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本来なら、この戦艦は中華民国海軍高速戦艦〈恵陽〉として就役するはずであった。 無条約時代の1930年代、世界の海軍国で建艦競争が再開されたが、中華民国とて例外ではなかった。彼らは高速戦艦〈鄭陽〉級の整備に着手していたが、建造中からさらなる強力な戦艦を欲していたからだ。 〈鄭陽〉級をはるかに上回る18インチ砲を搭載した戦艦の整備が具体的に計画となったが、彼らには自力で大型水上戦闘艦を建造する技術力はなく、いきおい同盟国に頼ることとなった。 日清戦争勝利による日本との同盟締結―――日清同盟、やがては日華同盟となるが―――はそれを後押しすることになった。すでに日本は戦艦〈鄭陽〉を受注建造しており、その点だけだが、実績はあった。 とはいえ、日本帝国海軍は難色を示した。無理もない。帝国海軍は来る対米戦に備え、18インチ砲搭載戦艦の建造に着手しており、中華民国海軍の戦艦を建造することで秘匿が破られると恐れた。しかし、風雲急を告げる国際情勢と21インチ砲搭載戦艦〈相模〉級の建造開始という理由で、意外に早く建造が開始された。 時間をかけずに竣工させるため、未成に終わった13号巡洋戦艦の線図を流用し、しかも旧式改装戦艦で培われた技術がふんだんにもりこまれた。時代に逆行するような艦橋構造物・煙突。これらは工期短縮のためである。しかし、2番艦では〈相模〉級のテストベッドとしてのぎ装工事が施されている。そのため、1番艦とは艦首材形状・艦橋等で異なる。 主砲は46cm四五口径連装砲塔を四基、計8門。 副砲は15.5cm五五口径三連装砲塔を四基、計12門。 防禦に特徴があり、近距離での対艦戦闘を重視し、艦全体にまんべんなく装甲が貼られており、打たれ強い要因の一つとなっている。もともと沿岸防衛を主とする中華民国海軍は、乱戦での優位を重視しており、それゆえ高速力と防御力を重視する傾向にある。集中防禦方式全盛の帝国海軍にあって、本級の防禦方式は異彩を放った。さらに特筆すべきことに、戦艦〈大和〉級・〈相模〉級で取り入れられている空層防禦ではなく、液層防禦が採用されていることであろう。液層防禦では魚雷による浸水量極限では空層防禦に優る。 本艦は当然のことながら、中華民国海軍においてフラッグシップ的存在になることが確実視されており、強力な旗艦設備を誇った。また、速力32ノットという高速力は第二次大戦での海軍作戦では有力であった。事実、本級は空母機動部隊に随伴し、獅子奮迅の活躍をしている。 〈恵陽〉、2番艦〈坤陽〉は1941年竣工が予定されたが、対米戦が不可避になると、日本海軍が購入し、〈薩摩〉、〈河内〉と改名された。本級は休戦までに残存し、1946年返還された。 〈恵陽〉 1941年竣工 〈坤陽〉 1941年竣工 【作者コメント】 よーすけです。 だいたい4時間で作りました。設定も粗いのですが、こんなことなら、もっと早くやっておけばよかった!と後悔しております。 思うに、完全防禦で対浸水に優れた液層防禦の方が私はいいと思っています。 しかし、当時の日本戦艦は集中防禦で対水中弾に優れた空層防禦。理想を実現するために、中華民国から買い入れた、という設定をしているのです。また、旗艦クラスの戦艦ですから、通信設備も充実しているわけです。連合艦隊旗艦を務めることは十分可能です。 2001年1月11日記。 |