Curtis XF14C Seahawk

発端

1940年9月の米海軍艦上戦闘機の提案要求を受けたカーチス社は迷走していた。経営陣は艦載機のカーチスというかつての栄光の再現を夢見て乗り気だったが、現場は陸軍のP-40の改良・増産と海軍のXSB2Cの開発を抱えてそれどころではなかった。しかも海軍の要求にはこの艦上戦闘機が本命であるF4Uの予備でしかないことが明記されている。しかし当面の栄光(即ち利益)を追い求める経営陣はP-40及びXSB2Cの開発チームから技術者を引き抜いて開発チームを編成し、最優先課題として新艦上戦闘機の開発に当てることとした。無論それまでの仕事と兼任で。名門カーチスといえど技術者にゆとりがあるわけではないのだ。

誤算

彼らの主観からすれば実りの無い作業からさっさと開放されたい技術陣が僅か二日で作り上げた設計案Type 87Nはイギリス向けに量産を開始したばかりのType 87AのエンジンをR-2600に挿げ替えただけの代物というおざなりなものだった。これはある意味F4Uが採用された1938年の海軍戦闘機コンペに提出したR-2600搭載P-36発展型以外の何物でもなかった。彼らは見つけることさえできれば当時の図面をそのまま日付を変えて提出するつもりだったのだ。しかし彼らは自分達の会社の営業力を過少評価していた。計算上は要求性能を満たせることもあり、既存の生産設備の流用による量産の容易さを前に出したプレゼンテーションは海軍が求めていた確実かつ早急な新型機の確保という命題に答えていたのである。かくして提案要求から一月も経たないうちに試作機の製作が発注されることなる。

災厄

ここで問題が発生した。現在生産中のType 87は全てイギリス向けに振替えられたKittyhawkであり、その後も陸軍のP-40D/E契約分が並んでいた。勝手に生産ラインを海軍向けの試作機に流用するわけにはいかなかった。これを解決したのはまたしても老舗カーチスのセールスマンだった。彼らはこの設計案をイギリス政府に売り込んだのである。ノースアメリカンにMustang Iを発注したもののテストにおいてアンダーパワー気味という不満を持っていたRAFはこれに飛びつき、イギリス政府は量産の際には一定数を優先的に確保できるという条件の元で生産ライン上のKittyhawk I2機の流用を許可した。これを聞きつけた陸軍もXP-47Bの開発が思うように進んでいなかったこともありType 87Nを20mm機関砲装備としたものををXP-46Bとして試作を要求する始末となった。馬力増大と重武装化によって少なくともP-40よりはマシな邀撃機にはなるだろうという訳である。喜ぶ経営陣を尻目に技術陣は降って湧いた災難に右往左往する羽目になった。

誕生

最終的にType 87Nは生産ラインを陸軍が、試作のベースとなる機体をイギリスが、そして開発費を海軍が提供するという形で陸海英三者合同試作となった。フィージビリティの確認を目的とした試作一号機は1940年12月にXSB2C-1の機首部分をそのままKittyhawk Iに移植し、フェアリングを現物合わせしただけというツギハギ状態で完成した。前方視界不良といった図面段階で予想されていた問題に加えて高速時には各所に振動が発生し、エンジンはオーバーヒート気味であったが、Type 75の経験から空力整形を洗練させることでこれらの問題の多くは解決すると思われた。これらの対策を行った二号機の一号機との外見上の変更点は以下の通り。

原型となったType 87Aに比べて燃費は悪化するものの、コクピット床下の燃料タンク増設(約60gal)及び150gal大型増槽を使用することで海軍の要求値をクリアすることとされた。生来の機体の頑丈さのために艦載機化に伴って特に機体構造の強化を行う必要が無く、これらの変更による自重増加は100lbに収まった。 かくして1940年3月10日、カーチス製戦闘機の伝統に基づきXF14C-2 Seahawkの名前を与えられたType 87N二号機は進空した。

XF14C-2諸元
自重: 6450lb (2932kg)
全備重量(正規): 8830lb (4014kg)
全備重量(過荷): 9750lb (4432kg)
翼幅: 27'4" (8.33m)
全長: 29'9" (9.07m)
高さ: 10'7" (3.23m)
翼面積: 236 sq.ft (21.93m^2)
最大速度: 400mph弱 (@15000ft、計算値)
(640km/h)
航続距離: 1150mile (150gal増槽装備、計算値)
(1850km)
武装: 0.50"機関銃x4、500lb爆弾x1、20lb爆弾x6


言い訳