに共通の問題であり、それによってネ−330の価値が減じられるものではない。
 車輪は前輪式降着装置であり、主輪は内側へ、前輪は後方へ屈曲して収納される。
脚は短く簡素な構造であり、主輪間隔は少々狭いものの、特に問題は無いと思われていた。
 操縦装置も一風変わっている。
非可逆式機力操縦方式であるが、これは操縦桿とフットバーの変位を電圧レベルに変換し、これと舵面の変位の差を以て継電器(リレー)を動作させ、油圧弁のモータを制御し、最終的に強力な油圧装置で舵面を駆動するという物だ。
現在で言う、アナログ式マスター・スレーブ追従制御である。
これによって、高速飛行時に操縦桿が無体に重くなったりせず、いつでも確実な操縦が可能となる。
もちろん、機速に応じて操縦桿とフットバーの重さは変わるようになっている。
これにはピトー管からの値を用いている。
風防はたった二つのユニットから成っており、枠は非常に少なく、操縦席の位置もあって視界は良好だった。
与圧は低め(高度4000m相当)に抑えられ、酸素マスクを装備するものとした。
言うまでもなく、戦闘機であるから、被弾によって急に減圧する可能性を排除できないため、である。
 武装は海軍最新鋭の五式30ミリ。これを機首に4門集中装備し、弾数は各180発である。
この機銃は不良品騒ぎで一悶着あったのだが、それが過ぎると優秀さを発揮し始め、終戦時には次期主力と目されていた。
照準器は全く新しいマイクロ波レーダーと組み合わせたジャイロ照準器であり、比較的経験の浅い者でも、容易に見越し射撃が出来る。
さらに、夜間戦闘も可能となるのである。
しかしながら故障も多く、通常の四式照準器に積み替えようという話もあったという。
ちなみに機銃についてはドイツの「MG213C」又は「MK213C/30」に積み替えようという話もあったらしいが、実現していない。
 改造と言えば、エンジン排気口を可変式にして、さらに機動力を上げる計画が存在していたようだ。
現代のベクタードノズルに通ずる(むしろ、全く同じ)驚異のアイデアであるが、設計図のみで終戦に至った。
さらにこれが進んで、エンジン自体を真下まで可動するようにして、垂直離陸で巡洋艦から作戦する、というとんでもない計画もあったという。
他にも空対空誘導弾を装備するとか、全身を電波吸収塗料で固めるとか、そういう話題には事欠かない。
 こんなに後になったが、『黄禍』というふざけた愛称。夜間戦闘機の「光」系列とまったく関連性の無い、この名前だ。
これは『黄禍論』とかいう、ある説に由来しているのだが、深い意味はない。
単なるアメリカ以下欧米列強に対する、日本人はこんなに凄い(??)ことが出来る奴等なんだぞ、という意味を込めた、半ば当て付けのような理由からだった。
いかにも戦争末期という雰囲気が感じられて、興味深くもあるが、物悲しいところもある。
 何はともあれ、この『黄禍』は3機が完成し、制式採用されてもいないのに、実戦参加している。
一回の出撃で2機のB−29と3機のムスタングを叩き落とした例もあり、マトモに動きさえすれば、その強さは本物であった。
いずれにせよたった3機ではどうしようもなく、また当機への支援態勢の整わない状況では、量産しても仕方が無かっただろう。
しかしながら「30年進んでいた」その設計は、十二分に誇るに値するだろう。



★夜の自室★

いや〜、やってしまいました。
半ば冗談で過激な飛行機を出してみたのですが、飛ぶ飛ぶと言われたので、調子に乗ってこういう暴挙に出ました(爆)。
飛ぶには飛ぶと思いますけどね。確かに。
でもあれだなあ、濃緑色に日の丸よりも、黒く塗って鉄十字を付けた方が雰囲気に合いそう。
宇宙船です、なんて言われたら、納得してしまいそうだなあ(爆)。
…今見返してみると、ピトー管が無いとか、空中線が無いとか、それ以前に何か歪んでいるとか、絵には若干問題が…。
下反角が付いているように見えるんだよな。本当はそんな事ないのに。
ドット打って苦労してつくった物なんですけどね(苦笑)。まあ、背景はグラデーションツールでワンクリックの手抜きですけど。
あっ、飛行試験中なのに既に制式塗装してる(核爆)。

ま、まあ、これからもよろしくお願いします。
ああそうでした。
著作権は主張しないので、使いたいという奇特な方がおられましたら、ご自由にどうぞ(笑)。

2002 12/22
桜華雷帝

  S2Y 試製黄禍