フォン・デア・タン級  VON DER TANN CLASS
(フォン・デア・タン ハァハァ(;´Д`)級 VON DER TANN haha (;´Д`)CLASS )

 1938年度計画、本艦はビスマルク級やH級戦艦と連携し敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援艦として計画された大型補助艦である。

 満載排水量:30,000t以内の制限内での武装強化策として、特殊砲弾を用い大遠距離射撃を行うため主砲口径を28cmをにとどめ多数装備するという方針から、連装垂直ニ連砲という特異な砲を後部に集中配備するという特徴的な形状を持つものになった。
そのあまりにも奇怪で特殊な主砲は、開発段階から高度な機密扱いとなり、諸外国の警戒と関心を集めることになった。

 特に英国は「現在ドイツはハッシュハッシュ(ないしょないしょ。秘密のというような意味)艦を作っている」と強く警戒、クラス名のあとにハッシュハッシュをあらわす「haha」と危険(Danger)を意味するDを目立つようにわざわざキリル文字でDを表すДであらわし、さらに前後に強調用の記号をつけ括弧でくくった記号(;´Д`) をつけ区別することにした。
(英国は本艦がかつて自国で作ったフューリアスのような大口径砲武装艦であると考えていたらしい。)

これが後に米国の兵器愛好家の間で「はぁはぁ」と発音され、さらに昭和40年代のプラモデルブームの時フォン・デア・タン ハァハァ(;´Д`)として商品化されたことからわが国でもこの呼び方が定着した。

 なお、厳密にはフォン・デア・タン ハァハァという呼び方は正しくはない。英国ではhahaはアルファベットをそのまま読んでおり、またドイツでは使われた事もない。
特に「ハァハァ」には俗語で卑猥な意味があるためドイツ人はこの呼び方をされる事をひどく嫌っている。

 時折漫画や小説、ハリウッド映画でドイツ人がこの艦をフォン・デア・タン ハァハァと呼んでいるシーンがあるが、はなはだ噴飯物である。

VON DER TANN haha (;´Д`)

基準排水量 25650トン
満載排水量 30183トン
全長 186m
幅 22m
舷側装甲 220mm
甲板装甲 180mm
主罐 ワグナー高圧罐 X 10
出力 115000馬力
主機械 ブラウン・ボベリー式オールギヤードタービン X 3
軸数 3
速力 30.1ノット
燃料搭載量 重油3.700トン
航続距離 16ノットで7040浬

兵装

主砲
50口径32>28ゲルリッヒ滑腔砲垂直2連砲連装3基計12門(レクリング有翼弾使用)
副砲
15cm高射砲単装10基10門片舷5基
37mm連装機銃 4基 20mm4連装機銃 8基 20mm単装機銃 20基
航空機3
射出機1

 
フォン・デア・タン 1942.12.24 竣工
モルトケ 1943.1工期60%でヒトラーの命令により工事中止同年3月解体
3番艦以降 計画中止


艦尾方向から見たフォン・デア・タン
垂直ニ連砲が艦幅にほとんど影響を与えない事がわかる。またその低い乾舷にも注目。
解説

概要

本艦の特徴としては何といってもその異様な主砲とその配置ぶりにある。このような形状になったいきさつを知るにはその開発目的を考察してみる必要がある。

本艦は主力艦として開発されたのではない。敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援のために開発されたいわば強力な補助艦である。

敵艦と堂々と中近距離から撃ち合いをするのは目的ではない。主力決戦時には戦場から離れた場所から援護し、誘致、牽制、遊撃には安全距離を保ちながら敵に手傷を負わせられれば良い。

そのためには遠距離での敵弾に耐える装甲と何よりも快速が必要である。また遠距離では砲弾は大落下弾になる。舷側に重防御を施す事より天井防御が重要になる。また逆に天井装甲より舷側装甲を重視した艦の天蓋を小口径主砲でも打ち抜くことも期待できる。ならば大口径砲である必要もない。

また誘致、牽制、となると敵に追いかけられる事がほとんどになるだろう。何よりも後方射撃能力が必要だ。
また快速を出すには重量をすこしでも削減しなくてはいけない。また艦首乾舷は高くないといけない。高い艦首に武装を施すと重心が上がりその分船体を大きくしないと安定性にかける。艦橋や艦上構造物の位置によっては防御区画はさらに伸びる。

だが主砲を後部に集中させ弾薬庫の分散を避け防御区画を小さくすればどうだろう?本艦の目的では前方射撃能力は重要ではない。
後方射撃能力は格段に上がる。前方に防御区画がないため、艦橋や艦上構造物とは無関係に防御区画を狭められる。艦尾なら乾舷が低くても速度には問題はない。乾舷が低くてもよいのなら、主砲の位置も低くできるし、防御甲板に位置も低くできる。それは安定性の向上を意味し、また防御甲板や舷側装甲の面積も小さくできる。当然重量は節約できる。

問題は遠距離射撃での命中率であった。遠距離射撃では多数の砲弾を打ち出さないと命中は期待しにくい。しかし主砲塔をたくさん装備すると防御区画が伸びるし主砲塔の数の分重量も増える。また多連装砲塔は砲塔を巨大なものにし艦幅も増えてしまう。当然もっとも重防御の砲塔が巨大化した場合周辺機器も含めその重量は格段に跳ね上がってしまう。
高速艦に小口径砲多数搭載による遠距離射撃支援のコンセプトはつまずいたかのように見えた。
どうするべきか?速度をすこし落として連装4基か3連装3基でお茶を濁そうか?それとも、砲塔装甲を削るべきなのか?

しかし彼らはそのような手段は取らなかった。無茶な要求を無茶な工夫で何とかする。それこそが設計の醍醐味なのだと考えた。

彼らはドイツ人なのだ。

連装砲から4連装砲にした場合、砲の幅は極端に大きくなり砲塔も巨大化する。
当然ターレット幅や艦幅も大きくなる。
また、砲座、駐退機等も砲の数だけ必要になる。
垂直ニ連にした場合砲塔の高さは高くなるが砲塔の大きさそのものはあまり変わらない。
天蓋の面積も増えない。
砲座、駐退機等ターレットも若干の強化は必要だが数や大きさは変わらない。

垂直ニ連砲の完成

その日主任設計官は日ごろのストレスを発散するため休暇を取り鴨猟に出かけるはずであった。

鳥打帽をかぶり散弾銃と弾帯を襷がけにした主任設計官が目を血走らせて設計室に駆け込んできたのはその日の午前10時ごろであった。

「諸君!これだ!これだよ!」主任設計官はそう叫ぶと背にした散弾銃を抜き放ち、ぶんぶんと振り回し始めた。

設計室内がパニック状態になったのは言うまでもあるまい。主任設計官を取り押さえた衛兵は「もう少しで射殺するところでした」と証言している。
しかし主任設計官は反乱をおこしたのでも発狂したのでもなかった。

彼は散弾銃を見せたかったのである。

垂直ニ連銃。狩猟用散弾銃では良く使われている手法である。
2本の銃身を縦に束ね1本にまとめたものである。

主任設計官は衛兵を振りほどき銃を放り投げると一心不乱に図面を引き始めた。

「あ・・・」図面の一部を見た他の設計官達もたちまちにその意図に気付いた。
呆然とする衛兵を無視して彼らは一斉に担当部門の計算や作図を始めた。

「いけます!」「問題なし!」「許容範囲内!」「誤差の範疇!」

次々に賛同の声があがる。

垂直ニ連砲が産声を上げた瞬間だった。

図のとおり垂直ニ連砲はわずかな重量増でそれまでの倍の砲弾を打ち出すことができる。
無論、懸架装置や駐退機、ターレットの強化。砲身振動など解決しなくてはならない問題はたくさんある。
しかし彼らはめげない。彼らはドイツ人なのである。凝った事をすることにかけては全人類の中でも右にでるものはいない。
彼らは一つ一つそれらを解決していった。

しかし、なぜ彼等はこうまでして28cm砲多数装備にこだわったのだろうか?時間は前後するが実は当初の計画ではビルマルクと同じ38cm砲を用いる計画であった。そうなると普通の連装でも艦幅もそれなりの太さになる。3万トンでこの速度を出すには3基6門が限界である。これでは命中率から遠距離戦はできない。高速艦による遠距離射撃のコンセプトを実現するには38cmより小さな砲でないといけない。しかし昨今の艦は天井といえどもかなりの装甲をもっている。28cmや34cmでは厳しい。アイデア倒れだったのか?困り果てた時に彼らに天啓が下ったのだ。


レクリング有翼弾とゲルリッヒ滑腔砲

それは全く意外なところから振ってわいてきた。
一本の電話セールスである。

「あ、海軍艦政本部さんですか。始めまして。私はレクリング社のハンスと申します。実は今回当社で全く新しい種類の強力な砲弾を開発しましてその御紹介をしてるのですが、主任さんは明日の午前と午後どちらがご都合がよろしいでしょうか?」

普段ならここで罵声と共に電話を切るところであるのだが、今回は違った。砲を小型化できないかと血眼になっている主任設計官はこの胡散臭い営業トークにまんまと引っかかってしまった。無論どうしようもない内容ならコーヒーをぶっ掛けて衛兵につまみ出してもらうつもりでも合った。

100回に1回くらいはこういうこともある。営業マンはガチャギリを恐れてはならない。
そして人の迷惑も考慮してはいけない。
営業マンが持って来たのはレクリング社が陸軍に納入している特殊砲弾の図面であった。
陸軍で使用されているレクリング有翼弾。
左端が21cm砲用
右二つが31cm砲用
矢印はサボ
フォン・デア・タンの32>28ゲルリッヒ滑腔レクリング有翼弾
ピンクの部分が軟鋼製のサボ。
発射後分離するため最終的な砲弾幅は24cm

砲弾の威力を増すには重くするのがもっとも手っ取り早い。それには口径を増すのが一番である。

だがほかにも重量を増す方法はある。

砲弾を長くする。

誰もが思いつきすぐに行き詰まる素人考えである。長い砲弾は太い砲弾に比べ重量あたりの摩擦抵抗が大きい。また何より不安定である。縦横比が3倍を越えた場合、回転による姿勢制御は不可能になる。体積あたりの表面積を最小限に抑えて重量を増すため砲弾は口径を太くしてきたのだ。この方が長くするより手っ取り早く重量と威力を増すことができるからだ。こんな事は大砲の基本中の基本である。主任設計官の手がコーヒーカップに伸びた。

このようなものはお話にならないはずである。レクリング社はところがこんな無茶を創意工夫で何とかしてしまったのである。砲弾を重くするためには長くするという手もある!という思い付きを実現するためだけにこりに凝りまくったのである。軍人だけでなく、企業人もまたドイツ人であった。

レクリング社では発射されると安定翼が飛び出すきわめて細長い有翼弾を開発した。砲弾にはさらにガスシーリング用の分離サボまで取り付けられていた。これにより初速を向上させ砲身内での摩擦を小さくするためである。この砲弾は最終落角が高く、小さな1点に全重量をかけられるという極めて貫通力の高い砲弾であった。また有翼弾は回転して安定する一般の砲弾にくらべ空気抵抗が15%ほど落ちる。当然速度も上がり威力も勝る。

すでに陸軍での試験結果のデーターもある。21cmレクリング有翼弾は4mのコンクリートさえ打ち抜いていた。
これを拡大して28cm用にしたら・・・レクリング社としては自信を持って紹介できる砲弾であった。
契約は成立した。有翼弾を使用するため砲はライフリングをやめ滑腔砲とした。それにより砲身内での摩擦抵抗が減り初速はさらに上がるはずであった。

しかし設計局では今ひとつ満足度にかけていた。これが自分達の作ったものでないからである。外部からの売り込み。こんな安易な方法のみに頼っていたのでは黒い森で鹿を追っていた時に工夫を凝らした槍を作り上げたゲルマンのご先祖様に申し訳がない。
さらに自分達の手で砲を強力にしたい。なにかヒントはないか?
古い特許資料をかき回し、あちこち探ってみた結果、1920年代にゲルリッヒという男が猟銃で実用化していたアイデアが利用されることになった。

口径斬減砲身である。これは砲腔が砲口に近づくほど細くなり、弾丸は絞り込まれて面積が小さくなるのに推圧は同じだから弾速が極めて高くなるというものである。幸いレクリング有翼弾にはサボがある。この部分を軟鋼で作り絞らせればそれほど難しくない。

かくしてゲルリッヒ滑腔レクリング有翼弾出来上がった。

これなら小さな主砲を多数装備できる。3万トン以内の快速支援艦は可能だ。砲身寿命が短いという欠点があったが砲身寿命に考慮せよという要求は出ていない。なら気にすることはない。こうして主砲は28cmにすることに決まったのである。要求は満たし、威力は上がったのである。彼等は満足した。彼等はドイツ人であった。

しかしこの方式の砲は本当は遠距離戦には向いていなかった。
これは後知恵になるが今日の研究では回転して安定する一般の砲弾と違い有翼弾は、超高速で直進する「直進弾道部分」の有効射程部分を超えると急速に不安定になり弾道が狂うか、落下する事が知られている。落角が大きいのはそのためであるが反面不安定な弾道は命中率の悪化を意味し、直進弾道部分を越えた遠距離戦にはあまり向いていないのだ。有翼弾は「放物線部分」に入ると上手く方向を変えてバランスを摂ることができなくなるからだ。したがってこの形式の砲はむしろ大口径にして水平射撃のできる中近距離用に使用したほうがよかったのである。本艦が実戦において12門ものも砲を用意しながら命中がそれほど多くないのはそこに原因があると考えられている。

本末転倒

こうして、主砲の概要がまとまった。砲身長は50口径とし砲腔内はクロームメッキされ、鏡のようにぴかぴかに磨き上げられたものとなった。発射薬は炸薬調整用の薬胞型のほか、一番後方に詰める短い薬莢型の金属薬筒を使用し、閉鎖機は水平尾栓式とした。

また、高仰角での装填を可能とするため自由装填式とし、砲弾や弾薬は横になった状態で弾薬庫からゴンドラに乗せられてS字状の軌条の上を次々と登ってくるものとし、砲座と一体になった装填腕のチェーンランマーで連続して装填された。このシステムは日本の金剛型のものを参考にしたという説もあるが定かではない。

なお弾薬庫誘爆を防ぐため砲塔内には各所に防災壁が設けられ、楊弾軌条部にはホテルの回転扉のような防炎扉が設置された。

高初速弾の欠点である中距離での威力低下は中距離での戦闘は想定していないのだから考慮しなくても良いのであるが、完璧性を求める技術者のプライドはそれを許さなかった。彼等はより仰角を高め中距離でも大落下弾で攻撃する事にし、自由落下加速を利用して威力を増させることにした。高初速を生かし高く打ち上げて高高度から落下させるのである。飛行距離増大による命中率低下は砲弾数で確率を上げればよい。せっかく砲数を増やしたのだから。このため本艦は遠距離より中距離のほうが命中率が低くなる傾向があった。これにはもう一つだだでさえ狂いやすい弾道頂点で大気が薄くなり弾道の狂いがさらに激しくなるという理由もあったが、当時は気付かれてなかった。
最終的に砲の最大仰角は75度にもなった。
砲塔には船体と同じく側面220mm天井180mmの装甲が張られた。

彼等はこの砲配列が他国に模倣される(というよりアイデアを先に実用化される)のを恐れ、完成まで厳重に秘密扱いにした。工場は警備兵に幾重にも囲まれ、艤装岸壁には遮蔽用のスクリーンを張ったはしけが並べられた。また工員が酔った席で機密を漏らさないように工員食堂に酒場を設置し格安で利用できるようにし、さらに無料のシャワールームやクリーニング施設まで設けた。仕事を終えた工員が清潔な身なりで真っ赤に酔いどれて帰宅する様子はやがて町の風物となった。

このことが後にこの艦に「ハァハァ(;´Д`) 」などという不名誉極まりない俗称がつく遠因となるとは誰も気付かなかった。

また、この種の心配は杞憂でもあった。完成後の姿を見た各国の反応は冷ややかで侮蔑中傷気味ですらあった。どこの国もこんな怪しげな砲配列は顧みなかったし、28cmという小口径砲は時代遅れと馬鹿にされ(特殊砲弾については戦後まで明らかにならなかった)、後ろにしか撃てない配備は「卑怯艦(Cowardly ship)」「臆病艦(Chicken ship)」なる悪評まで頂いたほどであった。

さて賢明なる読者諸君ならここまで読んでいただけたらもうわかるだろう。「38cm垂直2連連装2基8門なら砲塔や弾薬庫が少ない分多少太くても3万トン以内の通常戦艦できない?」「特殊砲弾を使うのなら36cm連装3基の普通の中型戦艦じゃ駄目なの?」

正にそのとおりである。
すなわちこの艦は、敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援には遠距離射撃ができる高速艦が不可欠。そのためには威力のある小口径砲多数を搭載した細い艦がよいという無理のあるコンセプトが一人歩きをしだし、ありとあらゆる無茶なのことをしまくって、ものの見事に大遠距離射撃だけに特化してしまったフランケンシュタインの怪物のような艦になってしまったのだ。この艦に取り込まれた凝った技術を使って通常の小型戦艦を作ったほうがはるかに使いやすいだろう。
本来の目的である「敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援のための艦」から「高速遠距離射撃で敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援をする艦」に変貌してしまったのだ。

なにが彼らをここまでさせたのか?
それはチュ−トンの血であるとしか言いようがない。おそらくみな途中から気付いてはいただろう。アイデアを実現させる技術をもってすれば、何もこのアイデアにこだわらなくてもいいことを。しかし彼等はアイデアを完遂させる事そのものが唯目的化してしまった。アイデアを完遂させる工夫の喜びに溺れ、そして困ったことについに完成させてしまったのである。
目的のためにアイデアを完遂させるのではなく、アイデアを完遂させるために目的があったのだ。やはり彼等はドイツ人なのだ。

かくして選ばれた垂直2連28cmゲルリッヒ滑腔砲はその製造時の秘密性から疑惑と憶測を呼び、多大な警戒心をあおり、政治的な大注目を集め、その上完成後は、誹謗、中傷、冷笑を一身に集め、結局「ドイツは影でなにをやらかすかわからない国」とのイメージを定着させることになってしまった。
しかし技術者達は何も恥じ入るところはなかった。技術仕様には「政治的配慮」などというものは無関係である。そこにはただ
引渡後の2番砲塔のアップ

艦種: 巡洋戦艦(装甲艦)
満載排水量: 30,000t以内
用途: 敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援
特記事項:
 6〜8隻の建造を予定

と書かれているだけである。
彼等はその条件を見事に満たした事を誇りに思っていた。

そう。彼等はドイツ人であった。
その他の兵装

副砲


この種の艦艇にとってもう一つ重要な任務に通商破壊がある。その場合高価な砲弾を使い砲身寿命の短い主砲を使用するのは得策でない。そこで登場するのは副砲である。また敵航空機の脅威も見逃せない。高射砲も必要だ。

だが重量の関係で双方を搭載すると数量が極端に減らされる。そこで副砲と高射砲は共用とし、高射砲を副砲として使うことにした。ここまでならそう珍しい事ではない。通常はこのまま12.8cmか10cmの高射砲が両用砲となる。しかし彼等は違った。15cm砲を高射砲に求めたのである。これは長い主砲弾は搭載量に制限があり、値段も高額な事から戦艦以外の艦に対しては副砲で戦闘することにしたからである。

なら15cm砲を高射可能にしようとしたのか?否そうではない。そのような事をしても中途半端な砲ができてしまう。彼等は15cm高射砲を求めたのだ。何も言わない。彼等はドイツ人なのである。
早速彼等は高射砲を開発をしているクルップ社に赴き現在の高射砲開発事情と15cm高射砲の可能性について相談を持ちかけてみた。
試験中のゲラート50 15cm高射砲
左右に分けられたホッパーに注意

「15cm高射砲ならもうあります。ただ・・・」意外な答えが返ってきた。実は空軍からの要請で大型高射砲は試作段階まできていた。試製ゲラート40 12.8cm高射砲(後のFlak40)と試製ゲラート50 15cm高射砲がそれである。

だがゲラート40に比べゲラート50はせっかく口径が増大したにもかかわらず性能がそれに見合うだけ向上していなかった。空軍にしてみては予算の割に合わないものであり採用を見合わせていたものである。
しかし海軍は15cm高射砲を望んだのである。多少性能が良くても12.8cm高射砲では対艦攻撃用には意力不足であるし、副砲にまで特殊砲弾を使うわけには行かなかったからである。

かくしてお蔵入りになっていたゲラート50は副砲として採用された。クルップ社にとっては廃物利用のようなものである。開発費をいくらか回収できるだけでも御の字であった。両者は固い握手を交わした。

ゲラート50は砲尾部に10発入りの砲弾ホッパーを備えており、薬莢式の砲弾を毎分6発の連続射撃で撃てるようになっていた。その装填排莢は完全自動化されており、すべてのシステムごと仰角を取るようになっている。

この構造上から連装はあきらめられ単装砲となった。楊弾は5発ずつまとめた物を2基の楊弾塔で一気に左右のホッパーに挿入する方式がとられた。配置は両舷に5基5門が一列に配され最も前方のものだけが一段高くなっていて艦首方向への射界を持っていた。これは通商破壊時に逃走する商船を追撃するためである。軍艦からは逃げるが商船は追いかける。卑怯艦の真髄は正にここに極まった。
副砲砲塔は全面と天井部分のみ180mm装甲が張られ側面は薄い波除板しか張られていなかった。これは大遠距離線で副砲が破壊されないためであった。商船は打ち返してこないのだから問題ない。また前面は近距離で巡洋艦の20cm砲にも耐える。当然砲は敵の方を向いているのだから。
結果的に見て結局中途半端な砲になってしまった様に見えるが、彼らにはそうは写らなかった様である。全く困ったものである。

対空機銃
対空機銃として37mm連装機銃 4基 20mm4連装機銃 8基が装備された。しかし建造中に航空機の脅威が増しているされ、20mm単装機銃が20基増設された。


航空機
艦橋下部の格納庫に3機の弾着観測機が搭載された。高い乾舷を持つ艦首楼の甲板には1基のカタパルトが埋め込まれており。合成風をも利用できるため大型機の発艦も期待できたが格納庫に収まらないため搭載された事はない(計画だけはあったらしい)。収容は起倒式のクレーンで行われた。


その他
機関室の上の部分のスペースには内火艇が置かれた。通商破壊時に降伏した商船に向かう捕獲班や破壊班を迅速に出動させるため専用のクレーンも用意された。
煙突には後艦橋に排煙がかからないように上方へ吹き上げらせる仕切り板が内蔵されていた。
本艦において戦闘指揮所は後部艦橋にある。司令塔も後部艦橋に設けられた。前方のマストは予備である。予備マストには予備の一回り小型の測距機が置かれた。操艦はもっぱら全部艦橋で行われた。


防御構造

図は本艦の防御構造と装甲配置図である。本艦は戦闘距離を3万〜2万を想定し防御力もそれに準じている。
装甲板の材質はニッケルクロームモリブデン鋼を採用している。
基本的に本艦は艦外天井部での防御を主としている。しかし万が一に貫通を受けた場合に備え主防御部に予備の装甲を持っておりその端を艦底まで降ろして水雷防御としている。

また敵戦艦の奇襲など万が一近距離で攻撃を受けた場合副砲弾薬室の誘爆を持って砲弾を食い止めるよう配慮されている。そのため他に被害が広がらないように副砲弾薬室の周りには空間が多数設けられた。特に副砲弾薬室の周り水密区画にはアスペクトがつめられ延焼を防いだ。

舷側装甲は20度の傾斜が設けられており、下部が「くの字」に曲がっている。これは、舷側を滑ってきた砲弾を海中にはじき返すためである。このため舷側装甲版は製造時に片面が「くの字」になった2個の型で挟み、杭打ち用のディーゼルハンマーで鍛えられた。天井装甲はローラーで鍛えたのでブロックあたりの面積は舷側装甲より広い。

水中防御の膨らんだ部分はバルジではなく最初から艦構造として作られている。防御部分を少なくするために罐室、機械室、弾薬室はすべて集中されている。一応弾薬庫は上部に空間を設けて損害を食い止めようとしているが、貫通を受けた場合激しい損害が出るものと予測される。

無防備の区画は重要削減のため薄い普通の鋼材製で、艦内の壁や床は片面をハニカム状にプレスしたものを使用して強度を保っている。外板部分も主に10mm高張鋼板でできているが、これまでの艦と比べ肋材減らし縦通材を多くすることで強度を保っている。

また多くのドイツ艦同様に全面溶接工作で製造されている。

闘うフォン・デア・タン!

1942.12.24フォン・デア・タンは無事竣工した。本艦に対する疑惑のため何度も爆撃を受けたが幸い大事には至らなかった。

しかし2番艦のモルトケは爆撃のため工事が遅れ60%しかできていなかった。

同年31日のバレンツ海海戦の敗北は両艦の明暗をわけた。この敗退に怒ったヒトラーは戦艦解体を指示。この命令によりモルトケは工事中断、解体されてしまう。

1943.10.3フォン・デア・タンが戦場に投入されたときもはや守るべき主力艦は身動きが取れなくなっていた。前月の21日深夜アルタ・フィヨルドでドイツ最期の戦艦ティルピッツは火柱を上げて爆発した。英潜航艇(X艇)2隻が4発の特殊爆雷を仕掛けてたのである。

フォン・デア・タンはとりあえずノルウェーに進出。シャルンホルストと行動を共にすることになった。

同年12月25日、ベイ提督指揮の下、シャルンホルストと駆逐艦5隻とともに援ソ船団攻撃のためノール・カップ北方に出撃。翌日たれこめる霧の中ヨハンソンひきいる駆逐隊とフォン・デア・タンは別個に敵艦を求めシャルンホルストより離れ索敵を開始した。
駆逐隊は何も発見できなかったが、フォン・デア・タンはレーダーで輸送船団を発見。副砲のレーダー射撃でこれを攻撃し始めた。しかしその頃シャルンホルストはバーネット率いる巡洋艦3と接触。敵を過大評価してしまったペイ提督はフォン・デア・タンに救援を求めつつ撤退を開始した。

商船3を沈めたところでフォン・デア・タンはシャルンホルストと合流を図るため撤退を開始。だがシャルンホルストはフレーザー指揮下のD・O・ヨークと交戦大破してしまう。これに対しフォン・デア・タンはレーダーを使って周りを回るようにしながらD・O・ヨークを砲撃する。
業を煮やしたフレーザーはフォン・デア・タンの追跡を開始。しかしフォン・デア・タンは霧の中を逃げながら火のついたD・O・ヨークを一方的に打ちまくる。ついにはD・O・ヨークの一番砲塔天蓋が撃ち抜かれ弾薬庫が誘爆。前部2基の主砲が使用不能になった。

ここに至って追撃をあきらめたフレーザーは撤退を開始した。このときフレーザーが思わず口にした「卑怯艦め!(Bloody cowardly ship!)」が本艦に向けて放たれた最初の罵倒であった。
この追跡劇の間にシャルンホルストは何とか撤退し沈没はまぬがれた。

その後もフォン・デア・タンはドイツ北方艦隊最期の稼動大型艦としてムルマンスク行きの輸送船団を襲撃。商船を見れば攻撃、護衛が来たら逃げながら多量の砲弾を打ち込んでくるという戦法に徹し、「卑怯!」「臆病!」「腰抜け!」「汚い!」というあらゆる罵詈雑言を浴びながら生き残りを図っていた。
テルピッツに対する爆撃が本格化すると今度は対空砲台として活動し始めた。アルタ・フィヨルドの外の外洋でぐるぐる回りながら高射砲を撃ちテルピッツを援護した。その姿は女王を守る騎士のようであったが普段からの評判の良くない戦いから「北方の姑息な騎士」という名前を新たに頂くことになる。
しかしそのかい空しくテルピッツは1944年11月12日、5トン爆弾の直撃3発、至近弾多数を喫し、転覆水没。
戦局が悪化してきた事もあり、主人を失ったフォン・デア・タンは本国に帰還することになった。

フォン・デア・タンの最期

フォン・デア・タン帰国の模様。諜報機関からの情報に英国海軍はいきりたった。あの汚い卑怯艦を生かして帰すな!英国海軍はこの巡洋戦艦一隻をしとめるために全力を上げることにしたのである。
それは下記のような陣営であった

A戦隊 ネルソン、ロドネー
B戦隊 KG5、DOヨーク、アンソン、ハウ
C戦隊 Qエリザベス、マラーヤ、バリアント
D戦隊 レナウン、ニューキャッスル、シェフィールド、ベルファスト
    駆逐艦12

E戦隊 フューリアス、インプラカブル、インディファティガブル

もうなりふりかまわぬ陣容である。フォン・デア・タンがいるがゆえ対日戦に投入する予定ができなくなっていた艦を含め
英国本国艦隊やその他集められるだけの艦すべてを投入したようなものである。
1944.12.23
その朝フォン・デア・タンは駆逐艦3隻を引き連れノルウェー沖12マイルの北海を一路南下していた。その上空にクラシカルな複葉機が飛来。張り付き始める。ソードフィッシュだ。E部隊からの偵察機であろう。
フォン・デア・タンは結局その最期までE部隊からの艦載機に散発的な攻撃を受けることになる。2時間後西から英国D戦隊が接近、3時間にわたる追激戦が始まる。
この戦いでフォン・デア・タンはいつものように距離をとりながらの遠距離砲戦でレナウンを大破させ、シェフィールドを撃沈している。しかし時折飛来するバラクーダ攻撃機の爆撃(命中弾はなかった)やD戦隊の運動によりノルウェイ沖3マイルのあたりまで押し込まれていた。
11:40ごろ今度は南西より英国C部隊が現れるフォン・デア・タンは射界を得るため斜めにますます岸に近づいていく。そのような中でも砲撃を続けマラーヤが命中弾を浴び黒煙が上げ速度ががくんと落ちた。フォン・デア・タンも命中を受けているが遠距離砲戦での防御は十分で今のところ致命的な被害はない。逃げ切れるか?そう思ったときであった。
フィヨルドの中から6隻の戦艦が現れ、フォン・デア・タンの行くてを塞いだ。フレーザー率いるA戦隊、ならびにB戦隊である。距離12000。フォン・デア・タンは前方には発砲できない。後ろを向けようにも後方からはマラーヤを分離して迫るC戦隊とD戦隊の生き残り。フォン・デア・タンは完全に包囲された。

「全力で突っ走れ!」フォン・デア・タンは中央突破を図る。猛烈な砲撃がフォン・デア・タンを包む。フォン・デア・タンの華奢なマストや薄い外壁が次々と剥ぎ取られていく。必至で抵抗するフォン・デア・タン。だがついにロドネーからの40cm砲が2番砲塔に命中。大きな砲塔がつぶれ火災が発生する。この時上空からこの様子を見ていたバラクーダの通信士が送った電文があの有名な

「フォン・デア・タン haha、燃え燃え〜(VON DER TANN haha is burning! say again burning!)である。」

この後の戦闘は悲惨の一言に尽きた。フォン・デア・タンは計8隻の戦艦に囲まれ、近距離から集団で撃たれ、小突かれ、弄られ、かわるがわる次々と主砲を打ち込まれた。逃げようとするフォン・デア・タンをあざ笑うように英国艦が進路を抑える。砲弾が貫くたびフォン・デア・タンの細い船体が震え、中で炸裂するたび割裂からどくどくと重油が溢れ出す。やがてフォン・デア・タンを被う艦上構造物が崩れ、装甲は引き裂かれ、大きな砲塔はもみつぶされる。フォン・デア・タンの破損した霧笛が泣き叫んでも英国艦隊は砲撃を止めようとしなかった。
まるで狂った野獣のようにその主砲を突き立てお構いなしに中で炸裂させていた。フォン・デア・タンの無防備部分はちぎれ、甲板は溢れ出す重油に濡れ、全身は炎に真っ赤に染まる。もはやすべての機関が停止しふらふらと揺れるフォン・デア・タンはもう完全に英国艦のなすがままであった。海面にぐったり横たわり何も抵抗できずにただただ英国艦に身を任せていた。それでも英国艦はフォン・デア・タンを後ろから前から貫きつづけ、その中で主砲弾を何度も何度も炸裂させつづけた。そして12:28分ついに力尽きにフォン・デア・タン波間に消えていった。
それはまるで汚されたその身を恥じ、隠れようとしてるように見えた。それでもなお英国艦は水面を撃ち続けた。駆逐艦は爆雷までばら撒いたという。
生存者はなかった。海面には何も残っていなかった。ただ炎上する重油だけがそこに確かに何かか存在していた事を主張していた。やがて小雪が舞って来てその炎すら覆い隠す。まるで神が惨状を見咎めているかのように。
英国艦隊は淫らな欲望を満たし満足したフーリガンのように意気揚揚とその場を引き上げていった。

後にゲッペルスは多数の戦艦にたった1艦で立ち向かった英雄としてフォン・デア・タンをたたえる演説をしたが、英国側はそうはおもわなかった。
「ベルゲン沖の陵辱」英国がつけたこの名がこの海戦をすべて物語っている。

灰塵社 月刊「世界の戦艦」4月号増刊「激闘!ドイツ戦艦史」より抜粋





作者たわごと

どうもでした〜。島風高雄です。
この作品はとあるネットゲームのチャット上でWW1次の巡戦「フォン・デア・タン」を表した発言「フォンデアたんハァハァ(;´Д`) 」から始まってます。(^^)
今回ドイツ巡戦との話を受け真っ先にこの名前だけが決まりました(^^)
ハァハァ(;´Д`) を「ハッシュハッシュ」の省略という形で考えたので、条件を満たした上でなるべく奇天烈な艦をとしてアイデアを練り始めました。

まず三景艦のようなドーラ搭載艦。これはあまりにも発射速度が遅いので×。
それ以外の大口径砲搭載艦はフューリアスとあまり変わらないのでインパクトにかける。
重雷装艦もすでにやっている国がある。
ロケットはこの設計時はまだたいしたことないし、ドイツ=ロケットもよくある手法だ。
やるなら小口径砲多数。それも特殊砲弾を使って大遠距離戦。ロケットアシストは砲弾重量が下がるので却下。高初速で高高度打ち上げによる自由落下加速による威力増。

そこでドイツ軍関連の資料をあさり1939年現在で使えそうなものを探してゲルリッヒ滑腔レクリング有翼弾という奇天烈なものを作ってみました。
ただこれでは見かけはあまり奇天烈ではない。
もっとドカンとインパクトのあるものを…大遠距離なら砲がたくさん必要だよなァ…有翼弾はそれでなくても弾道頂点で不安定になり命中率落ちるだろうし。砲をたくさん積んでそれでいて重量増を最小限にとどめるには…といろいろこねくり回しているうちに垂直2連砲というものをひねり出してみました。
艦尾集中はそれ以前に決まっていたのですが。大遠距離戦に必要な数を出すために悩んではいたのです。垂直2連を思いついたときに「連装3基で12門!これはいい!」と驚愕しました(^^;;

今回のコンセプトは逃げ射ちです。主砲の艦尾集中。このようないかれたアイデアはまだ出てないだろうなぁと思いまして。(^^;;無論主力前衛や突破攻撃には向きませんが、敵艦隊誘致、牽制、遊撃、決戦時の主力支援との事でしたのであえてこの配置を試みてみました。追跡艦は前方砲4〜6での大遠距離戦ならまず当たらないが、こちらは全力射撃ができる。その時敵と同速にすれば距離位置もほぼ一定という条件での戦いになるので大遠距離戦で敵艦隊誘致、牽制、遊撃において有利に立てるでしょうし、決戦時の主力支援なら敵主力は味方主力に手が一杯だろうから遠くからこそこそ撃つと…うーん卑怯な船だ(^^;;


今回の要求内容を見て、これはアラスカや超甲巡のようなものか、低装甲、大火力の巡戦の復活のようなものを求めてるのかなと思いましたので、あえてすこし外してみようとおもいまして大遠距離専門艦という船を出してみました。
後は、ドイツならドイツらしくとにかく無茶な技術や屁理屈で固めしっちゃかめっちゃかな方法を取ってあえて普通の方法でない形でアイデアを実現化する。という形を再現してみようと思いましたがいかがでしょうか。
垂直2連砲は全くのオリジナルですが、排水量制限がなかったり、どうしても小口径多数でなくてもいいのなら、普通に配列してその分大型砲を積んだほうがかえって有利でしょう(^^)。

なお、レクリング有翼弾もゲラート50 15cm高射砲も実在します。ゲルリッヒ砲も特許は1920年代と聞いてますので真剣に探せば実用化可能でしょう。
もっともこんな事はここの皆様には釈迦に説法かもしれませんが(^^;;
ゲラート50がお蔵入りになった理由が手元の資料では「これといったセールスポイントがなく」としかなく次のゲラート60で「発射速度を毎分9発の連続射撃に伸ばす要求」とあったので発射速度がそれより劣るが伸ばせる要求が出る範囲内と考え「毎分6発」としてみました。確かに高射砲としてはいまいちでしょう。
レクリング有翼弾も「ベルギーのリュージュ郊外の要塞を撃った時21cmレクリング有翼弾は要塞のペトン砕石を貫通し地下36mの倉庫に突入。倉庫の床を貫徹して爆発」とありますから相当の物だったのでしょう。

本艦の無説明な点があるとしたら生産性でしょうか。これは「6〜8隻の建造を予定」とはありますが。「どのくらいの期間で」という要求はありませんでしたので(^^;;技術や予算的に一つしか作れないような物で無ければ良い。とあえて無視しました。m(_ _)m
それに実際1938年度計画艦なんて実際に作れるのかなぁと思うとこもありまして。ヒトラーの1943年1月の命令もあるし。本艦の1942年12月24完成もちょっと苦しいと思います(^^;;

それでは今回ははっきり言って「火葬」がたっぷり入ってしまいましたが、曲がりなりにも屁理屈で説明できる範囲内と思ってます。
しかもあれこれ工夫した挙句目的は果たしたが実は致命的な欠陥があるという、思いっきりドイツっぽく(^^;;
皆様のご批判ご意見をお待ちしております。m(_ _)m

2002.3.末
島風高雄