第1章 無理と道理
1940年当時、ドイツは既に戦争中でして、東方はおおむね片付き、
今度は西部戦線に集中しよう、という時期でありました.
それまで、ドイツのみならず、英仏など、戦闘機の航続距離は
いずれも600-900km程度と短いものでした.
そこに、最高速度680km・航続距離1500km、20mm機関砲を4門
搭載して、地上攻撃機の機能をもたせよ・という開発命令が出されました.
これは明らかに、英本土上空の制空権確保を狙った・ということでしょう.
それまで、ドイツ空軍では、長距離戦闘機(駆逐機)として、Me110が
就役しておりましたが、双発複座ということで、対戦闘機戦闘には
必ずしも充分とはいえなかったのでしょう.
開発指令書には、Me109の後継とされていますが、駆逐機の役割をも
併せたい・という空軍の希望が読み取れます.
ハインケルでは、さまざまな検討を重ねたのですが、
長距離戦闘機となれば、どうしても大型化せざるを得ない・という結論に
なりました.当時のドイツでは、増漕というものは一般的ではありません
ので、どうしても胴体を太くして、機内に大量の燃料を搭載する必要が
あったためです.
次にエンジンの選定ですが、大型戦闘機を680kmまで引っ張る2000馬力
級のものは、当時は無かったのです.
とはいえ、軍の命令は絶対です.
特にハ社は、ナチスとの間係がしっくりいっていませんでしたから、ここで
軍の反発を買うことは避けなければなりません.
第2章 怪鳥の落とし胤
当時、ドイツ空軍には、急降下爆撃熱・という病気がはびこっていました.
爆撃機政策において、ウラル爆撃機・を提唱していたヴェーファー将軍が
事故で亡くなって以来、曲芸師ウーデット将軍の影響力が飛躍的に高まり、
あげく、全ての爆撃機に急降下能力を要求する・という馬鹿げた構想が
生まれていたのです.
それは無理・というものなのですが、国防産業界の誰も、そのことを
言い出せなかったのです.
ハインケルでは、He177戦略爆撃機への急降下能力付与の問題に苦慮して
いたのですが、今回の長距離戦闘機の開発を期に、もうひとつ、「別のHe177]
を作り上げることを思いつきました.
それが、今回お話する、「グリュンドコーデル」機の物語ということになります.
グリュンドコーデル・とは、撒き餌・という意味があります.
急降下能力の件で、悩んでいたのは、なにもハインケルだけではありません.
ユンカース社も、オーソドックスな戦術爆撃機・Ju88が、同じ問題で開発が遅れて
いたことを悩んでいました.
そこへ、ハインケルが、「大型爆撃機に期待される急降下能力」の要請を、一身に
引き受ける戦闘機を開発する」 と伝わると、普段はさほど仲の良くないドイツ
航空工業界に、ある種の友情が芽生えることになりました.
第3章 単座長距離大型急降下戦闘爆撃機
ここは、長々とお話するよりも、事務的にスペックを書きましょう.
全幅:18m
全長:12m
主翼面積:50平方m
自重:6500kg
最大離陸重量:10000kg
発動機:ダイムラー・ベンツDB-610C x1基
(DB603液冷V12エンジン2基を組み合わせ、二重反転プロペラ用のギアを加えたもの)
出力:2950馬力
プロペラ直径:4m
最高速度:680km/7000m(計画値)
実用上昇限度:11300m
固定武装:20mm機関砲x4(弾丸・各300発)
最大燃料時における航続距離:5000km
最大爆弾搭載量:3トン
搭載例:ヘンシェル製誘導爆弾x2 または、
SC500(kg)爆弾x4 または、
SC250爆弾x8 または、
誘導魚雷x2
航続距離1500km+待機20分に相当する燃料を積んだ場合、翼下パイロンには1.6トン
までの装備が可能になります.
主翼は薄く、ために燃料の大部分は座席両脇のタンクに収容されます.
図版で、座席脇のパネルが見えますが、これは厚さ8mmの装甲板です.
問題のDB-610Cエンジンですが、コントラ用ギアを装備するために、
それまでのA/B型に比べ、双子エンジンの間隔が20cm広げられていました.
これは、燃料噴射装置を納入したボッシュ・ユンカース社によるアドバイスで、
これにより、過熱の問題が相当程度、解決を見ることになりました.
機体が大柄で、各搭載機材の配置も大雑把ですが、これがかえって整備性・安定性
に寄与することになります.
問題は、普通の戦闘機2.5機分の資材を必要とすること、加えて、
単座ということで、超長距離飛行・これは12〜16時間飛びつづけることになりますが、
搭乗員の体力が果たして持つのか・ということです.
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