対艦弾道ミサイル巡洋艦「ポンメルン」

強そうに見えないね


  排水量:2万3千トン(基準) 2万7千トン(満載) 全長:約220メートル 全幅:約27メートル
  装甲:150ミリ(舷側) 70ミリ(甲板)
  機関 ディーゼル
  速力:33ノット  航続力:20ノットで1万海里
  武装:A-4m対艦弾道ミサイル垂直発射筒(ホットランチ式)12基 15センチ砲連装2基4門
  10.5センチ対空砲連装6基12門 機銃多数 魚雷発射管なし 水上偵察機2機
  


     注 艦種類別について

「対艦ミサイル巡洋艦」は通称で、ドイツ海軍による正式な艦種類別は「突撃艦(シュトルム
シッフェ)」であった。
 
このような類別がなされたのは諜報に対する欺瞞と一般には言われているが、実情は予算を
付けやすくするためのヒトラー総統へのアピールであった。ただしこの艦の運用方法を知る
少数のものからは、どこが「突撃」なのかと揶揄された。



      建造までの経緯

1938年、ドイツ第三帝国のヒトラー総統より海軍に対し、仮想敵をイギリスとした長期
建艦計画を立案するよう命令が下った。これに応じたのがZ計画である。

この計画には、大きな問題があった。勝てない、のである。量的に到底及ばないのだ。

ドイツの海上通商路の全ては(バルト海方面を除いて)イギリス本国に扼されている。つまり、
どうしてもイギリス本国艦隊に勝利しないことには外洋海軍の任務たる自国通商路の確保が
果たせないのである。イギリスにとって自国周辺の制海権は致命的に重要だから、いざとなれば
全力を投入してくるだろう。Z計画ではイギリスはその艦隊の半数しか対ドイツ作戦に向けないと
想定されていたが(残り半数はほかの海域に向けられると見た)、そういう想定をするところが
まず間違っているのである。

ただし、もしイギリスの水上艦隊を撃滅することができたならば、イギリスは降伏か餓死かの
選択を迫られることになるだろう。残る潜水艦隊だけでは通商破壊はできても輸送船団の護衛は
できないのだ。

そういう意味で、イギリスに艦隊決戦で勝利できるか否かはきわめて重要なのであった。そこが
本国同士が遠く離れた日米と、きわめて接近している独英の違いであろう。

加えて、開戦時期の問題がある。ヒトラーの膨張政策がこのまま続いたとして、本当に十年後まで
独英開戦はないのであろうか?

この問題は悠長にH級戦艦を中心とする従来式艦隊を建設していては解決しないのである。
何か、圧倒的な兵器か戦術を、それも速急に手にしないことにはどうにもならないのである。

勢力が及ばない、という点で同じ悩みを抱える日本海軍の場合、その解決方法は陸上攻撃機と
酸素魚雷であった。

ドイツ海軍の場合、前者は役に立たない。空軍が政治的に強すぎて海軍独自の航空兵力を
保有することが許されないのである。だが、後者のように戦艦を倒せる上に艦砲をアウトレンジ
できる兵器はないものか?

そんな都合のいいものがあれば誰も苦労しないはずである。だが、そんなものがあってしまうのが
ドイツのとんでもないところである。ドイツ陸軍がそのころペーネミュンデで開発を開始した
A-4と呼ばれる兵器について海軍に情報が入ったのはそのころだった。射程260km・弾頭1t・
しかも最高速度が毎秒千五百メートル(戦艦砲弾の3倍近い)! これぞ求める夢の兵器、と
ばかりに飛びついた海軍革新派は急遽計画を見直させた(同時に空軍で研究されていたFi103の
情報も入ったらしいが、こちらは考慮の対象にならなかった。戦艦の装甲を貫通するには着速が
不足であるからだが、艦載水上機まで自軍所属と主張するような空軍との悪い関係も影響なしとは
いえない)。ただし表向きは計画の組みなおしという形がとられた。変更前のZ計画では比較的
早期に整備されることになっていたH級戦艦が後回しにされ、かわりにP1級巡洋艦を先に
整備するというものだった。



      設計について

A-4ミサイルを十分な数量で搭載するためには2万トン級の船体が必要とされた。時間的な関係上、
設計はP1級巡洋艦(実質はドイッチュラント級装甲艦の拡大型)が基礎とされた。変更点は
以下の様。

○主砲砲塔2基及びその弾薬庫をミサイル発射筒12基と交換(ミサイルの開発が難航した場合、
 砲に戻されることも検討されていた)
○航続距離の削減(ポンメルン級は対イギリス戦艦専用兵器とされていて、北海以外の海域で
 行動することは考慮されていなかった)。浮いたスペースにA-4用のアルコール燃料タンクと
 液体酸素タンクが設けられた。
○魚雷発射管の廃止
○10.5センチ連装対空砲塔を両舷1基ずつ増設(対空・対軽艦艇)
○電子兵装の大幅増設とそれに伴う艦橋の大型化(対艦捜索・標定、ミサイル標定・誘導など)


      A-4m対艦弾道ミサイルについて

   性能諸元
  高さ:14m  直径:1.7m(胴体のみ)/4.1m(翼含む)  全備重量:13t  
  弾頭重量:1t

これは陸軍で開発されていたA-4弾道ミサイルの推進システムを流用したものである。改造点は
以下のとおり。
○弾頭をタングステンを使用した徹甲弾頭に(着速が速すぎて普通の鋼鉄では持たないのである)
○誘導システムの変更
○軌道修正のため、翼面積の拡大。尾翼を大型化しただけでなく、胴体中部にも新たに翼を設けた。

運用は以下のように行われる。
1、予想戦闘開始時刻の1〜2時間前にアルコール燃料・液体酸素の注入が行われる。
2、目標の索的・確認(ミサイルを有利に使用するためには水平線を越えて位置標定を行う必要が
あり、搭載航空機や前衛部隊の活用が考慮されていた)
3、発射
4、ミサイルの運動・位置および敵艦の運動・位置の測定
5、上記のデータより、命中させるための軌道の算定を艦内の自動計算機で行う
6、ミサイルに対し軌道を修正するよう電波で指令する
7、4〜6を繰り返して目標上空にまで到達させる
8、十分に近づくと終末誘導装置(赤外線探知)が作動し、最終的な軌道変更を行う
9、命中

しかし結局この兵器は実用化ならなかった。命中まで翼で軌道修正し続ける、という点はともかく
誘導電波の受信も赤外線探知装置の作動も大気との摩擦熱で妨害されてしまうということを計算に
入れていなかったからである。

なお、この誘導システムの技術は後に対空ミサイル「ヴァッサーファル」に流用された。



      その後の歴史

突撃艦の一番艦(ポンメルン)及び二番艦は39年に起工された。しかしその直後にドイツ第三帝国は
第二次世界大戦に突入してしまったのである。当然、竣工までいつまでかかるか分からない大型艦の
建造には歯止めがかけられ、突撃艦も例外ではなかった。二番艦は解体され、一番艦ポンメルンの
工事ペースも遅くされた。だが、ポンメルンの建造の遅れには別の理由もあった。主兵器である
A-4mミサイルが基本形であるA-4ともどもいつ実用になるか知れなかったからである。

このため、突撃艦計画を推し進めた海軍の革新派はこの状況を何とかするためポンメルンの建造費を
始めとする海軍の予算をドルンベルガーとフォン・ブラウンが進めるA-4計画の援助にまわしたので
ある。おかげで艦載弾道ミサイルのシステムは幾分なりと開発が進んだが、肝心のポンメルンの
ほうはほとんど工事が止まってしまったわけである。43年、大型艦工事中止令が発せられたときも
進水前のその状態であった。

しかし、そのおかげでA-4ミサイルの開発は進んだ。そして44年6月、米英軍を中心とする大軍が
上陸してきたノルマンディーめがけてその最初の一発が発射されたのである。制空権を無視して
襲い掛かってくるこれがなければ西側諸国のフランス上陸作戦は成功し、歴史は変わっていただろうと
評する戦史家は多い。この後も西側諸国のイギリスを基地とする戦略爆撃は続けられたが、今度は
対空ミサイル「ヴァッサーファル」が爆撃機を襲った。これにはA-4m開発で得られた誘導技術が
生かされていた。こうして西側諸国の攻勢は頓挫し、ソ連だけがその攻撃を続行していよいよ
ドイツ本国へ迫ろうとしていた。

総統ヒトラーが暗殺されたのはその時であった。これをきっかけとしてドイツと西側諸国の休戦が
行われた。西部戦線・イタリア戦線からの転用兵力で勢いを盛り返したドイツ軍はタンネンベルクで
二度目の大勝利を得た。こうしてドイツは東部戦線でも休戦を勝ち取ったのである。ただしドイツに
残されたのは結局ほとんど戦前と変わらない領土であった。

戦争が終わると、再び海軍整備にも目が向けられるようになった。ポンメルンも建造再開が
検討された。原計画そのままの対艦弾道ミサイル艦は無理としても、15センチ砲及び10.5センチ
対空砲を全て12.8センチ対空砲に変え前後のスペースにヴァッサーファル系の対空ミサイルを
搭載した重防空艦案や、ポケット戦艦に改装する案、空母案など数案が出された。その中でも
注目されるのが弾道核ミサイルを搭載した案である。しかし戦後のドイツ海軍は予算不足で唯一
残った戦艦ティルピッツももてあましてモスボール処理し、その主力はポケット戦艦の生き残り
二隻というありさまで、ポンメルン竣工への予算を出す余裕などなかった。

こうして、ポンメルンは50年代初頭に完成を見ぬまま解体されたのである。



      コメント

基準排水量で二万トン台の軍艦をドイツ海軍がどうして欲しがるのかを考えていたら、こんなものに
なってしまいました。結果的にO級やP1級ばかりでなくH級をも代替するような軍艦です。敵艦隊
誘致は無理ですが、決戦時の主力支援(主力を支援するのか「主力」が支援するのかはともかく)は
主目的ですし、図体とある程度の砲装がありますので、牽制・遊撃は不可能ではないでしょう。

なお、艦名の由来のポンメルン地方にはペーネミュンデがあります。第一次大戦時ドイツは戦艦の
名に帝国の地方名を付けましたが、ポンメルンもその一つです。戦艦ポンメルンは前ド級戦艦ですが
かのユトランド沖海戦に参加し、独英両軍で唯一沈没した戦艦となりました。

注、これは競作応募作ですが、その後多少の修正を加えました。

                                2002年5月 井中かえる