戦後のドイツ機フリークスの間で「迷機、珍機の総本山」と語られるブローム・ウント・フォス社で
あるが、同社によって開発され、実際に量産にこぎ着けた唯一の戦闘機であるBv199シリーズは彼
等に語らせると「Bv系の機体としてはこれこそ珍妙極まりない」と言われるほどに何の特徴もない平
凡な戦闘機であった。だが、これは開発経緯を調べると納得のいくことである。本機の開発に関しては、
「便宜上」ブローム・ウント・フォス社が行ったことになっているが、実際にはドイツ空海軍の一部将
校と、彼等に同調した各社の若手設計技師有志による独断専行とも言える開発だったのだ。なぜこのよ
うなことが起きたのか。それは、当時のドイツ空軍上層部が抱える問題にあった。
1940年3月、ドイツ空軍は当時の主力戦闘機であったBf109の後継機となる単発単座戦闘機
の競争試作を開始、各社に要求仕様を提示した。また、この計画に先駆け、Bf109の数的不足を懸
念した上層部の指示でフォッケウルフ社が補助戦闘機(これが後には主力となっていくFw190系で
ある)を、メッサーシュミット社はBf109の改良を継続しており、将来にはこれらの機体をもって
主力戦闘機をまかなっていくこととなっていた。
さて、競争試作による新型機の開発、それも主力戦闘機ということもあって各社様々な計画案が登場
する事は明白なことであったが、もう一つ空軍の一部では暗黙の了解とされていることがあった。すな
わちメッサーシュミット社の案が採用されるだろう、と言うことである。実際、これまでの計画では常
にメッサーシュミットと軍上層部の癒着の結果、と言える決定が下され、他のメーカーは様々な形でそ
の被害を被る事態が多発していた。しかも今回は新規の設計案に加えてBf109の改良も継続され
ており(Bf109改良継続自体は決して間違った決定ではないのだが)、これらのことが軍上層部と
メッサーシュミットとの癒着を快く思わないメーカー、一部将校に大きな不満と不安を抱かせていた。
この不満に加えて、当時航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」の建造を進めていた海軍が、空軍の(と
言うより権力欲に取り憑かれたゲーリング元帥の)過度の干渉によって艦載機の開発が進まないことに
苛立ちを募らせており、これら三者の利害が一致する形で「反メッサーシュミット、反ゲーリング同盟」
とでも言うべき軍民一体の開発集団が自然発生する事となった。名目上本機の開発、生産メーカーとさ
れているブローム・ウント・フォス社は結局のところ、この集団がの受け皿として活用された(と同時
に、ブローム・ウント・フォス社はこれを利用して水上機シェア以外への進出を図った)ことになる。
開発部署がこのような寄り合い所帯であり、また、海軍派がそれを強く望んだこともあり、基本方針
として高性能の追求よりもまず実用性(特に発着艦性能に直結する低速安定性)を優先する事となった。
また、Bf109の最大の弱点であり、今後拡大し続けるであろう戦線に対応する必要から、航続力は
要求仕様(最大1,500km)以上に大きく取ることとなった。この結果翼面積の増加が予想された
ことが、結果的には一撃離脱よりも格闘戦を得意とする本機の性格を決定づけることとなった。
機体の全体的なレイアウトは前述したとおり平凡極まりない物である。これは機首にエンジンとプロ
ペラを配置し、通常の垂直、水平尾翼を有すると言うレベルに限らず、倒立V型液冷レシプロエンジン
(DB系列は他社との競合を招くおそれがあったためJumo211系列を採用している)を搭載した
機首上面、プロペラ軸内並びに主翼付け根に搭載した機関砲、両主翼に着陸フラップ兼用で設置された
ラジエーター、主翼前縁のスラットなど、Bf109やFw190と同様の手法を採用しており、ドイ
ツ機として珍しい部分と言えば主翼内に燃料タンクを装備した関係で主脚収容スペースに苦労した結果
採用された後方引き込み式主脚(これもアメリカのP−36やF4U、日本の試作機等に見られる手法
で特に珍しくはない)くらいであろう。また、空気抵抗の低減には留意されたが比較的大きな翼面積に
対してやや不足気味のエンジン出力が初期型における速度性能の不足を招いている反面、当初より重視
された低速での安定性や広く取られた主脚トレッドは高い離着陸安定性を実現し、比較的高い運動性能
がドイツ機としては格闘戦向きの機体として仕上がった。さらに、重視された航続距離は開発開始時の
主力であったBf109Eの560kmから、一気に1,950kmへと飛躍している。
40年末に試作機が完成、41年夏に実戦配備が始まった本機は当然ながらバトル・オブ・ブリテン
には間に合わず、本格的な部隊運用が始まった頃には対英侵攻作戦の頓挫による戦局の膠着と連合国の
空襲に対抗する必要上、航続力よりも速度性能や上昇力が重視されるようになっていた。結果として本
機の性能を活かす機会は少なくなってはいたが、その中でも空母艦載機として採用されたTシリーズ、
エンジンを発展型のJumo213系列に切り替えて速力708km/hを達成、さらに落下式増漕の
採用で航続力も2,800kmに伸ばしたCシリーズ等は、同時期にはジェット戦闘機が実戦に投入さ
れていたにも関わらず、その航続力を活かして少数機による英本土飛行場への襲撃を戦争末期まで繰り
返すなど、「間に合わなかった制空戦闘機」としてルフトバッフェの、そしてTa152と共にドイツ
最後のレシプロ戦闘機としての意地を見せ続けた。
作者より
架空機の館、初めて軍用機(飛行機自体はシュナイダーの「韋駄天」に続いて2作目)に手を出した
明石耕作です。と言うか、今回の競作では米版大鳳とでも言うべき装甲空母で挑戦する予定だったので
すが、排水量27,000tに艦載機100機という時点で断念、時間が余ったので出来たらサブで、
の予定だった本作がメインで登場することとなりました。
デザインは本文でも書いたとおり平凡の極み。平たく言うと、零戦や疾風、P−51と言った制空戦
闘機のドイツ版です。まんまですね。で、あまりにインパクトがないので何か一発ウケを取ろうとメー
カーに「珍機の宝庫」ブローム・ウント・フォスを引っ張りました(w
世界観は相変わらずの日英vs独伊、背後に早めの米ソ冷戦有りな世界です。で、その世界での「末期」
は46〜48年くらいかな。目安としてライバルはP−51H、F8F、ホーカー・シーフュリー辺り。
日本も疾風の改良型や某ラバ空版烈風に近いレシプロ艦戦が登場するような世界です。この辺の設定、
ある程度まとまった形で表に出さないと判りづらいかも知れませんね・・・・・・
イラスト、大体のところはいいと思っていますが、エンジン回りの排気口や過給器空気取り入れ口の
デザインを見るに、エンジンの大きさが明らかに過小気味(直せよ)。さらに主翼が若干後ろ気味だか
ら実際には(機首の重武装もあって)ノーズヘビーなのではないかという疑問も(だから直せよ)。で
もパネルラインまで含めて挑んだ初の作品としてはまあまあではないかと思ってみたり。これからは軍
用機も少しずつ創れるようになるといいなぁ・・・・・・
それではこの辺で。一般投稿ネタも若干あるので、次はそっちで行くかも知れません。
2002.9.23 明石耕作
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