昭和4年、日本陸軍は海軍に引きずられるかたちで南進論を選択し、南方進行時の要塞攻略のため、
海洋型砲艦の建造を計画した。(詳しくは別の機会に)
ここで南方進行時に問題となるのがフィリピンのアメリカ軍、シンガポールのイギリス軍であり、ど
ちらも14〜15インチクラスの主砲を備えた要塞を持っていた。
そのため、要塞攻略に必要な大火力の支援を海上から行うことを目的とした艦が計画された。
陸軍からの要求は次のようなものであり、当初民間の造船所に依頼する事が考えられていたがこれま
で国内では建造した事のない艦種であったため各造船所は難色を示し、結局海軍艦政本部に持ち込まれ
ることとなった。
昭和4年2月・日本陸軍発令
艦種:海洋型砲艦
全長:150m以下
主砲:現在、陸用砲台となっている40cm連装砲塔
最大速度:10ノット以上
航続距離:8ノット(約14.8km/h)で3000浬(5,556km)
用途:南方要塞攻略時の支援
当時、国内は不況の真っ只中だった事もあって、建造費はできる限り低く抑える事が求められた。こ
のため艦政本部では出来る限り既存のものや、計画中のものを流用するという方針で設計がなされた。
陸軍では最初、イギリスのモニター艦のような艦形を考えていたようだが、外洋航行能力を持たせる
ためと、どこからともなく顔を出す日本的凝り性によってドイツの装甲艦(ポケット戦艦)に近い艦に
なって完成した。
・・・・・要目(新造時)・・・・・
基準排水量:9,350t
満載排水量:9,980t
全長:146m
全幅:25m
喫水:6.5m
主機:艦本式ロ号重油専焼罐 3基
艦本式高中低圧蒸気タービン 2基 2軸
出力:42,000HP
最高速度:24.0kt
航続距離:14kt 8,000浬
兵装:41.0サンチ45口径連装砲1基 2門
15.5サンチ60口径連装砲2基 4門
12.7サンチ40口径連装高角砲4基 8門
25リ連装機銃8基 16挺
・・・・・兵 装・・・・・
主砲は41.0サンチ45口径連装砲1基2門を装備する。これは当初からの要求そのままであり、
搭載された砲は軍縮条約によって廃艦になった「加賀」級戦艦用の主砲を「長門」級に積替えたために、
不要となった元の「長門」級の主砲を陸軍の要塞砲に転用したものである。
もともとが艦載砲であったので、陸上用に改造された部分を元に戻せばそのままでもよかったのだが、
同時期に計画が始まった金剛級代艦のテストヘッドに使いたいという艦政本部の意向によって、徹底的
な改装がなされた。
副砲、高角砲はやはり同時期に設計された@計画の「最上」級軽巡と同じ3年式60口径15.5サ
ンチ砲、40口径89式12.7サンチ高角砲がそのまま用いられている。
(連装砲塔は新設計で、蒼龍級原案ではこの砲塔を載せる事が計画されていた。)
これらは開発予算の削減のためといわれているが、開発予算の一部を陸軍に負担させようと言う海軍
上層部の思惑があったことも事実のようである。
機銃も@計画の軽巡や駆逐艦に載せられたものと同じ25ミリ連装機銃が用いられている。
・・・・・船 体・・・・・
当初、イギリスが第1次大戦時に多用したモニター艦、「エバレス」級のような艦が考えられていた
が、浅喫水、低乾舷のモニターでは外洋航行に支障があったため、巡洋艦なみの喫水、乾舷を持つ船体
が設計された。
一見すると、日本初の国産戦艦である「安芸」「薩摩」といった艦とよく似た大きさの船体であるが、
排水量を抑えるため(建造費を抑えるため)これらの艦よりはかなり浅喫水となっている。
また船体に対して電気溶接を全面的に採用している。これによって船体外板が平滑となり抵抗が小さ
くて済み、リベットによる接続と比べて重量が軽くすむ、これは溶接構造が鋲構造のように重ね代を必
要としないためである。これは、国産の軍艦としては初めての試みであり、前年にドイツが装甲艦(ポ
ケット戦艦)「ドイッチュラント」級に採用したと言う情報が入った事に刺激され、そのテストケース
として採用されたものである。
防御面では、さすがに戦艦並とはいかなかったものの、要塞砲、沿岸砲と撃ち合うことも予想された
ため、砲塔と弾薬庫には強固な直接防御がなされ、それ以外の部分ではむしろ間接防御に重点が置かれ
ている。
・・・・・機 関・・・・・
本級は最初速力10ノット以上としか要求がなされいなかったものの、第一次大戦中に通商破壊作戦
に投入されたドイツの仮想巡洋艦に散々な目にあっていた海軍から、輸送船団、上陸船団の護衛にも使
用できないかとの提案があり、仮想巡洋艦程度とは戦える速力として、24ノットに引き上げられた。
また、逆に通商破壊作戦にも投入できるように、航続距離も引き上げられている。
このような結果、機関にはやはり同時期に建造された初春級駆逐艦のものが流用され、2機3缶で4
2,000馬力となった。
・・・・・その他・・・・・
艦橋構造物は、設計を簡略化するため、やはり最上級の図面を流用しているが、戦艦用の8メートル
測距儀を載せるために強化され、やや大きくなっいる。のちに利根級重巡の設計時に本級の図面が流用
されたために、利根級の艦橋とよく似通っている。
・・・・・製作者の一言・・・・・
製作者の若宮隼です。
最近、架空機の館に投稿するようにまりまして、競作には今回が初登場となります。
最初、単純に120メートル級のモニターにしようと思ったのですが、あまりにも不細工になってし
まったので、船体を大きくして、後部にも砲塔をのせました。(モニターってのは、不細工だからこそ
利用価値があるって気もするんですけどね。)
イギリスのモニターなんかだと、両舷に単装砲を並べるのがおおいんですが、同じ頃に設計が開始さ
れた日本の艦艇では、連装以上の砲塔を載せるものが多かったので、こんな感じにしました。
昭和4年だと、艦政本部の設計主任は藤本喜久雄大佐で、そのデザインが影響するだろうなと思った
事と、個人的に「平賀デザイン」より「藤本デザイン」のほうがすきだったので、金剛級代艦の藤本案
なんかも参考にしました。
出来てみたら、モニターとポケット戦艦の中間みたいな艦になったので、通商破壊にも使いそうな設
定にしてあります。
よくよく考えると、設定にちょっと無理がある気もするんでしけど、見た目重視って事で・・・(^^;
軍縮条約のからみとかがどうなるのかちょっと気になるんですけど、陸軍の装備と言う事で言い逃れす
るとか、主砲を下ろして15.5サンチ連装砲を3基載せれば軽巡になって条約制限内におさなります
し、イギリスも第1次大戦中に建造されたモニターを何隻か持っていたはずなのでどうにかなるかなと
思ってます。
なんだかいい加減な設定ですが、皆様に楽しんでいただけたなら幸いです。
2001.2.22 若宮 隼
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