条約型戦艦「大和」

14インチ砲戦艦「大和」

要目(1番艦「大和」新造時のデータ)
・基準排水量 34,865t
・全長 215m
・全幅 30.5m
・軸数 4軸
・機関 蒸気タービン
・機関出力 100,000馬力
・速力 27.5ノット
・航続力 18ノットで10,000海里
・舷側装甲 300mm(傾斜角15度)
・甲板装甲 180mm
・主砲 45口径14インチ(35.6cm)四連装×3基
・副砲 55口径14cm連装×4基
・高角砲 40口径12.7cm連装×4基
     25mm三連装機関砲×4基
・カタパルト 2基
・水上偵察機 4機
・同型艦 「大和」「武蔵」「信濃」「飛騨」


<第二次ロンドン条約調印まで>
 1930年のロンドン条約調印直後、日本政府が海軍軍令部に無断で条約に調印した事から、海軍内部では条約調印によって補助艦艇比率が対米7割未満になった事を非難する「艦隊派」と、ロンドン条約を米海軍の強大化を防ぐストッパーとなったとして軍縮条約に賛同する「条約派」に二分した激しい論争が展開された。ここで「艦隊派」の権化と言える英雄・東郷平八郎元帥が存命だったらこの論争は「艦隊派」の勝利で終わっていたかもしれない。しかし、東郷元帥はかつて建造中の巡洋戦艦「天城」を視察中に、関東大震災でドックから転倒した「天城」の船体の下敷きになって死去していた。その結果山本五十六を中心とする「条約派」が勝利を収め、政府の統帥権を認めるシヴィリアン・コントロールの原型が形成される事となった。
 翌1931年、関東軍が政府に無断で暴走し柳条湖事件を起こした。この暴走に対し犬養首相は陸軍を激しく批判、さらに昭和天皇の「陸軍は政府の命令に従い撤兵せよ」という勅命も下リ、柳条湖事件は収束した。この事件の責任を巡り石原莞爾を含めた事件の首謀者は軍事裁判にかけられ徹底的な責任追及がなされた。これによって軍部の暴走と日本の孤立化は避けられた。
 1934年8月に第二次ロンドン条約会議が開催されると、世界恐慌から回復出来ず財政上の問題から軍拡に消極的だった日本は積極的に同会議に参加した。本会議は日米英仏伊の5ヶ国で協議されたが、途中で条約内容を不服とするイタリアが脱退してしまい、最終的に1935年1月日米英仏の4ヶ国間で第二次ロンドン条約が締結された。
 軍縮条約の内容については4ヶ国が互いの主張を押し通した為会議は何度も紛糾した。最終的に史実の第二次ロンドン条約に「条約失効の1942年末まで主力艦の条件緩和(エスカレーター条項)は一切行わない」「主力艦の隻数制限を撤廃する代りに代艦建造後は古い方の艦を必ず退役させる」という条項が追加された内容に決着した。


<概要>
 1935年8月、第二次ロンドン条約調印を受けた軍令部は本条約の規定に従って旧式化した金剛型巡洋戦艦3隻の代艦建造を命令した。第二次ロンドン条約の主力艦に対する制限は、
◎基準排水量:3万5千t
◎主砲:14インチ砲以下。
とワシントン条約の代艦制限(3万5千t、16インチ以下)よりも厳しいものであった。ただし第二次ロンドン条約では主力艦の隻数/総トン数制限がなくなったため、実質的には条約型戦艦なら何隻でも建造可能な「条件付軍拡条約」と呼べるものであった。


 艦政本部では金剛代艦として以下の二案が検討された。
(1)30ノット、対14インチ砲防御の高速戦艦
 ロンドン条約で米1万トン重巡の隻数が増加したため、漸減作戦の夜襲で敵重巡部隊を突破する事が困難となった。そこで重巡部隊に随伴する火力支援用に計画された戦艦である。

(2)27ノット、対16インチ砲防御の中速戦艦
 漸減作戦最終段階の艦隊決戦で、近代化改装された旧式戦艦部隊の中核戦力として先頭を切って敵戦艦部隊との砲撃戦を行う目的の戦艦である。

 検討の結果最終的に(2)案に決定された。なぜなら、今回の第二次ロンドン条約で巡洋艦に「基準排水量8千t以下」という制限が加わったため、米海軍の重巡戦力増強にストップがかかったからである。これなら高速戦艦の支援なしで敵重巡を突破して敵艦隊への雷撃が可能である。
 その一方で夜襲用の水雷戦隊の強化は続けられた。条約に抵触する改最上型(伊吹型)重巡はキャンセルされ、その代り水雷戦隊旗艦として当時旧式化しつつあった5,500t軽巡の代艦として阿賀野型軽巡6隻(マル3計画×2、マル4計画×4)と阿賀野型の砲力を強化した水無瀬型軽巡5隻(マル4計画×1、マル5計画×4)が建造された。
 さらに駆逐艦の排水量制限がなくなったため、友鶴事件の反省から排水量増加で復元性を回復した陽炎型に続き、マル4計画以降「高速・重雷装」の島風型駆逐艦が量産される事となった。この結果日本海軍の雷撃能力は極限にまで高められた。(ところが後に米海軍は第二次ロンドン条約を逆手にとって12インチ砲9門の「重巡キラー」アラスカ級大型巡洋艦を建造した。日本海軍も対抗で14インチ砲6門の那須型超甲巡を建造する事になるのだが、これは後の話である)
 金剛代艦は当初3隻のみの建造であった。しかし3隻では艦隊運用上バランスが悪い事と、条約で新造艦の隻数制限がないことから最終的にマル3計画で4隻建造された。なお金剛型3隻は金剛代艦竣工と入れ替えに順次退役している。
 金剛代艦4隻は「大和」「武蔵」「信濃」「飛騨」と命名された。かくして「3万5千t、14インチ砲」の条約型戦艦「大和」が誕生したのである。

 主砲は従来の14インチ砲と異なる新設計の45口径14インチ砲である。門数は艦隊決戦を考慮して軍令部から「10門以上」という命令が出されていた。そのため主砲については計画段階で
「連装砲塔×5」
「三連装砲塔×4」
「連装砲塔×2、三連装砲塔×2」
「四連装砲塔×3」
等々のプランが出された。砲塔配置もオーソドックスな背負い式、八八艦隊の天城型同様の前部×2、後部×3案、ネルソン級のような艦首集中案まで色々と検討された。
 そして検討の結果、主砲配置は「四連装砲塔3基、前部2・後部1に背負い式配置」に決定された。
 
 本型の特徴である四連装砲塔は主砲塔の装甲重量軽減のために採用された。艦政本部で試算した結果、14インチ砲四連装砲塔で装甲重量節約効果が認められたからである。四連装砲塔はすでに仏ダンケルク級で採用され、英国で建造中の新型戦艦(キング・ジョージX世級)でも採用されるという情報が入ってきていたため、日本海軍がそうした風潮に乗ったとも言える。なお四連装砲塔は日本初とあって完成までにそれなりの苦労があったのも事実である。
 なお日本海軍は同時期に四連装主砲との換装を前提にしたほぼ同重量の三連装16インチ砲も設計していた。これは将来条約が失効した折に14インチ砲を素早く16インチ砲に換装する目的で計画されたものである。これは後日談だが、日本海軍は1942年末の第二次ロンドン条約失効を待って1943年以降大和型戦艦4隻の主砲を順次16インチ砲に換装している。

 副砲は従来型戦艦の副砲同様14cm砲とされた。列強の6インチ(15.5cm)砲弾は重すぎて、日本人の体格では装填速度が低下したためである。ただし砲自体は新設計の55口径砲であり、これを新設計の連装砲塔に装備して舷側に4基配置した。

 高角砲は標準的な40口径12.7cm連装高角砲を艦中央部に4基配置している。いささか少ないような気がするが、建造当時の航空攻撃に対する認識からすると致し方ないと思われる。(そのため後に10基に増強)

 装甲防御は日本海軍の想定砲戦距離である2万m〜3万mで対16インチ砲弾防御を想定していた。これは14インチ砲戦艦としては過剰とも思える重装甲だが、艦隊決戦時に戦艦部隊の旗艦として米16インチ砲戦艦との砲戦を想定している事と、将来的には16インチ砲に換装可能な設計がなされている事を考えれば妥当といえるだろう。

 速力は27.5ノットの中速戦艦となっている。軍事マニアには「30ノット出ない」ことから「大和」を駄作呼ばわりする人が多いが、これは設計時の大和型戦艦が艦隊決戦時の中核として近代化改装後の旧式戦艦部隊(平均速力25ノット)との艦隊行動を想定していたからである。

 機関は当初10万馬力のディーゼル機関を想定していた。しかし1932年の潜水母艦「大鯨」ディーゼル機関搭載実験から大出力ディーゼルの信頼性に危惧が持たれたため、最終的に無難な蒸気タービン10万馬力となった。それでも大和型は18ノットで1万海里と日本戦艦としては比較的長大な航続力を持っている。


<解説編>
P:皆さんこんにちは、僕は眼鏡っ子の魔法使いハリー・ポッターです(以下P)。
G:わたしは魔法少女ハーマイオニー・グレンジャーよ(以下G)。
W:こんにちは、僕はロン・ウィーズリー(以下W)。これから解説をします。

P:さて、今回の競作のテーマは「第二次ロンドン条約」です。
W:なぜか架空戦記ではほとんど無視されてる条約だ。
G:あの有名な佐○大輔氏や横山信○氏でさえ作中に一度も出さなかった禁断の条約よ。
P:軍事マニアでも「第二次ロンドン条約」を知らない人は結構多いと思います。

P:で、今回登場したのが「第二次ロンドン条約型戦艦「大和」」です。
W:「3万5千t、14インチ砲の「大和」」、架空戦記でも登場しなかった前代未聞の戦艦大和だ。
P:確かにこんな「大和」はとても人気が出ないよね。
G:日本人は「大和=46cm砲」と刷り込まれてるからね。
W:なるほど、だから架空戦記では「第二次ロンドン条約」は無視されるんだ。

W:ところでさ、この「大和」は30ノット出ないけど大丈夫なの?
G:もともとこの戦艦は漸減作戦の艦隊決戦用に構想されたもの。当時のドクトリンでは機動部隊への随伴は考慮されていないわ。それに、史実で28ノットの「ノースカロライナ」が機動部隊に随伴しているのを見ると、やる気になればこの速力でも機動部隊に随伴可能よ。
P:史実でも第二次ソロモン海戦で25ノットの「陸奥」が随伴しているから大丈夫だと思う。
W:言われてみればそうだったな。

P:ところでハーマイオニー、何で日本海軍は長砲身の50口径砲を採用しなかったんだろう。14インチに制限されているなら長砲身砲の方が高初速で威力や射程が増大するはずだよ。
G:ハリー、それってとんでもない間違いよ。
P:え?
G:長砲身砲は砲身寿命が短い上に、砲身が自重でたわむから命中精度が悪化するのよ。つまり長砲身砲は「当たらないしすぐ駄目になる」の。かつてわが国(英国)や日本で使用された長砲身50口径12インチ砲はそういう短所が全部出た欠陥砲だったわ。これに懲りて日本海軍は命中精度が悪い長砲身砲を敬遠してるのよ。
W:そう言えば我がロイヤル・ネーヴィーもこれ以降長砲身砲を開発してないな。
P:戦艦の砲撃戦は戦車戦とは違うって事だね、ハーマイオニー。
G:イエス、オフコース(その通りよ)。
W:このトラウマのせいか架空戦記では「30ノット、50口径の「大和」」がやたらと登場するね。

P:最後に列強の新型条約戦艦を見ていこう。仏リシュリュー級は史実より少々小柄な「3万3千t、14インチ砲8門、30ノット」。仏海軍はクールベ級2隻、ブルターニュ級3隻の代艦としてリシュリュー級を5隻建造したんだ。これでフランス海軍は一気に強化された。
W:条約非調印の独伊のビスマルク級とリットリオ級は史実と同じスペックの15インチ砲戦艦だ。
G:両海軍とも仮想敵がフランス海軍だから、質で勝る15インチ砲戦艦を建造しないと対抗出来ないと考えたのよ。特に有力な旧式戦艦が全然ないドイツ海軍は、ビスマルク級に38cm砲を搭載しないと仮想敵のリシュリュー級に対抗不可能だったのね。

W:米ノースカロライナ級は「3万5千t、14インチ砲9門、30ノット」の高速戦艦。旧式戦艦「アーカンソー」「ニューヨーク」「テキサス」の代艦と新造1隻、合計4隻建造された。
P:これは米海軍が巡洋戦艦を持っていない事から艦隊前衛・偵察用の高速戦艦を必要としていたからです。コンセプトはむしろかつての「巡洋戦艦」に近いと言えるね。
G:ノースカロライナ級はドイツのシャルンホルスト級やビスマルク級への対抗の意味もあったのよ。米軍の14インチ砲は新型のSHS弾(超重量弾)を使用しているからビスマルク級とも互角に戦えるわ。

P:最後に我が英国のKGX級、QE級代艦として5隻建造されました。スペックは史実通り「3万5千t、14インチ砲10門、28ノット」です。もっとも実際には29ノット発揮可能です。
W:大和型とノースカロライナ級の中間のスペック、中途半端な性能だね・・・
G:何を言っているの\よ。KGX級こそ攻防走のバランスがとれた最良の条約型戦艦なのよ。やっぱり我が大英帝国は偉大だわ。
W:最後はそのオチかい(苦笑)


<後書き>
 皆さんはじめまして、今回競作初参加となるモーグリと申します。
 今回のテーマ「第二次ロンドン条約型戦艦」に自分なりに考えてこんな戦艦を建造してみました。結果的に「ミニ大和」になってしまったような気がします。
 四連装砲塔を採用したのは、1994年にKKベストセラーズから出版されたヘクター・C・バイウォーター『太平洋大海戦』の表紙に描かれていた四連装砲塔の日本戦艦(もちろん架空艦です)のデザインが好きだったので「四連装砲塔でやってみよう」と考えたからです。製作者の純粋な趣味だと思って下さい。
 まだ初心者なので設定や文章に荒い部分目立ち、誤字脱字があると思います。それでもここを見て下さる皆さんが楽しんでいただければ製作者としてこれに勝る喜びはありません。