乃木級 強襲揚陸艦/砲艦 乃木

乃木 強襲揚陸艦時 (昭和 8年)
乃木 強襲揚陸艦時 (昭和 8年)

乃木 砲艦時 (昭和 17年)
乃木 砲艦時 (昭和 17年)

強襲揚陸艦/砲艦 乃木級 諸元:( )内は、就役時
     同型艦 乃木 児玉
     全長:145m
     全幅:31m 
     排水量:9500t( 90,000t )
     機関: B & W ディーゼル 3基  3軸 16,500馬力
     速力:12ノット(11.5ノット)
     武装ほか:
       昭和 17年時
         40cm 連装砲塔      1 基
          8cm 高射砲 単装  16 基
         25mm 3連装機銃     8 基
       就役時
         155mm 野戦カノン砲用砲座   8 基
         105mm 野戦カノン砲       10 基
          75mm 高射砲             4 基
           大型輸送艇              8 艇
           輸送兵員数            400 名
    

乃木級建造の背景
  第1時世界大戦後、世界第1位の海軍国となったアメリカは、フィリピンを極東戦略
の重要拠点と位置づけ、その軍事的機能を年々強化していた。それに伴って防衛力の
強化もすすみ、特に、マニラ湾の入り口に位置するコレヒドール島の要塞化は、著し
く、特にその大型要塞砲は、マニラ湾防衛の要となっていた。
  従来、大陸における対ソ、対中戦を主たる作戦目標として、研究と訓練を重ねてき
た日本陸軍であったが、フィリピンの要塞化は大きな問題となっていた。日露戦争、
第1時世界大戦の戦訓として、近代要塞への攻撃には、あまりにも大きな犠牲を払わね
ばならないことが、わかっていたからである。
  この対応策として、日本陸軍は、要塞攻撃時は、海軍の戦艦による砲撃支援を希望
していた。しかし、海軍は砲撃支援に対し、否定的であった。海軍には、「機動性と
防御力にバランスが求められる艦艇が、防御力に制限のない永久要塞に対し、攻撃を
しかけることは、自殺行為である」という常識があったからである。また当時、海軍
は、対米6割という軍縮条約の制限のもとで、ひたすら艦隊決戦における戦闘力強化に
努めており、要塞攻撃専用の重防御艦を建造するなど、容認できることではなかった
からである。
  これに対し、陸軍は自らの主導で、口径40cmの連装要塞砲を搭載する大型海洋型砲
艦の建造に乗り出したのである。しかし、軍縮条約に抵触する恐れのある40cm砲搭載
艦の建造には、海軍・政府ともに絶対反対であり、陸軍との間に激しいやり取りが交
わされた。最終的には、建造は行うものの、当面は40cm砲の搭載は行わず、別種の艦
として運用し、対米戦が避けられないと判断した場合には、40cm砲の搭載を行うこと
で決着をみたのである。

乃木級の設計(砲艦として)
  当時、日本のどこの造船所にも、海洋砲艦を建造した経験がなかった。そのため、
イギリスの海洋砲艦を参考に、艦体は三菱造船で建造し、兵器システムを陸軍で、準
備することに決定された。
  艦体は、沿岸で大口径砲を運用するため、イギリスの砲艦と同様に、艦幅が広く、
喫水の浅い艦体とされたが、問題となったのはその装甲である。要塞との長時間に渡
る砲撃戦が予想されるため、400mmクラスの装甲が求められたが、艦全体にそれだけの
装甲を施すと、20,000t近い大艦となり、喫水も7mに達するため、艦体の軽量化が最優
先課題となった。
  まず、外洋を高速で走りまわり、至近距離で砲撃戦を交えるような運用は考えられ
ないため、乾舷を低くとり、艦体に収まりきらない機関部上部と砲塔旋回部だけを、
覆う形で、コンパクトで重装甲の上部艦体を乗せる形とした。つぎに、装甲厚さを、
要塞と正対する艦体上部、指令塔正面のみ400mmとし、上部側面、前部上面は200mm、
背面や後部上面、下部艦体側面などは、50mm〜70mmの軽防御で我慢した。これにより、
排水量を10,000t以内に収める目処がたった。
  機関には、燃費がよく、取り扱いの簡便な、ディーゼル機関が望まれたが、国産で
は、十分な能力と信頼性のある機関が見つからないため、日本郵船 氷川丸に搭載され
たB & W 製 5,500馬力 ディーゼル機関が採用された。これを3基搭載し、3軸で11ノッ
トを予定した。
  40cm連装砲以外の兵装としては、小型艇による襲撃に対抗するため、105mm 野戦用
カノン砲が、艦体上部側面に5門ずつ、装甲板に銃眼を設ける形で搭載された。更に
、敵着弾観測機を妨害する目的で、75mm高射砲4基を指令塔後部に搭載した。

乃木級の設計(強襲揚陸艦として)
  砲艦としての設計が完了すると、40cm砲未搭載時の設計がはじまった。重装甲、浅
喫水の本艦の利用方法は、上陸作戦時での利用が考えられるが、後部に大きな平甲板
をもち、また、40cm連装砲の回転部、弾薬庫など大きなスペースがあることから、自
らも部隊を輸送・揚陸する揚陸艦とすることに決定された。
  後部平甲板には、8艇の大型型揚陸艇を搭載し、平甲板後端には、スロープが設けら
れ、搭載艇が短時間に発進できるようにされた。砲塔回転部、弾薬庫のスペースは、
兵員400名の収容スペースとした。
  また、連装砲塔を搭載しないことで、2000t近い重量が浮いたため、上部艦体の前に
さらに2段の装甲甲板を設け、そこに輸送中の155mmの野戦カノン砲を固定・射撃できる
台座を8基設け、揚陸時の支援火力とした。
  40cm砲こそ未搭載のものの、急造陣地程度なら、十分に制圧できるこの艦に、陸軍は、
このままでも十分使用に耐えると判断し、新たに強襲揚陸艦という名称を与えたのであ
る。

乃木級の改装
  昭和16年夏、対米戦不可避と見た陸軍は、乃木級2隻の砲艦への改装に着手する。
開戦緒戦での、フィリピン攻略に間に合わせるため、当初の予定通りの、前甲板の砲台
の撤去と40cm連装砲塔の搭載以上のことは、ほとんど行われていない。
  兵装における変更点は、すべての75mm高射砲、105mmカノン砲が、新型の8センチ高射
砲に換装されたことと、後甲板へ、25mm3連装機銃の設置されたことである。
  また、艦の構造が、本来の設計通りに戻ったことから、後傾だったトリムが水平に戻
り、排水量の増大にも関わらず、速力は0.5ノット改善している。

作者(ムク・フェイ)のコメント
  今回は、対要塞用砲艦ということで、最低限の機能を、できるだけ厚い装甲板に包み
こむというコンセプトで作りました。
  無線なんて、陸上からの支援要請さえ聞ければ十分、移動中は他の艦に守ってもらう
ので、対空火器も対水上戦用火器も、上部構造物に詰め込めるだけで我慢するというこ
とで、マストも無い、全体的に直線的で簡素なフォルムにしてみました。
(さすがに操船し難そうなので、後から指令塔上部に露天艦橋を、つけましたが。)
  また、側面図だけなのでわかりませんが、上部艦体はすべてテーパー状になっていま
す。これは、別にステルス効果を狙ったわけではなく、少ない装甲で艦内容積を広く取
るためです。
  あと、兵装は、陸軍発注ということで、陸戦兵器からの転用としました、同時代の海
軍艦艇よりも、砲が小ぶりなのはそのためです。陸戦兵器には、詳しくないので、もう
少し違った、選択もあったかもしれません。

  ムク個人としては、アーセナルシップの様な近未来艦なフォルムが、非常に気に入っ
ています。