立川 キ70改 試作司令部偵察機

キ70改(実は全然別物)

デザイン:BLACK WING氏 トレース・彩色:胃袋3分の1



 その飛行場には、複数の双発機が並んでいた。
 その中から、1機の双発機がひきだされようとしている。
 よく見るとその機体だけ、他とは形が違うことがわかる。
 双発複座の中翼単葉機。
 ぎりぎりまで絞り込まれた極端に細い胴体。
 対照的に、不釣合いな程に大きな2基の空冷発動機。
 双発機としては小型のその機体に、それはいっそ異様な程のバランスだ。
 となりには機首まで段差の無い風防の双発機が並んでいたが、
 機体の大きさはほぼ同じでも、エンジンナセルの大きさは大人と子供ほどにも違う。
 その大きさに比例するように、大出力エンジンの轟音が響き渡る。
 立川 キ70改。
 名機として名高い、百式司令部偵察機の後継機として開発された機体である。


キ70改の開発経緯については少々説明を要する。
昭和14年3月、陸軍から新しい司令部偵察機の計画要求が出された。
これをうけて立川が設計を始めたのがキ70である。
ところが、完成したキ46(百式司偵)が予想以上に高性能だった為、
これに気をよくした陸軍は、キ70に対し爆撃能力等次々に新しい要求を追加していった。
もともと、司令部偵察機の成功は速度重視の明快なコンセプトを打ち出したことよるが、
陸軍の無定見な要求により膨れ上がり、ひたすら肥大化した機体は、
司令部偵察機としても他の能力でも中途半端で、とても使い物になりそうもなく、
性能推算でもキ46に及ばないだろうことがほぼ明らかになった。
そういった経緯を経て、昭和16年5月、新たに速度に重点を置いた試作指示が出された。
陸軍が提示した目標値は、最大速度700km/h以上、航続距離4,000kmという、
当時の日本としては非常に厳しいものだった。
「また、無茶言ってくれるなあ」とは、一技術者の弁だ。
これに応えて立川で新たに設計しなおされたのがキ70改である。
キ70を反面教師として、余計なものを削ぎ落としてぎりぎりまで削り込んだ機体であり、
同じなのはエンジンだけで、実際にはキ70とは似ても似つかぬ全く別の機体といってよい。


 飛行準備が進む機体に、搭乗員と思しき2人が近寄っていく。
 一人は白人女性だった。
 金の髪と赤い瞳。
 彼女の名はアルクェイド・ブリュンスタッド。
 白い服が印象的なまでに似合っており、掛け値無しの美人といっていい。
「っていうか、アルクェイド」
 隣にいたもう一人が声をかける。
「なに?」
「その格好で乗るのか?」
 一瞬キョトンとしたアルクェイドは、急にソワソワして自分の格好を見下ろした。
「何か変?」
 彼女にとってはいつもどうりの、ごく普通の格好だった。地上においては。
「いいならいいが、上は寒いぞ」
 今日は高度一万での飛行が予定に組まれている。というか、それが眼目だ。
 この高度になると、もはや寒いというより痛いという部類になる。
 冷気の固まりに殴られているような気分を味わえるだろう。
 そして彼女は後席、偵察員として乗り込むことになっている。
 話しかけたのは眼鏡をかけた男(少年と言った方がいいかもしれない)だった。
 眼鏡以外は、特にこれといった特徴はない。
 彼の名は遠野志貴。
 前席、操縦員担当である。
 メガネがパイロットなんてやっていいのかという野暮なツッコミはこの際無しだ。
 まあ、彼の視力は別に悪くない。眼鏡をかけているのは別の理由なので大目に見て欲しい。
 いずれにしろ奇妙な取り合わせではある。
 もともと、アルクェイドは非常に目立つ。当時としてなおさらだ。
 本人曰く、
「とりあえず独逸系ということにしとこうか」
 だそうだが、詳しいことは誰も知らないらしい。
 当時の日本では、独逸と同盟を結んでいたにもかかわらず、一般レベルでは白人は敵、
と思い込む人も多かった(区別がついていないともいう)。
 それ故、どこから見ても外人な彼女は相当に居辛い状況だったと思われるが、
本人は全く気にしたふうもなく、至ってお気楽だった。
 そもそも、自分が目立つ存在だという自覚が無いのかもしれない。
 彼女は何者で、どうやって知り合ったのか、何故二人が一緒にいるのかなど、
とても人には説明できなかったりするのが頭のイタイところだ。
 気になる人は彼女の名前で検索をかければ、いくらでも出てくるだろう。
 個人的には(条件付きで)大変お勧め…なのだが、それは今回関係無い。
「志貴、さっきから何わけのわからないこと言ってるの?」
「いや、なんでもない。そろそろ行くか」


キ70改の設計方針は至ってシンプルと言ってよい。
曰く、無駄を削ぎ落とす。
要求値は高かったものの、方向性がはっきりしていたのでやり易かったともいえる。
速度性能を優先し、機体は極力小型化、軽量化し、空力的洗練による抵抗の少ない形状とする。
発動機は大出力のもので、軽量、小型で燃費が良いものが望ましい。
ナセルも発動機にあわせて抵抗の少ない形状にする。
具体的に言えばそういったことだ。
そして最大の焦点となる発動機の選定は難航した。
候補としてはハ45(誉)、ハ104(四式1900馬力)、ハ111(火星25型)が上がっていた。
軍のお勧めはハ45だったとも言われるが、立川はハ104、もしくはハ111を候補にあげていた。
もともと、キ70がハ104の使用を予定していたこともあり、
三菱の技術者と話す機会があったことも影響していたとも言われる。
ハ104は、そのサイズと、特に重量にかなり問題があり、それならハ111に冷却ファンを
(これでもハ104よりはだいぶ軽い)という案もあったらしいが、
結局、出力、信頼性、発展性も考慮し、また、意外な燃費の良さもあり、
キ70から引き継いでということもあって、最終的にはハ104に決定された。


「ね、志貴」
「なんだよ」
 空中に上がってから十何回目かの後席からの呼びかけに、少しウンザリしながら返事をする。
 これまでの話の内容はといえば、やれ空が青いだの、街並みが小さく見えるだの、
どうでもいいような、とりとめのないことばかりだった。
 それでも、返事をしないと怒りだすのでとりあえず返事はしておく。
「なんかちょっと寒くない?」
「凄いな、アルクェイド。この高度で『なんかちょっと』程度なのか」
「えへへ、私って凄いんだ」
「…」
 誉めてない。
「上は寒くなるって言っておいただろ。もっと寒くなるぞ」
「…」
 一拍あって、ポンと手を打つような音がする。
「そういえば、1000m高くなるごとに気温は6.5度ずつ低くなるって、
誰かに聞いたような気がする」
 どこでそんなこと聞いてくるのかな、コイツは。
「うーん、それになんか少し息苦しい気がするんだけど」
「空気薄いからな。その為に酸素ボンベとか酸素マスクとか用意してきたろ」
「…そっか、そういえば高度が…」
「豆知識はもういいからそろそろマスクの用意しとけ」
「えー、でも言いかけて途中で止めたらみんな気になるんじゃない?」
「みんなって誰だよっ!?」
「それに、こんなの付けたら…」
「なんだよ?」
「話がしにくくない?」
「しなくていい!」
「えー? せっかく一緒にいるのに、もったいないじゃない」
 まだ話足りんのかコイツは。
「あ、ねえ、もう高度下げない」
「下げてどうするっ! 高度1万での全力飛行試験に来たんだろうがっ!」
 あ…
「? どうかした?」
「今ちょっとくらっときた…」
「あはは、空気薄いのに怒鳴るからだよ」
 誰が怒鳴らせている…、っていうかちょっとは緊迫しろ。
「あ、そうそう。気圧は大体10m高くなるごとに1ヘクトパスカル低くなるんだって」
「ヘクトパスカルって何だよっ!? この時代にそんなの使ってたか?」
「私も聞いただけだからホントにそうなのかどうか知らないけどね」
「ああ、もう、いいからマスクしろって。そろそろ危ないぞ」
 自分もその準備をしながら、志貴は疲れたようにそう言った。


飛行機の性能は、発動機の性能とその搭載方法である程度決まってしまう。
あとはより具体的な部分の詰めだ。キ70改の具体的な形状については、
いくつかの案が検討されたものの、最終的にはオーソドックな形式に落ち着いた。
形式は空冷双発、複座の中翼単葉機。
基本的に小さい胴体、小さい主翼。
小型の機体にほとんど無理矢理気味に搭載された2基の巨大な大出力エンジン。
百式司偵に比べて細長い主翼に、大きめのフラップはファウラー式。
視界は、当然だが良好であることが望ましい。
百式司偵では、下方視界確保の為主翼の前後に操縦席と偵察員席が分割されていたが、
キ70改では前席と後席を密着させたコンパクトな風防でまとめられている。
これは前後席の意思疎通の問題というよりは、キ70から一転して、機体を絞りこむ
という方向性の結果であり、一応偵察員席は主翼の後ろになる設計ではあるが、
下方視界をある程度犠牲にしたことを意味する。
ただ、細い胴体に切れ込むような風防は、操縦席がかなり後方に位置するわりには
比較的良好な前下方視界を与えたという。
また、大出力エンジンは当然燃料消費も大きくなる為、航続距離の要求も厳しいものだった。
絞り込んだ胴体は容量的にあまり余裕がなく、主翼のかなりの部分を燃料タンクとしている。
着脱が容易な構造にしたセミインテグラルタンクが多用されているのも特徴の一つだが、
基本的に高速で逃げることを前提としているので、重量をくう防弾はあまり考慮していない。
翼内タンクは自動消化装置のみである。
さらに、偵察機としての任務上、良好な水平安定性、操縦性も要求されていた。

基本ラインが決まってからは、開発は急ピッチで進められた。


「あ、ねえ志貴」
「ええい、今度はなんだっ!」
 マスクを装着しようとしていた志貴は、さすがに少々キレかけて応えを返した。
 それでも律儀に返事をするあたりが、飽きずに話かけられる一端になっている
かもしれないということまでは思い付かないらしい。
 そもそも、試作機の試験飛行というのは非常に神経を使うものだ。
 どんな問題が起こるかわからない。予測がつかない。
 もっとも、今回は排気タービンを追加装備した機体の性能テストだから、
さほど重大な問題が起こるとも思っているわけではないのだが。
 それにしたって、もうちょっと緊張感があってもいいだろう。
 そんな志貴の様子を、しかしまるで気にした風もなくアルクェイドは言葉は続けた。
「後ろからなんか付いてくるよ」
「いい加減、おまえもマスク・・・、え?」
「1000mくらい下だけど。だんだん近づいて来るみたい。
見えないとは思うけど、手を振ってみようか」
「やめなさいって。あれは・・・、液冷? ロクイチか?」
 ロクイチとはキ61、三式戦「飛燕」のことである。
「そうかな、あれって・・・アメリカ機に見えるけど・・・」
「なんでこんなとこにそんなもんが飛んでるんだよ」
「そんなの私が知るわけないじゃない」
 むしろ自慢げに、自信たっぷりに言い切ったアルクェイドは、再びその機体を凝視する。
「やっぱりP−51だよ。私は必要な知識はちゃんと蓄えてるもの」
「げっ!」
 チラリと振り返って機影を確認する。
 大丈夫、まだ距離はある。
「アルクェイド、電文打て。敵機発見。時間、位置、進路」
「んー、いいけど」
 気の抜けた返事とは裏腹に軽やかに手を動かす。
「送ったよ。で、どうするの? 近づいてきてるけど」
「どうするって、逃げるしかないだろ」
 司偵とはもともとそういうものだ。
 そもそもこの機体には、機銃1挺積んでいない。
 だから志貴は速度を上げて逃げることに専念した。


昭和18年、キ70改試作1号機完成。
当時、開発者内では「ナナマルカイ」あるいは(仮称)「飛虎」と呼ばれており、
一部では語呂が悪いと不評だったが、そのまま「飛虎」の名が定着してしまったらしい。
ちなみに、米軍のコードネームは「CLARIS」である。
同年4月、初飛行に成功。
その後のテスト飛行において最高速度は658km/h(高度6,000m)に達し、
目標値の700km/hには達しなかったものの、当時の日本の実用機を上回る速度を出している。
さらに試作2号機では推力式単排気管の採用により、速度は671km/hに向上している。
また、高高度性能向上の為、排気タービンを装備した機も試作されている。
中間冷却器を省き、ほとんど手を加えることなく排気タービンの搭載に成功している。
この機体は試験飛行において、高度10,000mで704km/hを出したとされている。


 ジリジリと不気味に詰まっていた距離は、縮まる速度がゆっくりとなり、
やがてそれ以上差が縮まらなくなった。
 とにかく速い戦闘機だと聞いていたが、なにせ向こうは上昇しながら追ってきている。
 さらにこちらの速度が上がり、今度はじりじりと差が開き始めた。
 そういえばP−51の上昇力は格別良いというわけでもない。
 少し落ち着いて、考える余裕が出てきた。
 こちらの調子は良好。エンジンも排気タービンもすこぶる調子が良いらしい。
 このまま逃げ切れる。そう、志貴は確信した。
 しばらく追いすがっていたP−51は、無駄だと諦めたのか離れていった。
「ふう」
 大きくため息をつく。ゲームじゃあるまいし、ここでどんでん返しも無いよな。
 わりとあっさりしていたのは、あるいは残燃料に不安があったのかもしれない。
「あ、行っちゃった」
 後ろで本当に手を振っていたらしいアルクェイドが、少し残念そうに呟いた。
「…あのな」
 しかしそれで相手もやる気をなくして引き上げたのかも…、いやいや、
「志貴? どうしたの?」
「なんでもない。とにかく一旦引き上げるぞ」
「えー? まだ時間あるでしょ。続けようよ。せっかくここまできたんだし」
「…」
 コイツは…
 いい根性してる。
 今まで敵戦闘機に追いかけられて命からがら逃げていたというのに。
 いや、コイツはそんな気は全然してなかったみたいだが…
「志貴?」
「あ? ああ、そうだな」
 確かに、排気タービンがこれだけ快調なことは珍しい。
「せっかくだしな」
「うん。えへへ」
 何故か嬉しそうに、アルクェイドは子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
 (遊覧飛行じゃないんだがな)
 後ろを向いてたまたまそれを見た志貴の顔に苦笑が浮かんだ。
 黙って立ってれば気品があると言っても誰も文句は言わないだろうに。
 しかし、そんなアルクェイドを見て嬉しいかどうかはまた別の、というか、
かなり微妙な問題だ。
 やはり彼女はこの方が、・・・らしい。
 本来はらしくないのかもしれないが、少なくとも遠野志貴にとっては、
アルクェイドは無邪気で好奇心旺盛で、我儘で純粋で、アーパーで能天気な
何考えてるかわからないやつだった。
 ・・・いや、ほめてるんだぞ。ほんとだってば!


試作機の段階から実戦投入されたキ70改は、その快速ぶりをいかして
数々の偵察任務をこなしていった。F6FやP−38を悠々と振り切ったり、
排気タービン装備の改良型試作機が試験飛行中にP−51に遭遇し、
これを振り切って無事帰還した等、数々のエピソードを残している。
さらに、エンジンをより高性能なハ211ル、もしくはハ214ルに換装する案もあったが、
こちらはナセルの再設計が必要となり、また、排気タービン自体の信頼性が低く、
テスト中もトラブルが多発したこともあり、即座に有効な戦力足りえたかどうかは疑問が残る。


「ね、志貴」
「ん、なんだ?」
「『大西画報』を知ってる人ってどれだけいるのかな?」
「だーっ! 余計なこと言うな!」
「しかもこれ、『大西画報』を元ネタにするつもりだったなんて、誰にもわからないよね」
「お前が雰囲気ぶち壊してるんだろうーがっ! いい加減にしろっ、このバカ女!」
「な、なによ。志貴、私のことバカにしてるの」
 むうっと、不満そうに頬を膨らませて、アルクェイドは志貴を睨んだ。
 う、これはこれでカワイイかもしれない・・・、じゃなくてだな、
「言わなきゃどうせ誰もわかんないんだから、余計なこと言うなっての。
 だいたい、ネタっていったらオレ達の方が問題かもしれないぞ」
「う、それはそうかも・・・」


 ちなみに、この時の今一つ緊張感の無い試験飛行において、高度10,000mで704km/hを
記録したといわれているが、公式な記録としては残されていない。


立川 キ70改 試作司令部偵察機 全長  :10.85m 全幅  :15.00m 全高  : 4.12m 翼面積 :30.78m2 自重  :4,550kg 総重量 :6,850kg(過荷重7,700kg) 発動機 :四式1900馬力(ハ104)×2 最大速度:671km/h(高度6,100m) 上昇限度:11,250m 航続距離:2,680km(過荷重4,000km) 武装  :7.7ミリ機銃×1 乗員  :2名 初飛行 :昭和18年4月