攻撃型防空空母「ケープ・コッド」級


ケープコッド級3番艦:CV-10「バンカーヒル」


 性能諸元

 全長:248m(飛行甲板長も同じ)
 艦体幅:28m
 飛行甲板幅:33m
 全幅:45m(カタパルト展張時)
 喫水:8.1m
 基準排水量:24500t
 満載排水量:29800t
 主機:高圧蒸気タービン4基4軸、120000馬力
 最大速度:33kt/h(実際は31ktがせいぜいだったという)
 航続距離:16ノット、15000海里
 装甲:水線装甲50mm、水平装甲25mm、火薬庫部分のみ50mmを内張り
 高角砲:38口径127mm砲連装4基8門
 対空機銃:40mmボフォース速射砲4連装8基32門(高射群に固定配置)
      20mmエリコン機関砲連装16基32門(同上)
      20mmエリコン移動機関砲座連装24基28門(防空戦闘時、格納庫開口部に移動、配置)
      その他機銃を積んだ自走車両を適宜に使用
 搭載機数:飛行甲板上最大60機、格納庫内最大45機
      ※ただし、戦闘機3個飛行隊+爆撃機2個飛行隊の編成の場合
      ※中型爆撃機24機(B-25クラス)+護衛戦闘機1個飛行隊という搭載編成も可能だった

 カタパルト:飛行甲板上2基(H-4B型)+格納庫からの張り出しカタパルト4(H-5型)基、合計6基
      ※H-4B型は史実と同じ。H-5型はH-2型の改造で、かなり構造的に無理をしていたという。
       射出性能は、H-4Bが8.1tを78ノットまで、H-5は4tを70ノットまで加速した。

 エレベータ:艦中央部:13m×13m、最大搭載重量8t、基本的に戦闘機専用
       艦尾右舷側:20m×20m、最大搭載重量30t(一部艦はのちに50tまで強化)
 この空母のコンセプトはずばり「防空空母」である。  これについて少々事情を書く必要があるであろう。  この当時のアメリカの仮想敵国は言うまでもなく日本である。  当時の日本側の主力兵器で、アメリカ側が恐れるに値するものは何だったか。  「世界で最もバランスが取れた艦隊」といわれる連合艦隊自体もさることながら、  まずは渡洋爆撃を成し遂げた長距離爆撃機(つまりは96陸攻のこと)が脅威であった。  アメリカとしては日本側がもくろむ漸減作戦の全容をつかんでいたわけではないのだが、  艦隊決戦にこのような長距離爆撃機を介入させられては、決定的とは言わなくとも、  戦術面で不利になることは明白であった。  戦時量産体制に入った場合、アメリカの工業力は日本を押しつぶすに十分なものがある。  そう、時間さえあれば確実に勝てるのだ。  しかし一方で現有戦力の損害を最小にとどめるにはどうするか、  またその使用効率を高めるにはどうすれば良いか、ということは、  この当時でも俎上に上げられなければならない課題であった。  今回の要求にある、 ・機銃装備に充分なスペースを確保する事 ・飛行甲板以外(格納庫等)からも搭載機発進機能を持つこと  から考えると、この空母は陸攻から自国艦隊を守るための「防空空母」としての  位置付けになってしまうのであった。  格納庫は1層、一部2層というシンプルなもの。基本的に開放式である。  問題は、格納庫からおのおの30度の角度を持って両舷に広げることができる、  計4本のカタパルトである。  このカタパルト、パナマ運河などを通過する場合や非作戦時にはクレーンで上方に畳まれるが、  作戦時になると左右に展開し、現代で言うアングルドデッキを思わせる張り出し方になる。  あまりの形の異様さに、日本側では「カンザシ」「ハリセン」とのあだ名がついたこの装備だが、  結論は明白である。  同時発艦機数を極限まで増やす工夫なのだ。  カタパルトの総数は、この4本に加え、飛行甲板に2本あるので計6本。  作戦時の搭載機数90機を、短時間で急速発進させることができる。  格納庫カタパルトは、一つのカタパルトにつき4機の艦上戦闘機を即時に発進させることが出来る。  それが4本で、合計16機が出撃命令が出て5分以内に出撃できる。  別に29機分の機体をここには収容できるが、これもカタパルトに運べば発進可能である。  完成直後に行われた実験では、格納庫内の45機を、10分半で全機発艦させている。  また飛行甲板上には、通常で50機+αの機体を搭載できる。  機体運搬任務ならば格納庫+甲板で、最大110機を搭載し運用することが出来る。  通常の作戦では、艦載機の大型化もあって90機または72機の搭載が標準であった。  この「カンザシ」だが、航空機を発艦させたあとは対空砲を置くための張り出しになる。  計画では20mm機関砲を対空砲座に台車をつけた代物をそこに移動させ、  濃密な対空砲火網を短時間に構成しよう、との考えだったが、  実際には少しでも波が高いとこんなものは使い物にならず、後期建造艦では格納庫のカタパルトごと  潰して、すべて20mmの固定砲座になったという。  例外的な状況だが、高射砲の数が足りないために、陸軍の自走高射砲である  M15(37mm×1、12.7mm×2をハーフトラック上に装備)を10台ほど、  そのまま積んだ艦もあったらしい。  エレベータは2基。  艦中央部に戦闘機用のものが1基。  そして艦尾部に20m級の超大型のものが1基ある。  これは一回のエレベータ動作で多数の機を飛行甲板に上がられる工夫であった。  また1基を大型にすることで、エレベータの個数を減らすことも考えにあったようだ。  そのため米海軍は急降下爆撃機などに過酷なサイズ制限を課す必要はなくなり、史実で言うSB2Cの  ような「機体のサイズがエレベータに左右されたために性能が悪化した」機体は生まれず、  代わってより大型かつ安定した性能を持つ新型急降下爆撃機が各社から開発され、  各種艦載機もまたそれに準じた、余裕のある性能のものにすることができたのである。  このエレベータのため、副次的に大型機の搭載が可能になり、B-17はさすがに無理だったが、  B-25やB-26なら余裕でエレベータでの運用ができることになった。  しかもこれらの機体ですら格納庫への搭載が可能になるので、空母から重要目標へそれなりの数 (30機程度)の陸上爆撃機を発進させることができるということ(史実でのドゥリットル隊の任務)  も可能になった。  当然ながら大戦末期にはこのクラスの爆撃機を輸送する任務にも使われている。  さらには、大戦中期にはB-25による着艦試験も行われて成功したというから、  こうなると中型爆撃機による特定目標への反復攻撃も可能になり、  つまりは戦略級運用が出来る航空母艦としての機能を有することとなる…。  今で言う弾道弾搭載原潜の役割をも果たせる艦になってしまったのだ。  実際にはそこまで過激な運用はなかったが、後述するように、戦後に原爆搭載機用の母艦に  なった艦も少数存在している。  通常の場合、この空母には戦闘機3個飛行隊、偵察爆撃機1個飛行隊、状況により戦闘機または  急降下爆撃機1個飛行隊を追加、総計5個飛行隊90機を搭載することとされた。  雷撃隊がないのは、米海軍が雷撃機を軽視していたとかそういう理由ではない。  構想がそもそも違うのだ。  この空母を攻撃的に運用する時には、いわば制空権奪取用空母になるのである。  作戦としては、敵空襲圏に入り次第艦載機を待機させ、偵察機を四方に放ち哨戒線を築く。  いざ敵攻撃隊が来たらば、圧倒的な数の戦闘機を短時間で上空に放ち、  それによって味方艦隊の遥か手前で敵陸攻の攻撃を防ぐ。  そのあとは、敵空母機動部隊を発見し次第、戦闘機主体の攻撃隊を放ち、  主に敵護衛戦闘機隊の戦力を削っていく。  可能なら急降下爆撃機で飛行甲板を叩いて、発艦不能に陥れる。  航空機のない空母機動部隊など存在意義はないのだから、決戦前の無力化ならばこれでいい。  わざわざ母艦まで沈める必要はない。  なお一応魚雷倉庫は建造当初から用意してあり、後期艦ではちゃんと雷撃機一個飛行隊を  標準で積めるようになっている。  一方防御に関しては、艦を軽量級にまとめるために、ワスプ級並みの超薄弱防御しか施していない。  舷側防御すら2インチしかないのだ。  防水隔壁はかなり細密化されているが、直接防御はお世辞にも充実しているとは言いがたい。  一方機関出力は、設計のベースとしたワスプ級の2倍。  最大速度は33ノットで、決して遅くはない。  ということは、艦艇同士の近接戦になったら…。  この艦は真っ先に逃げる!のだ。  しかし考えて欲しい。  この艦の構想は、そうなる以前に敵艦隊&航空隊を発見し、先に殴りかかるためのものである。  敵艦に対して踏みとどまって戦うような艦ではもともとないのだ。  あくまで航空戦に特化した空母なのである。  言い方を変えると、(基本的な運用は)主力艦隊のエアカバーのために用意された  移動飛行場以上ではないのだ。  よってこの行動を責めることは出来ないだろう。  そのうえでの万一に対しても、十分な質と数の護衛艦艇をつけることで備えになるだろう。  33ノットの速力があれば、仮想敵艦の速力が35ノットあっても、その差は毎時2ノット。  よって有効距離まで追いつかれるまでの時間はある程度稼げる。  友軍の支援が得られれば、そのあとでも逃げ切れるので問題はないと考えられた。  実際の運用では、防空能力の向上を兼ねて、アトランタ級防空巡洋艦を始めとした、  一定数の水上艦艇を貼り付けたので、これらの点はほとんど問題にならなかったようである。  1番艦「ケープ・コッド」は1940年12月に建造開始。  以下、続々建造された艦は、主に独立戦争や南北戦争の戦場が主な艦名となった。  2番艦「ゲチィスバーグ」、3番艦「バンカーヒル」、4番艦「タイコンデロガ」といった具合に。  最終的にこのクラスの艦は太平洋戦争終結までに28隻が建造され、その後多くの艦は退役したが、  一部の艦は、戦後に艦首延長・下部カタパルトデッキの撤去・アングルドデッキへの改装を行い、  朝鮮戦争にも参戦した。  またP2Vによる原爆攻撃用の艦となったものもあったが(27番艦「コンステレーション」と  28番艦「コンスティチューション」)、後に再改装されアングルドデッキ型の通常空母となり、  最終的に1960年代末まで活躍、ベトナム戦争の初期にも参戦した。  もともとエレベータの大きさと搭載可能重量に余裕があったため、両艦はなんと艦上戦闘爆撃機  F-111Bを艦上運用できたはずなのだが、そのときの国務長官マクマナラ氏の鶴の一声で、  この計画はキャンセルされ、2隻も新型原子力空母の就役と共に程なく退役した。  この2隻が、このクラスで空母として運用された最後の艦であった。  他に練習空母、強襲揚陸艦に改装されたもの、中には高速輸送船になった艦もある。  2002年現在、わずかに「コンステレーション」1隻のみがニューヨーク港沖合いに、  記念艦として保存されている。  (扱いは史実での「イントレピッド」に相当)  この艦の上空を同時多発テロ事件で乗っ取られた旅客機が通り過ぎた時、  艦を預かる関係者は無念の思いを禁じえなかったという。  この艦が作られた、本来の目的…重要目標の防空、護衛…転じて世界の平和そのものを、  身をもって守る責任…を思って。  そして、事件に対してなすすべもなかった、自分たちを…。  それはアメリカの傲慢だったのかもしれない。  しかし、何度も繰り返すように、この空母の目的は主に「艦隊を覆う傘、盾」だったのだ。  このクラスの後期建造艦数隻には、「ディフェンダー」「プロテクター」のような、  アメリカらしからぬ艦名が付けられたことが、このことを物語っているように思える…。
 あとがき  構想だけはまとまっていたのに絵があまり書けませんでした。  構想についてはまあ見てのとおりです。  今回の案の売りは、  1:多数のカタパルトによる同時発艦性能の追求  2:防空専門・スタンドオフ攻撃専門とし、それに特化した仕様(&運用法)  3:将来性を考えた巨大エレベータの採用、付随して中型爆撃機の艦上運用能力付与  といったところでしょうか?  戦争を目的をする船にふさわしからぬところもあるかもしれませんが、  今回は攻撃よりは護衛に力を置いた設定にしました。  というわけで…皆様の評価を待つことにします。