1941年、8月、ドイツ空軍は米本土を爆撃するための爆撃機の要求仕様を公示した。
これに対し、ドイツ滑空機研究所が送り込んだアイデアが、この構想である。
グライダーというのは、最良滑空比を叩き出せる範囲が限定されている。
しかし、重量を積んだところで、最良滑空比は低下しない。最良滑空比を出せる速度が、
高速寄りに移行するだけである。
このことは、逆に、高度さえ稼げれば、グライダーで十分任務をまっとうできると
いうことを意味していた。
つまり、最良滑空比50のグライダーを作れば、要求航続距離15000kmを満たすのに、
15000mの上昇を20回繰り返せば済むということである。
この上昇まで、熟練の技量に頼るようでは作戦計画にならないため、ヴァルター
ロケットがが用意され、これを二つ搭載することで高度を稼ぐ計画であった。
D.F.S(ドイツ滑空機研究所) お得意の、翼断面形胴体は、今回も健在である。
これが揚力を負担することで、翼にかかる負担は少なくなり、翼のほとんどを
柔構造とすることが容易となった。これは大きく重量軽減に貢献している。
縦操縦は胴体後尾にもうけられた、ピッチ、トリマーで、
横操縦は主翼付け根の操縦桿で行うこととした。
前提としていた高々度巡航においては、より激しい沈下率の増加が見られる物の、
その一方で、舵にかかる動圧も大きく、エルロンリバーサルが発生したためである。
その一方で、滑空機しか研究していない機関だけに、降着装置に自信がないのと、
離陸上昇の燃料節約のために、親機が用意され、子機の降着は胴体着陸となっているのは
大胆すぎると表せざるを得ないだろう。
最終的に、DFS案では、高度20000m以上か、さもなくば速度が650km/hを超えた状況で
爆撃コースにはいるため、敵迎撃は完全に無視しうる、というのが最大にして唯一の
売りであったらしい。
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