
概要 昭和13年12月、日本海軍は大型陸攻開発の参考の為にアメリカよ り購入を検討していたDC-4の性能が思わしくない事を知り大型陸 攻の開発を競争試作の形で進める事に決定した。 これにまず反応したのが三菱だった。三菱内部には中攻を開発し たと言う自信からか次の大攻も我々の手で作って見せる、と言う雰 囲気が強く競作に参加する事自体はすぐに決定した。 ただ、その頃三菱は十二試艦戦や陸攻などの開発中で設計陣には 大型陸攻の開発をするほどの余裕はあまり無かった。それでも参加 したい三菱は十二試陸攻を大型化・改良する事で競作に望むことに 決定、設計主務者は十二試陸攻の設計主務者でもある本庄技師に決 まり主要メンバーは他所から少しづつ抽出してきた者を充てること で他の作業に支障を来さないように配慮された。 十三試大攻の設計方針は十二試陸攻の設計を流用する事になって いるがやはりそれだけでは限度があるので結局、新規に開発する部 分が多数派で大重量を支える為に機体や車輪の構造の強化するのを はじめ、防弾や主翼までもが設計が改められた。ただ、操縦系統や 内部の儀装などは十二試陸攻の設計を流用している部分が多い。 防弾装備が最も充実しているのは勿論燃料タンクで、あまり安全 ではとは言えない主翼内を避けて胴体内に出来るだけ収めるように 工夫されたが限度があり大部分の燃料タンクが主翼内にあった。搭 載する燃料は最大で約19,000リットルなので仕方ないと言えば仕方 なかった。具体的な燃料タンクの防弾は、厚さ30mmの防弾ゴムで 覆い、自動消火装置がついているのが基本で他にも使用済みの燃料 タンクには炭酸ガスを充填して被弾時の爆発に備えた。なお、燃料 タンクの容量が足りないので主翼に増槽4個を搭載する事が可能で 偵察時には空の爆弾槽にも増槽を取りつける事も出来る。 また、コックピットなど重要な個所には13mm機銃程度まで有効 なアーマーが取りつけられ十二試陸攻に比べるとかなり落ちにくい 飛行機と言えた。 余談だが十二試陸攻にもこの手の防弾装備が部分的にだが施されて いる。 本機は日本海軍の陸上“攻撃機”である為に魚雷の搭載は絶対で ある。1,500kg魚雷2本を胴体内に収納出来るように爆弾槽は全長8メ ートルに達する長大なもので他の爆弾なども全てここに搭載する考 えだった。ただ、無理をしたり燃料搭載量を減らせば当然と言えば 当然なのだが下にある要目以上の爆弾を搭載する事が出来る。例え ば先に書いた4個の増槽を搭載せずに代わりに800kg爆弾を4個搭載 すれば爆弾槽内の4発と合わせて計8発となり6トン以上の搭載が可 能になる。 雷撃をするのには運動性が高い方がどちらかと言えば歓迎される のだがこの十三試陸攻は長距離を比較的高速で巡航飛行する事を重 視して主翼を設計しているので翼面荷重やアスペクト比が割と高い 数値で運動性(特に低速)はやや低くなると考えられていた。もっ とも、航空機よりも動きの鈍い艦船を狙うわけだから無理に高い運 動性を求める必要も無いし十二試陸攻譲りの操縦理論でその辺の問 題は改善する見込みがあると考えられていた。他に離着陸性能も落 ちるわけだがこれは致命的で下手をするとこの要素だけで不合格に なりかねない。そこでフラップをファウラー式にするなどしてなん とか乗りきろうと努力された。 ただ、意外なところに問題があり十三試陸攻設計当初、魚雷の投 下条件が高度80mで速度80ノットとなっていて4発機にの条件はあま り嬉しいものではなく魚雷を改良する事で高度100m程度、速度200 ノット前後での投下を可能にした。 昭和16年7月、ヨーロッパでは独ソ戦が既に始まり、日米関係も かなり悪化して戦争はもはや避けられないと思われていた頃、各種 の地上試験を終了した十三試大攻は各務原飛行場にて見事初飛行に 成功した・・・。 要目(試作第1号機) 全長・・・・28.16m 全幅・・・・40.46m 全高・・・・6.37m 翼面積・・・180.0u 自重・・・・17,570kg 全備重量・・31,270kg 最高速度・・460km/h(高度4,100m) 航続距離・・6,000km(攻撃)、8,000km(偵察) 発動機・・・三菱「火星」一二型×4(離昇出力1,530hp) 武装・・・・(機銃)機首7.7mm×1、上方20mm×1、側方7.7mm×2 下方7.7mm×1、機尾20mm×1 (爆弾・魚雷)60kg×24または250kg×8または800kg×4 または1,500kg魚雷×2(いずれも爆弾槽内) 乗員・・・・8名 コメント 始めて飛行機を描きました。一式陸攻を大きくするだけなのに かなり手間取ってしまいました。今回は陸攻=三菱と言う考えが 頭の中にあったのでかなりあっさりとメーカーは三菱と決めまし た。(笑)まあ、資料の関係とかもあるのですが・・・。 文中の「十三試陸攻」は「G5M」の方がより適切なんでしょうがどう も無機質な感じがしたので敢えて「十三試陸攻」としました。まった く困ったものです。(爆) イラストが昭和18年になっているのは気にしないで下さい。ただ 単にオレンジ色の陸攻を見てみたかっただけです。それ以上の理由 はありません。試作機らしくて良いじゃないですか?(汗) また、万一制式採用されれば(昭和17年中ごろ?)○山一一型と でも呼称されるんでしょうが、その内にエンジンが代わっていたり 推力式単排気管が装着されていたり下部銃座が動力式で20mm機銃に なっているかもしれませんね。時期があっていればの話ですが。 あと気になるのは識別符号はあれで良いのか?と言うところです。 いや、半分勘ではじき出した性能が何処まで正確なのか?と言うと ころかもしれません。(自爆) さて、テスト勉強でもするか・・・。(涙) (2001年6月25日) |