≪陸軍特式砲艦「みりぃ丸」級≫



「みりぃ」改装後

大日本帝国陸軍・特式海洋型砲艦『みりぃ丸』級(改装後)

要目・・・全長135.2メートル   全幅27.0メートル
     基準排水量9100t    満載排水量1万4000t

機関出力・・・2軸単発 8万hp
最高速力・・・28.0ノット
航続距離・・・16ノット/5000浬

兵装・・・45口径16インチ  (40センチ)砲  連装1基2門
     40口径5インチ(12センチ)高角砲  単装2基2門
                 25ミリ機銃 単装4基4門

乗員・・・284名

同型艦  1号艦『みりぃ丸』(日本風設計)
     2号艦『ゆめみ丸』(ドイツ風設計)

注記:これはあくまで「建造されたとして」が前提の,改装後のデータです。
   本来競作に出展すべきデータは,下記の建造時データです。ご了承下さい。


◎『陸軍が創った女傑たち』 〜略史〜 時は皇紀2578年(大正7年・西暦1918年)。 大日本帝国が戦争による好景気の真っ只中にあった頃。 陸軍の内部では、ある1つの動きが起こりつつあった。 『モニター』と呼ばれる軍艦がある。 喫水の浅い艦体に戦艦並みの大口径砲を搭載した、沿岸目標に対する砲撃を 専門とする艦種である。沖合の射撃位置に停泊して砲撃する事を主な任務と するため、速力は乏しく航洋性も高くはないが、陸上からの繁劇に対して、 軽いとは言え一応の装甲防御を有する。 第1次世界大戦においてイギリス海軍はこのモニター艦の有効性を見い出し、 旧来の砲艦に替えて大型18隻、小型19隻のモニターを建造し、北海沿岸や ダーダネルス海峡などで実戦投入、それに見合った戦果を得ていた。 このモニターの密やかな活躍に、大日本帝国陸軍は熱い視線を送っていた。 そして第1次大戦の末期になって始めた揚陸作戦用船舶の開発の中に、 モニター艦の研究開発が含まれたのは、そういった流れからであった。 同年8月、ロシアで起こった共産革命の拡大を阻むべく、帝国は極東シベリアに 出兵。世に言う『シベリア出兵』である。 これに際して陸軍は、先のモニター艦の建造を何故か急ぎ始めた。 牽制としてシベリア沿岸に砲撃を仕掛けよう、という意図から出た行動だったが、 哀しいかな、陸軍には船舶建造技術の蓄積はさっぱり無かった。 結局、陸軍は悔しさを堪えて海軍に設計・建造を依頼する羽目に陥ったのだった。 だが当初、海軍はこの陸軍からの依頼を断った。 『海軍と陸軍のそりの悪さ』を感じさせるエピソードと言える。 しかし、それから僅か3日後。海軍は唐突に、依頼を受けるとの返答を 陸軍参謀本部に送り付けてきた。しかも、設計と建造は最優先で行う、という 明確な確約のオマケ付きで。 陸軍がホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。 だがしかし。 海軍が態度を豹変させたのには、当然の事ながらそれなりの理由があった。 海軍艦政本部からの『ある実に殊勝な提案』が、その理由だった。 その提案とは、 『良い機会だから、海軍の実験艦として建造してはどうか?』 という、陸軍が聞いたら怒髪天を突きそうなモノだった。 だが、海軍省と海軍軍令部はこの提案に乗り気になった。そう考えるのならば、 確かに良い実験の機会である。しかも、失敗しても海軍に実害はないのだ。 そして陸軍から依頼があって僅か数週間後、1918年9月には、早くも 設計が始められた。 陸軍が依頼の中で要求したのは、 『14インチ砲を搭載した海洋での航行に耐え得る大型砲艦』。 少し考えれば、これは実にアバウトな要求だった。 だからと言う訳ではないだろうが、それにしても海軍の設計した『それ』は、 一種異様とも言える艦容だった。 艦政本部の提案にあった『実験』とは、 『世界各国海軍の戦艦設計の研究のために、それらの設計を取り入れて 実験艦を建造して、実戦的なデータを取る』 というものだったのだ。 こうして陸軍初の、いや、日本初の海洋型砲艦として計画されたのが、下記の 『きゃさりん丸』級である。
「きゃさりん丸」画像 大日本帝国陸軍・特式海洋型砲艦『きゃさりん丸』級 要目・・・全長138.0メートル   全幅28.0メートル      基準排水量1万8000t    満載排水量2万2000t 機関出力・・・2軸単発 3万2000hp 最高速力・・・28.0ノット 航続距離・・・14ノット/6600浬 兵装・・・45口径14インチ (36センチ)砲  連装2基4門      40口径 3インチ(8センチ)高角砲  単装4基4門(『きゃさりん丸』)                          単装8基8門(『のぉら丸』)              61センチ魚雷発射管 3連装2基6門(『きゃさりん丸』のみ) 乗員・・・350名 同型艦  1号艦『きゃさりん丸』(アメリカ風設計)      2号艦『のぉら丸』  (イタリア風設計/建造中止)
一瞥して分かるように、1号艦『きゃさりん丸』にはアメリカ海軍の設計思想が 取り入れられている。証拠に、米海軍戦艦の特徴である籠マストが目立つ。 また、2号艦『のぉら丸』はイタリア海軍の設計思想を取り入れたものになった。 しかし、ここで注目すべきは搭載している装備である。 前後に2基の14インチ砲連装砲を搭載した艦影は、大型の砲艦と言うよりも 前ド級戦艦だった。しかも、搭載した14インチ砲に耐え得る相当の装甲をも 備える事になっていた。故に、2万tを越える排水量を持つに至っている。 おまけに、何故か魚雷発射管まで搭載される事になっていた。 これを見たある海軍次官は、 『砲艦を造ってくれと頼まれて、戦艦を設計したのかね』 と大笑いしたという。 また、かのポケット戦艦建造の際、新生ドイツ海軍がこの『きゃさりん丸』を モデルにその設計をしたというのは有名な話である。 なお、これによって建造費用が予定より高くつき、2号艦『のぉら丸』の建造は 中止された。 明けて1919年2月には早々と建造開始。建造は呉工廠が行う事となった。 1920年1月 進水。 同年12月6日竣工。 起工から竣工まで1年10ヵ月余りという、2万t超の軍艦としては異例の早さで 建造された事が見て取れる。 『きゃさりん丸』は半年の訓練を経てシベリア出兵に参加。沿岸部への威圧砲撃を 主任務として、全部隊が撤兵するまでウラジオストクに居座り続けた。 また、陸軍所属の軍艦としては世界で初めて、ジェーン海軍年鑑に掲載された事も 特筆に値するだろう。 シベリア出兵で、『きゃさりん丸』はそれなりの成果を上げた。 悪くない結果に勢いづいた陸軍は更にまた、砲艦の建造を依頼する。 今回は『きゃさりん丸』での苦い経験を活かそうと、 『費用を出来得る限り抑えて欲しい』 との要求を付けた。 しかし、この注文を艦政本部はあまり気にせず、着々と設計は進められた。 そして計画されたのが『いつみ丸』級である。
「いつみ丸」画像 大日本帝国陸軍・特式海洋型砲艦『いつみ丸』級 要目・・・全長112.0メートル   全幅25.0メートル      基準排水量6100t    満載排水量8500t 機関出力・・・2軸単発 6500hp 最高速力・・・16.0ノット 航続距離・・・8ノット/4800浬 兵装・・・45口径12インチ(30.5センチ)砲  連装2基4門      40口径 5インチ(12センチ)高角砲  連装2基4門 乗員・・・261名 同型艦  1号艦『いつみ丸』(イギリス風設計)      2号艦『ぱてぃ丸』(フランス風設計/建造中止)
陸軍の注文が無視に近い扱いを受けた事がお分かり頂けるだろう。 『いつみ丸』もまた、砲艦と言うより戦艦に近い、豪華な艦になっていた。 但し、装甲に関しては『陸上砲台からの反撃に耐え得る』程度とされた。 当然ながら今回も実験は続けられ、1号艦『いつみ丸』はイギリス式の設計、 2号艦『ぱてぃ丸』はフランス式の設計がなされている。だが、またしても 予算不足のために2号艦『ぱてぃ丸』の建造は見送られる事となった。 こうして、『いつみ丸』のみが1923年3月に佐世保工廠にて起工された。 翌1924年1月 進水 同年11月12日 竣工 ここで注目すべきは、やはり搭載された主砲であろうか。 1922年に行われたワシントン軍縮条約にて標的艦に艦種変更された海軍の 戦艦、『摂津』から取り外した主砲を流用する事で工期短縮を図ったのだが、 この際、前部に50口径砲、後部に45口径砲を搭載したのだ。 実は、『摂津』は背負い式に50口径、舷側に45口径と、同じ12インチ砲で あるにも関らず、それぞれ口径の違う2つの主砲を載せていた。大砲は砲身が 長い方が威力が増すため、攻撃力アップを図った処置だったのだが、これは とんでもないミスだったのだ。 口径が違うために、同じ12インチ砲なのに射程が違うという事態が生じ、前後の 50口径砲は威力を落とした弱装弾を撃つ羽目になったのである。 そしてまた、海軍は『いつみ丸』において、全く同じミスを犯したのだった。 どうも、この頃の海軍においては、失敗は教訓として活かされていなかったようだ。 そしてこのミスは後々も『いつみ丸』に憑いて回る事になるが、それは別談である。 そして西暦1929年。昭和4年2月。 陸軍はまた、砲艦の建造を計画した。 今回ばかりは艦政本部もモニター艦らしい設計を行った。 それが『みりぃ丸』級である。
「みりぃ丸」建造時画像 大日本帝国陸軍・特式海洋型砲艦『みりぃ丸』級(建造時) 要目・・・全長128.0メートル   全幅27.0メートル      基準排水量7000t    満載排水量1万50t 機関出力・・・2軸単発 8000hp 最高速力・・・16.5ノット 航続距離・・・8ノット/5200浬 兵装・・・45口径16インチ (40センチ)砲 連装1基2門      40口径5インチ(12センチ)高角砲 単装2基2門                  25ミリ機銃 単装4基4門 乗員・・・284名 同型艦  1号艦『みりぃ丸』(日本風設計)      2号艦『ゆめみ丸』(ドイツ風設計)
1930年1月 起工(2隻とも呉工廠) 翌1931年3月 進水(2隻同時) 翌1932年2月21日 竣工(2隻同時) 陸軍はこの『みりぃ丸』級の建造に不思議なほど熱を入れた。費用に余裕を持たせ ようと、他の研究・開発費用の流用までしているほどである。陸軍が本来の担当で ある戦車や陸上兵器の開発よりも船を造るのに熱心だった、というのも奇妙な話で あるに違いない。 そのお陰か、1号艦『みりぃ丸』、2号艦『ゆめみ丸』は両艦共に無事竣工した。 余談だが、後に某軍事評論家は『みりぃ丸』について、このように述べている。 『・・・これの何処が同型艦なのかね?』 それもそのはずで、『みりぃ丸』は日本の、『ゆめみ丸』はドイツの設計思想が 取り入れられているのだ。例の実験は、着々と続けられていたのである。 〜各艦の戦歴〜 時は流れ、やがて第2次大戦が勃発。 大日本帝国の1941年、昭和16年末に太平洋戦争へと突入した。 前年の1940年に近代化改装を施されていた、『みりぃ丸』『ゆめみ丸』 『いつみ丸』の3隻は、南方攻略作戦に参加。 『いつみ丸』はマレー半島上陸作戦の際、沖合からの艦砲射撃による上陸支援を 行い、目覚ましい戦果を上げた。 更に『みりぃ丸』『ゆめみ丸』の2隻はフィリピン攻略作戦に参加し、 バターン・コレヒドール要塞を沖合に停泊しての遠距離砲撃で見事に撃破した。 しかし、それ以降はこれといった戦果を上げる事が出来ずにいた。 一方の『きゃさりん丸』は遅れて改装を終えていた。 艦尾を延長し、速力を30ノットまで上げる事に成功していた『きゃさりん丸』の 太平洋戦争での初仕事の舞台は、ソロモン諸島・ガダルカナル島だった。 ガダルカナル島に上陸した米軍が完成させた飛行場の砲撃が、その任務である。 実はこの任務は海軍が行うはずだった。しかし、ラバウル基地を出港した 戦艦『金剛』『榛名』の2隻は、敵潜の雷撃を受けて共に中破。任務遂行は困難で あると判断された。『きゃさりん丸』は言わば、海軍の尻拭いを仰せ付かったのだ。 1942年10月20日未明。 海軍の駆逐艦4隻と共に闇に紛れてガダルカナル島に接近した『きゃさりん丸』は、 米軍の飛行場・ヘンダーソン飛行場に対する砲撃を開始。『金剛』と『榛名』が撃つ はずだった新型砲弾の3式弾をこれでもかと撃ちまくり、ヘンダーソン飛行場を叩き のめす事に成功した。 だが、『きゃさりん丸』の活躍はこれにとどまらなかった。 11月12日夜半。 ガダルカナルへの輸送船団を側面支援するため、そして、丸潰れになったメンツを 保つため、海軍は戦艦『比叡』『霧島』を基幹とする艦隊で、敵泊地突入を試みた。 しかし、敵の警戒部隊と遭遇。混戦の末、敵巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を撃沈した ものの、駆逐艦2隻を喪失。更には戦艦『比叡』を失うという失態を演じてしまう。 そして14日。 「海軍に頼ってばかりはいられない」とばかりに、今度は陸軍主体で作戦を強行。 『きゃさりん丸』を始め、海軍の戦艦『霧島』、巡洋艦4隻を中心とした艦隊を 護衛に、陸軍部隊のガダルカナルへの強行輸送作戦が開始された。 対して米軍は新型戦艦『ワシントン』『サウス=ダコタ』、駆逐艦4隻の艦隊で これを迎え撃った。 輸送船団の護衛を海軍に任せて先行警戒をしていた『きゃさりん丸』は、夜の帳に 浮かぶ敵艦艇を発見し、即座に砲撃を開始した。 敵駆逐艦3隻を戦闘開始10分で撃沈。残る1隻も大破させ、『きゃさりん丸』は 敵大型艦(重巡と思われていた)に向け突撃するべく、最大戦速30ノットに増速。 この時になってようやく、海軍が現場海域に到着したが、まさか敵戦艦がいるとは 思ってもいなかった『霧島』は、不用意にも探照灯を照射し、敵戦艦の集中砲火を 浴びて沈黙。翌日になって遂に自沈処分されている。 この隙に距離1万まで敵戦艦に接近した『きゃさりん丸』は、舷側の魚雷発射管から 片舷6本、すぐさま転舵して6本、計12本の魚雷を発射。 近距離という事もあり、3本が『ワシントン』に命中。同艦はこの30分後に自沈。 『きゃさりん丸』は残る『サウス=ダコタ』にも近距離砲撃戦で挑み、火薬庫への 直撃を得る事に成功。同艦は僅か6分で沈没した。 結局、輸送作戦自体は失敗に終わったが、陸軍に取っては得たものは多かった。 一方で海軍のメンツは敢え無く潰れた。戦艦2隻を失い、他にも多くの駆逐艦を 失う事となったからだ。おまけに良いところは全て、『きゃさりん丸』に取られて しまっている。後に海軍は、 『我々の造ったフネの活躍は、それが陸軍船籍であろうと海軍の戦果同様である』 などとうそぶき、陸軍側の失笑を買う事になる。 その後は特に活躍の機会を得る事はなく、その間に4隻は再び改装を受ける。 『みりぃ丸』『ゆめみ丸』の2隻はバルジの装着、艦尾延長・機関交換による速力の 向上、対空兵器の増強などを1年掛かりで行った。 また、『きゃさりん丸』も同様に対空兵器の増強を行っている。 中でも『いつみ丸』は主砲を撤去し、全艦針鼠のように対空兵器を搭載した 防空護衛砲艦に改装され、以後は船団護衛に従事する事になる。 そして1945年、沖縄戦の最中。 陸軍は海軍のから、ある計画を聞かされる。 沖縄で苦戦している友軍を救うべく、戦艦『大和』を旗艦とした第2遊撃部隊を 沖縄に出撃させると言うのだ。陸軍はこれに3隻の特式砲艦を同行させるように 海軍に提案し、海軍も断る理由はなくこれを了承した。 そして、4月6日夕刻。『みりぃ丸』『ゆめみ丸』『きゃさりん丸』の3隻は、 海軍の水上特攻部隊に参加。戦艦『大和』と共に沖縄に向けて出撃する。 第2遊撃部隊編制 戦艦『大和』 軽空母『龍鳳』 軽巡洋艦『矢矧』『酒匂』 駆逐艦『冬月』『涼月』『朝霜』『初霜』『霞』『磯風』『浜風』『雪風』 陸軍特式砲艦『みりぃ丸』『ゆめみ丸』『きゃさりん丸』 改装によって30ノットを発揮できる3隻は『大和』よりも優速であり、随伴には 少しの問題も生じなかった。 翌7日午前11時。艦隊は386機の米航空隊による大空襲に見舞われた。 軽空母『龍鳳』から発艦した27機の防空隊と各艦の奮戦により、艦隊は九州からの 防空戦闘機隊が到着するまでの時間を稼ぐ事に成功。軽空母『龍鳳』駆逐艦『朝霜』 『浜風』を失ったものの、翌8日には沖縄本島の島影を見る事が出来た。 だが、その前に戦艦10隻を中心とする米艦隊が立ち塞がった。これは上陸支援を 中断して駆けつけたオルデンドルフ中将率いる旧式戦艦部隊であった。 戦艦『大和』が砲門を開き、射程に優る『みりぃ丸』『ゆめみ丸』が続けて射撃を 開始。『きゃさりん丸』も負けじと撃ちまくり、軽巡2隻を基幹とした水雷戦隊も 突撃した。 戦闘は2時間にも及んだ。米側は10隻中8隻を失って撤退。 日本側も『大和』を始め、軽巡2隻と駆逐艦4隻を失っていた。 敵の14インチ砲弾を受けた『みりぃ丸』『ゆめみ丸』の2隻は、沖縄本島の海岸に 乗り上げて艦を座礁させ、乗員は陸に上がって戦闘に参加、玉砕した。 1隻残った『きゃさりん丸』は、生き残った海軍駆逐艦『冬月』『雪風』と共に 生存者の救出を行った後、3日後に無事、佐世保軍港に帰還している。 そして5月に、横須賀軍港の警備艦になり、そこで終戦を迎えた。 〜各艦のその後〜 こうして、『きゃさりん丸』と『いつみ丸』は無事に大戦を生き抜いた。 防空艦として大戦後期を過ごした『いつみ丸』は中国に賠償艦として引き渡され、 『鎮遠』と命名されてたが、共産党と国民党の争いの中、1948年に台湾沖で 機雷に接触、沈没している。 一方で、沖縄の海岸で座礁した『みりぃ丸』『ゆめみ丸』の2隻はそのまま放置 され続けていたが、1972年の沖縄返還と同時に離礁と修理が行われ、現在は 那覇港にて『戦没者慰霊艦』としての余生を送っている。 戦艦『長門』の横で特別警備艦として終戦を迎えた『きゃさりん丸』は、 1945年9月15日に『長門』と共に米軍へと引き渡され、翌1946年7月 25日、ビキニ環礁での原爆実験に使用された。 この実験において『長門』と同じ爆心から1000メートルの位置に係留されて いた『きゃさりん丸』は、2度に渡る核の打撃に耐え抜いた。一方で『長門』は 29日に沈んでおり、『きゃさりん丸』は最後まで海軍のメンツを潰したと言える。 なお、これによって『きゃさりん丸』の名は、 『核を受けても沈まなかった唯一の軍艦』 として、今でもギネスブックに残っている事は周知の事実である。 現在、『きゃさりん丸』はビキニ環礁内に未だ係留されており、水中に沈む『長門』 と共に有数の観光スポットになっている。
◎製作後雑記(要するに,所謂一つの感想) 『甚八』 ・・・自称☆史上最狂の火葬艦馬鹿。変なフネと怪しい歴史作りが生き甲斐。 『鳳崎美奈』 ・・・空母『守護月天』航空隊搭乗員。ぢつは凄腕の車引きだったりする。 『攻衛風天ショウナ』・・・戦艦『攻衛風天』制御電脳。海野氏に彼女の使用許可を出したばかりに、 彼のHP上での人格崩壊が進んでいる悲劇の女性。 『藤沼優理恵』 ・・・大戦中3代目の帝国海軍聯合艦隊司令長官。分かる人はネタが分かる人物。 甚八(以後『甚』):どうも。4月からマヂで海上自衛隊員になる火葬艦馬鹿の甚八です。 美奈(以後『☆』):長々とした駄文を読んで頂いてぇ、ありがとうですぅ。一航戦旗艦、空母『守護月天』 航空隊所属搭乗員の鳳崎美奈少尉ですぅ(ぺこり)。 ショウナ(以後『◎』):私はいつから薙ぎ鉈使いになったのでしょうか・・・こんにちは、攻衛風天ショウナです。 これから少しばかり、お付き合いをお願い致しますわ。 優理恵(以後『◇』):あの・・・少しの間ですけど、宜しくお願いします。 甚:はぁ・・・。 ☆:何ですぅ? ため息なんてぇ。 甚:いや、今回は修羅場だったなぁ、とね。 ◎:珍しく手間取っていたそうですわね。 甚:悪かったな! 設定作るのに予想以上に時間かかったんだ。そもそも、今回のお題はキツかったと思うぞ。 ☆:『海洋型砲艦』・・・確かにぃ、そうですねぇ。資料も少ないしぃ。 ◎:そもそも使用例が少ないですわ。イギリス海軍のものくらいしか、手持ちの資料が無かったのでしょう? 甚:うん、そう。『海洋型砲艦』って事は『モニター』の事だろ? イギリス海軍くらいしか使ってた海軍 知らないし、資料もないし・・・。 ☆:だからぁ、こんな目茶苦茶なフネがぁ、出来たんですねぇ。 甚:メチャクチャって言うなっ!! ◇:本当の事ではありませんか? 甚:優理恵さん! な、何という事をっ!(ーー;) ◎:必死に否定する辺り、御自分でも感づいているのでは・・・? 甚:(ぎくり)。 ☆:あ、今ぁ、ギクッてなったでしょぉ? 甚:・・・えぇーいっ! やかましいっ!!!! ◇:こうして言い合っていても仕方ないと思うんですけど・・・? 甚:じゃあ、まずは『きゃさりん丸』級だな。 ◇:これ・・・戦艦ですか? 甚:モニターです。 ◇:でも・・・砲塔が前後に2基・・・。 甚:モニターです! ◇:どう見ても前弩級せんか・・・。 甚:モニターです!! ◇:そ、そうですか・・・。 ☆:これってぇ、本当に同型艦なんですかぁ? 全然、艦型が違いますぅ。 ◎:説明書きを読めば理由が分かりますわ。大体・・・ですけども。 ◇:・・・分からないよりはマシ、と言う程度のものですね。 甚:いちいち五月蠅い連中だな、おい。 ◇:簡単に言いますと、建造を海軍に頼んだら海軍が調子に乗ってヘンテコな艦を 造られてしまった・・・と言う事ですか? ☆:わぁ。とっっってもぉ、分かりやすいですぅ。 ◎:始めからそう書いてあれば良いのですわ。全く。 甚:言いたい放題ぢゃねーか、てめーら。 ☆:とにかくぅ、この『きゃさりん丸』は面白い形をしてますねぇ。 ◎:籠マストを装備した日本艦なんて、この艦くらいですわね、きっと。 甚:『いつも楽しく愉快でイカれた発想!』が私の信念やからな。(☆ー☆) 前回の『安芸』級戦艦の例に違わず、今回もその路線でやった訳よ。 ◇:・・・だから手間取ったのでは・・・? 甚:(ぎくっ)。 ◎:自分で自分の首を絞めたんですわね。 甚:(ぎくぎくっ)。 ☆:何だぁ。結局は自業自得ですぅ。 甚:・・・しくしくしくしく・・・。 甚:気ぃ取り直して・・・『いつみ丸』級に行くぞな。 ☆:今度はぁ、イギリス風なんですねぇ。 ◇:また戦艦みたいなフネですけど・・・この艦の絵のモデルは・・・? 甚:えー、『フッド』を参考に致しました。v(^^)v ちなみに『きゃさりん丸』は『サウス=カロライナ』級がベースですな。 その2号艦『のぉら丸』はイタリアの『フランチェスコ=カラッチョロ』級が、 『いつみ丸』級2号艦『ぱてぃ丸』はフランスの『ジル』級がモデルです。 何度も言いますが、モニターですよこれわっ!! ◎:早い話が、艦上構造物を縮尺して描いて時間短縮を図ったのですわ。 甚:そうそう、その通り・・・ってこら、バラすんぢゃねぇ!! ☆:結局ぅ、今回も細部は手を抜いてるんですねぇ。そんなんぢゃ、1位なんて狙えませんよぅ? 甚:良ーんだよ、楽しけりゃ(半分嘘)。 ◇:ところで、この大きさで12インチ連装砲が2基も背負い式に搭載できますか? ◎:艦対比は4.75:1、装甲もそれなり・・・耐久性は大丈夫そうですわ。 甚:どうよ?(えっへん) ☆:別に威張る事ぢゃないと思うけどぉ・・・。 甚:少しは誉めるくらいしても罰は当たらんと思うぞ!? ◇:・・・当たったら責任取ってくれるんですか? 甚:そこまで言う・・・。 甚:で、今回の本題である『みりぃ丸』級だな。 ◎:こちらは、マトモなモニター艦の形をしていますわね。 ☆:今までがぁ、変だっただけだよぅ。 甚:・・・・・・(涙)。 ◇:今度は戦艦みたいじゃないですね・・・モニターらしく見えない事もないです。 ◎:条件も一応、クリアーしてますわ。 ☆:でもぉ、何でこんな変な前振りしたのぉ? 甚:今回は数が少なさそうだったから、面白さで人気1位を・・・(本音)。 ◇:・・・偽善者みたい。 甚:やかまし。 ◎:にしても、凄まじい戦歴ですわ・・・。 ☆:モニターなのにぃ、戦艦と戦ってぇ、しかも勝ってますぅ。 ◇:モニターは本来、陸上への砲撃を目的とした艦ですよ? なのに、大丈夫なんですか? 甚:『きゃさりん丸』は完全な対14インチ装甲だ。おまけに何故か対艦戦闘装備 がされているから、理論上は可能だな。 ◇:どうして対艦装備なんですか? 甚:設計に当たった海軍が『揚陸作戦時に敵艦艇が存在した場合』を勝手に想定して 設計を行ったから。要するに、揚陸作戦は全て陸軍任せでやらせる気だった訳。 実際、大正末期に陸海軍間の取り決めで『直接上陸に関する事柄』は陸軍の 担当にする、というものがあったから、有り得ない話ではないと思うけど。 ☆:要するにぃ、無責任、って事ですねぇ? 甚:平たく言えばそゆ事。 ◎:確かに海軍のメンツは丸潰れにもなりますわね・・・。 ◇:本題のはずの『みりぃ丸』級よりも、前振りのはずの『きゃさりん丸』の方が 目立った活躍をしているのには、何か意味があるんですか? 甚:艦名のネタが分かっている人には納得できるはずですがね。 『きゃさりん』が『みりぃ』よりも活躍・・・ぢゃなくて大暴れしてる理由。 あ、艦名の由来は気にしない方が世のため人のため私のためですよ。 ◇:は、はあ、そうですか・・・で、その後に改装を受ける訳ですね。 ◎:この改装の意味は? 甚:近代化。『みりぃ丸』『ゆめみ丸』は艦尾の延長と旧式化した機関を載せ替えて 速力を30ノットに。『きゃさりん丸』は対空兵器の増強。で、『いつみ丸』は 全兵装を対空兵器にする。 ☆:どしてですぅ? 甚:『いつみ丸』は増え出した輸送船団の被害を食い止めるために、船団護衛の 専門艦に生まれ変わらせたんだ。名付けて『防空護衛砲艦』(まんま)。 ◎:船団護衛をするのでしたら、対潜兵器も必要でしょう? 甚:それは他の護衛艦に任せる。対潜行動は駆逐艦でも出来るけど、対空行動を させるんだったら専門の艦の方が上手いはずだし。 ◇:何か勿体ない事をするんですね。だったら、護衛空母にした方が・・・。 ☆:そう言えばぁ、『あきつ丸』とかはどうなってるんですかぁ? ◎:昭和17年竣工の通称、陸軍空母ですわね。 甚:ああ、『あきつ丸』以下陸軍空母は、『みりぃ丸』以下の砲艦建造の予算の 都合上、建造されてない事になってる。ちなみに、元祖強襲揚陸艦『神州丸』は 建造されてるよ。ついでに言えば、砲艦建造の影響で戦車等の研究に予算が 回りきらず、戦車とか砲兵器の開発が遅れてるんだ。 ◇:た、ただでさえ遅いのに、ですか・・・? 甚:97式中戦車が98式中戦車になったり・・・その後も遅れてる。 ◎:まあ、それで予算の問題はクリアーになりますわ。 ☆:実際ぃ、それくらい遅れてても問題ないでしょうねぇ(をい)。 ◎:3式中戦車が実戦に間に合っていても、戦局にはあまり寄与しませんわね。 甚:い、いや、そこまで言わんでも・・・。 ◇:で、『大和』と一緒に沖縄海上特攻に参加ですか・・・。 甚:その結果は上記の戦歴を読んでれば分かって頂けているはずだから割愛だな。 ◎:しかし、史実とだいぶ・・・編制が違っていますわ。 ☆:実際にはぁ、軽空母『龍鳳』と軽巡『酒匂』は参加していませんよねぇ。 甚:『いつみ丸』と海上護衛隊の奮闘で『龍鳳』に搭載する艦載機、『酒匂』の建造 が間に合った事になってる。都合上、加えたかったのが本音ですがね。 ◇:でも、艦隊に随伴できるんですか? モニターが・・・。 甚:3隻との、先の改装で30ノットの発揮が可能になっているから問題ナシ。 海洋型砲艦だし、海くらい走れにゃ。 ◎:で、特攻隊は犠牲を出しながらも沖縄に到着した訳ですわね。 ☆:そこで米軍の戦艦部隊と遭遇してぇ、戦ったんですねぇ。 甚:結果は戦歴読んでりゃ分かるか・・・面倒だから説明なしね(をい)。 ◎:でも、この『きゃさりん丸』の戦後って・・・。 ◇:ビキニ行き・・・。 ☆:しかもぉ、沈んでないしぃ・・・。 甚:インパクトあるっしょ? ◎:でも、可能ですの・・・これ? 甚:やってみなきゃ分かんないな〜こればっかりわ。 ◇:つまり適当・・・と。 甚:そーゆー事。 ◇:(呆然)・・・と、取り敢えず、まとめてみましょう。 『きゃさりん丸』級は・・・。 ☆:ちょっと待ってぇ。 ◇:はい? ☆:今回の競争試作に適してるのはぁ、『みりぃ丸』級だけでしょおぉ? だったらぁ、他の艦は放っといても良いんぢゃなぁいぃ? ◎:その通りですわ。 甚:ま、まあ、そうなるな・・・(せっかく作ったのに・・・ちっ)。 ◇:で、では『みりぃ丸』級についてまとめてみますね。 まず全長ですけど、要求は150メートル以下ですから大丈夫です。 全幅、排水量の規定はありませんでしたね・・・。 速力の要求は10ノット以上でしたから、16ノットの本艦はクリアーですね。 ☆:次にぃ、航続距離の要求は8ノットで3000浬だったからぁ、この艦の 8ノットで5200浬は楽々許容範囲ですねぇ。 主砲も16インチ連装砲塔搭載ですしぃ。 ◎:ちゃんと満たしているみたいですわね。 甚:当たり前やろが(怒)。 どうやろかな? 採用は無理でも、人気1位くらいは行けると思う? ☆:無理ですねぇ☆絶対ぃ☆ ◎:まずもって無理ですわ。 ◇:難しいと思いますけど・・・。 甚:・・・・・・(心に吹きすさぶ隙間風)。 ◇:ああっ・・・何か壁に向かって虚ろな瞳で話し掛けてますけど・・・っ! ◎:優理恵殿、放っておいてあげた方が宜しいですわ。 ☆:あの火葬艦馬鹿にはぁ、良い薬だと思うぅ☆ ◇:そ、そうですか・・・? ◎:でわ、火葬艦馬鹿が落ち込んだところでお別れの時間ですわ。 ☆:この馬鹿はぁ、春から海上自衛隊員なのぉ。だからぁ、当分ネットなんて できないだろうしぃ、次の競争試作は参加出来ないと思うのぉ。 ◇:という訳で、しばらくの間、本当にお別れです(ぺこり)。 ・・・え? 平和で良い? 少しはマトモになる? そうでしょうね。 ☆:火葬艦馬鹿がいなくなればぁ、真面目な競争試作ができると思うぅ☆ ◎:でわ皆さん。ご機嫌よう☆ですわ。