汎用沿岸用警備艇「沿岸警備艇1号型」(「必勝丸」型 社内名)



排水量50トン
全長25メートル
幅4.5メートル
出力440馬力
機関 海務院型焼玉エンジン220HP×2
速力16ノット
兵装 98式20ミリ高射機関砲×1
   92式10センチ加農砲×1

沿岸警備艇の建造に当って海軍はあまり乗り気ではなかった。
海軍内部からの意見でなかった事や艦隊決戦にはおよそ無関係な種類である事 何より大本営より釘をさされた「同艦艇の運用は海軍のみならず、 陸軍船舶兵によっても行なわれ得ることに留意すること。」の一言が 決定的にやる気を失わせていた。
「陸軍における編成の運用は海軍には不慣れなゆえこれは経験のある民間に委託することが望ましい」 こういってさじを投げてしまったのである。
海軍としてはこのような任務は連合艦隊でなく応酬した民間の船員に即席の訓練を与えて 使用するつもりだったからなおさらである。
かくして沿岸用警備艇開発は民間企業に広く入札される事になり、小型艦である事も合って 試作艦に公開試験を行って採用する事となった。
誰もが本命は陸軍船舶やタイ海軍軍艦を建造していた川崎造船所や海軍の委託経験の豊富な三菱が 受注するであるだろうと思っていた。ところが思わぬダークホースが現れたのである。

「北星造船」北海道は釧路にて主に北洋漁船や沿岸捕鯨船を製造していた中堅・・・といえば 誉め言葉で、いってしまえば零細なローカル会社である。
「安くて丈夫で使いやすい」これをモットーにしてた「北星造船」社長は豪語した。
「沿岸警備?用は海賊退治だろ。鯨も海賊船もそう変わるか!」大胆な発言である。
この時期「北星造船」は不振ではないが経営に行き詰まりを感じており、 新たな市場がなんとしても欲しかったのである。沿岸警備艇の公募はまさに渡りに船であった。
武装に関しては当然海軍のものは使用できないと考え町の名士の会合なので親しくなっていた地元 陸軍の連隊長を通じ陸軍の砲兵将校を顧問として受け入れた。

まず船体に関しては使い慣れている北洋漁船を大型化したものをベースにした。
当初の予定では船首部分に捕鯨船よろしく小型砲を1門搭載するはずであった。
しかしこれはすぐに取りやめになった。海の上なら遠くまで撃てなきゃ駄目だな と考え顧問の砲兵将校に聞いたところ「さすがに15センチ砲は無理でしょうけど 直射で威力があるなら10センチカノンでしょう」とのことだった。
砲兵将校に紹介された陸軍の砲は艦首に据えるにはあまりにも大きかったのである。
またこれまでの顧客である北洋漁民からの話によると
「露助の警備艇と来たらまぁ、まずはバリバリって機銃を撃ってくるんだべさ。 大砲は脅しに使うくらいでめったに狙らわんべやぁ」
との話であり艦首に据えるのは機銃がいいだろうと判断したのである。
また、「警備っていうけどまぁ、実際は難破救助がほとんどでないかい」という 漁民の声も聞き逃さなかった。
そう、彼はまさに海に暮らす者の聞いてきわめて現実的な沿岸における警備の実態 を把握していたのである。
機関に関しては最も手馴れた海務院型焼玉エンジンの大出力型を2機設置した。
これもかつて追跡を受けた漁民の経験談から 漁船に倍する速度を出さないと海賊や不審船に逃げられると判断したからである。

かくして顧問に紹介してもらった遠くまで撃てる機関銃と大砲は 98式20ミリ高射機関砲と92式10センチ加農砲となった。
機銃を艦首に据え加農砲は漁労甲板に当る広い後甲板に据えた。
また海難救助用のカッターやロープ、救命用の木材などの装備を充実させ 元来魚倉に当る部分のスペースを生かし機関室の拡大、予備救命具や弾薬庫 果ては捕獲または救助した人員を収容する蚕棚のような檻つき多段ベットまでを搭載した。
船体構造はキールや煙突、外板部分、燃料タンクなどをのぞいてすべて木製であった。
すなわち木造船の周りを鉄板で補強したものなのである。
これも「周りは丈夫で中は軽く柔軟性のあるものがもっとも耐久性が高い」という北洋漁船の 構造をいかしたものである。

試作艦一号は社内名称「必勝丸」と勇ましい名前で公開試験にかけられた。
他の大手メーカー品がこった構造や最新のディーゼル機関やガソリン機関を搭載してる 全金属艦なのに対し、この「大きなポンポン船」は嘲笑を買った。
ところがその現実的でタフなこの船はあらゆる試験を何なりとこなし さらに試験期間中ただの1度も大きな故障が発生せず、その高い信頼性や 整備の容易さは船舶兵や海軍に応酬された民間の船員や漁船員に高い評価を受けた。
また燃料が軍艦では使用できない低質の重油や重油に鯨油や魚油を混合したものでも稼動する事が 海軍から評価された。軍艦や航空機の燃料をこんなものに使われたくないからである。
そして決定的だったのは価格が他社のものの半値以下であったことであった。

採用された「必勝丸」型沿岸警備艇は正式に「沿岸警備艇1号型」と命名され 陸海軍のみならず、水上警察や日本のてこ入れしている植民地独立派の義勇軍、 友好国にも広く使用された。
当然「北星造船」だけでは生産が追いつかず多くの小規模造船所で制作され「北星造船」には 多額のパテント料が入ってきた。
儀装は陸軍造兵廠大阪工廠の埠頭で行われた。

実際に使用してみると海賊や不審船との交戦もあったが思惑通り海難救助がほとんどであった。
兵達からは親しみを込めて「ポンポン軍艦」と呼ばれ、 92式10センチ加農砲の支援砲撃はまだ制空権のある間は信頼できる側面火力として重宝され、 また、輸送船や大発の事故の最、真っ先に救援に現れるその姿は 「ポンポン軍艦命綱」ともてはやされたという。
その他、臨時の輸送任務や連絡、掃海、はしけを引くなどまさにあらゆる下働きを行い (食料が不足した地域ではなんと漁労もしたという)八面六臂の活躍を見せた。
ベトナム沖で全滅した輸送船団の乗組員救出に出動したダナン陸軍船舶隊は特に有名である。
戦後もベトミンの「アイクォック」、「ドクラップ」 インドネシア独立義勇軍の「カリマンタン」「スンダ」「バリ」など 一部が独立派の義勇兵に使用されつづけ、長く活躍したという。
特にビルマ(現ミャンマー)には7隻もの「沿岸警備艇1号型」がビルマ海軍の軍艦として 1970年代後半まで使用されつづけた。
なお「沿岸警備艇1号型」の採用で業績を伸ばした「北星造船」ではあるが、その後満州国向けの 軍艦制作に手を染め、そのための設備投資のと戦後の満州国消失による料金未払いにより倒産するが それはまた別の話である。


作者より
初めまして島風高雄です。
今回初めて投稿します。
ゲームで知り合った方からここのお話を聞き私もやってみようかと思って投稿しました。
普段は女の子を描いており(^^;;メカを描くには初めてです。
まぁなんともしょぼい艦ですが沿岸警備船用ってことで「安くて丈夫で使いやすい」 船を目指しました(^^)
これからもよろしくお願いします