画像 長楽寺鶴川氏
大日本帝國海軍戦艦 匿名案
ネームシップ :金剛
Allied Code Name:PocketMon
基準排水量 :32,156t
全長 :222.0m
幅 :31.02m
主機 :艦本式ギアードタービン 4基4軸
出力 :136,000馬力
速力 :30.4ノット
航続力 :18ノットで10,000浬
兵装 :36cm45口径3連装3基
15.5cm60口径3連装2基(首尾線上)連装2基(両舷)
12.7cm40口径連装高角砲6基
25mm3連装機銃8基
水上偵察機5機
防御 :水平・垂直防御力ともに対14in防御
主改装歴 :電波管制装置搭載及び電波探知機等への換装
連装副砲を廃し機銃の増設等
解 説
第2次ロンドン条約の衝撃
混乱の艦政本部
基本艦型
忍び寄る不安
第2次ロンドン条約の果たした役割
栄光の日々
総 括
第2次ロンドン条約の衝撃
第2次ロンドン条約条約を遵守して対米戦に耐える艦隊整備を艦政本部は不可能と考え海軍上層部に
「間違えても」条約を「そのままの内容」で締結しないよう各種工作(と予防線を張る事)を行っていたが
「予定」に反して第2次ロンドン条約は米英案のとおり締結されてしまった。
この瞬間に艦政本部はヤル気を無くしてしまった。
混乱の艦政本部
衝撃の次に混乱が訪れ、艦政本部の主力艦建造計画が麻痺する自体に陥った。
混乱は造船業界にも及び、新聞報道で「主力艦建造計画不在」という情報が国民に伝わるのも必至と焦った
海軍首脳部は大英(迷?)断を下した「とにかく金剛代艦を作れ!」
これにより艦政本部長を中心に時期主力艦整備構想が泥縄的にに纏められていった
主な方針として(公式文書には残っていないが)以下のようなモノがあったと言われている。
「戦艦建造技術を維持継承するために今時戦艦を建艦する」
「無条約時代に突入した暁に投入する予定だった新規技術を、この建艦で実証し
次世代の(本当の)戦艦建造の資とする」
「特に重視するのは設計期間の短縮・工数削減・経費節約」
つまり・・・このフネでどう戦うか?とかいうレベルではなく・・やる気そのものが無かった。
「情勢が変わって(本当の)戦艦作るとき、とっとと今時計画を打ち切る!態勢」と言うのが
艦政本部内の最大公約数な本音であった。
公式には設計部門内の性能目標としても
「最高速度30kt・高い水中防御力及び対空戦闘能力」を目指した・・
目指すというより「無条約時代突入の暁には金剛を改装して得る予定だった性能」であり
さすがにこれを大きく割り込むと自分たちのプライドが傷つくという(後ろ向きな)設定値であった。
基本艦型
彼らには既に金剛改装案が手元にあった
「主砲は若干の改正のみ、副砲は仰角を向上し対空能力向上、副砲を16門から14門に減少する代わりに
89式連装12.7cm連装高角砲を4基+機銃の増設、主機は艦本式13万6千馬力に・艦尾延長」
しかし特40cm砲9門の戦艦を作る気だった彼らは当然満足出来ない。
「発砲同調装置は当然としてアーマーベルトはVH使ってバルバスハウに、あ!そうだ艦橋は実験するときに
広い方が便利だからetc・etc・・・」万事この調子で副砲は片舷7門指向出来れば良いから首尾線上に
3連装砲塔前後2基、両舷に連装1基づつなら8門指向出来て計10門で軽量化出来た!とか
主砲は3連装3基で砲塔重量的にほぼ同じで1門火力が増えた!とか高角砲や機銃は少し増やそうぜとか
まるで手本とする設計図があるように、悩む間も無く設計は完了し建造に移行していった。
忍び寄る不安
運用側の不安は日増しに大きくなっていった。フネがカタチになるのが異様に早いのである。
ブロック工法に溶接の多用や工数管理の本格導入と・・説明されれば判らなくとも無いが・・おかしいのである。
そして彼らは気づいた・・本当は気づきたくなかった・・・
この艦で、どう戦うべきなのか?誰も考えていなかった。
この艦で敵主力艦と戦えるのか?16インチ主砲のバケモノ達にあったらどうするのか??
不安はそれだけではなかった昭和12年日華事変がはじまり航空機が軍艦を襲う事が現実の脅威となってきたが
航空機相手に本当に戦えるのか?軍艦が対空砲火で航空機を落とした事例はほとんど聞かなかった。
なのに航空機は日々高速化・高性能化していく・・敵も味方も
一号艦「金剛」が引き渡されてすぐ対空戦闘実験が開始され・・運用者の表情は暗くなるばかりであった。
中攻の模擬魚雷は艦底を何本も通過し艦爆の急降下に高角砲が追従するのは至難の業であった。
一応の結論は出た
「航空機には航空機!」
随伴空母の戦闘機による対空戦闘に変わっていった・・・
「いくら要らない戦艦でもが簡単に沈められたら海軍の沽券に関わる!」
そういった声の中で(新)金剛は艦隊対空戦闘のテストケースとして激しい実験の中核となっていく
対抗部隊航空機の性能と操縦員の錬度も向上し、より対応も困難になっていく
奇襲を防止するため常に戦闘機を在空させろ!
艦隊側から高速機動する友軍戦闘機を管制する装置を作れ!
迎撃空中戦の混戦中に敵味方が識別できない!識別手段の確立を!
と言ってる間に対抗部隊は夜間雷撃する猛者まで現れだした。
こういった経験と無茶な要求の中で技術陣は電波管制装置(低性能簡易レーダー)と味方応答機を開発し
運用側は対空無線電話の大増設に対勢表示板の拡張と各種無線装置の連動や空域管理手法のノウハウを編み出し
成功した手法は金剛型のみならず在来艦にも反映されていった。(当然艦上戦闘機の無線会話品質向上も注力された)
また別の解答も見えてきた、そう敵主力艦と遭遇したときどうするか?
無理して戦う必要はないのである(トホホ)、敵偵察巡洋艦以下は攻撃!敵主力艦が我に向かってきたらチャンスである。
快速を利して我が制空権内まで誘致導入(逃げるとも言う)し我が攻撃機や爆撃機で撃沈するのである。
特40cm砲弾改造の徹甲爆弾や、さらに大型の対戦艦爆弾は完成し、これを高々度から爆撃できる陸上爆撃機の配備も
間近である。・・・・・・もちろん水雷戦隊と潜水艦隊の必殺の魚雷が戦闘の掉尾を飾るシナリオだ。
だが太平洋の向こう側で「空の要塞」と噂される爆撃機が実戦配備ついたという情報が入手され
(航空本部も対抗手段として12試艦の実用化を急いでいたが)艦隊首脳部の焦りは濃くなっていく一方である。
そして・・・・そうした悩みを抱えている時期が幸せだったと思えるように世界は変わっていった。
第2次ロンドン条約自体が招いた国民の対米対英感情の悪化とバネー号事件の処理上のトラブル
アメリカと戦う日がどんどん迫っていた。
第2次ロンドン条約の果たした役割
条約を日本が呑むことにより太平洋での平和が確保されるハズであった。
だが現実にはネイバルホリデーの延長が米国の大恐慌脱出を長引かせた。
財界を中心に中国利権の直接獲得要求が高まりアメリカはハワイ強化と海軍増強に踏み出した。
一方日本は日華事変により大恐慌を一応脱し経済的には一息ついたが
次にアメリカの打つ手・・石油と鉄の輸出制限という恫喝が目に見えていた。
日華事変早期解決を望みながらも陸軍戦力が泥沼のような広大な大陸に引き込まれ
その日の国民の食事を得るために陸軍兵士の血を消耗する状況であった。
バネー号事件前後東シナ海を長門・陸奥が疾駆することにより米国介入圧力を減じたりもしたが
逆に両艦の大規模な近代改装する時間を失ない、さらに艦隊整備費用は陸軍に吸い尽くされるありさま
常識的には対米戦など夢であったが状況を放置すれば大陸での成果を米国に横取りされるのは明白
国民の対米感情は急速に悪化していく・・第2次ロンドン条約締結は「戦争へのレール・ウェイ」だった。
そしてハル・ノートが手交される日がやってくる・・・
栄光の日々
昭和16年12月8日
第2次ロンドン条約交渉団の海軍代表を務めた連合艦隊長官の発案による作戦が実施された。
彼にとって条約が生み出した金剛型戦艦が「使える」ということを証明せねばならなかった。
日本国民を熱狂させた作戦の動機は、その程度のモノであった。
(終戦後数十年たって「目的は戦艦の在庫一掃」という珍説も現れた
確かに彼は一貫した海軍の空軍化を提唱する派閥に属してはいた。)
新金剛型戦艦3隻空母2隻重巡2隻+軽巡1駆逐艦7の攻撃隊が真珠湾を襲った
(同時期ミッドウエー破壊隊として霧島と駆逐艦2隻が別行動)
またハワイ西方を中心に潜水艦隊が米本土に向かう損傷艦を沈めるため海中に潜んでいた。
洋上移動目標砲戦距離2万5千で主砲散布界200mの錬度を誇る新金剛型3隻は
オアフ在泊戦艦8隻を始め修理施設を中心とした各種港湾施設を破壊した。
随伴空母の戦闘機で制空権を確保しつつ空中観測による弾着観測と目標指示は効果を上げ
同調発砲同時27発飛来する主砲弾がハワイの基地機能を奪っていった。
準備した主砲弾の半分以上がハワイに打ち込まれたという。
太平洋艦隊は空母を除き基地機能ごと喪失した。
日本側に数々の幸運が重なったのは、もちろんであるが
艦砲で港湾基地ごと艦隊襲撃する「非常識」な作戦を予想できた米軍人がいなかったのが最大の原因であろう
(空母による航空攻撃の可能性と対処は米海軍は保持していたと言われる・・それでも無茶苦茶冒険であるが)
常識的に考えれば戦艦8隻在泊する大根拠地に戦艦3隻で襲えば逆に捻り潰されるだけだろう。
だが事実が常識を越えてしまった。
このときアメリカの深層意識に「神出鬼没の高速戦艦部隊の恐怖」が深く刻み込まれた。
総 括
昭和20年8月15日
日本は屈辱的な講和条件で終戦を迎えた
8月7日、鹿児島原爆投下の翌日に米国より通知された条件は以下の通り
「台湾の米国への割譲、大陸及び南洋からの撤兵と第一次大戦後のドイツ並みの軍備制限
これを認めなければ米国は日本に無制限民族抹殺戦を遂行する」
この内容を検討中の8月9日、沖縄より飛び立ったB−29は熊本に原爆を投下した。
ソロモンでの航空消耗戦で爆撃機戦力と戦闘機を含めた熟練搭乗員を大量喪失した時に
実質的勝敗は決まっていたのであろう。戦争後半に大量の米高速戦艦が続々と就役しはじめると
戦勢を覆す事は事実上不可能であった。金剛型の栄誉のために言わせて貰えば
お互い少数同士の戦闘ではアイオワ級と互角に戦えた。
レイテ沖で米水上艦艇に多大な損害を与えるも、そこで日本水上艦艇部隊も戦闘力を喪失し
沖縄への長門と榛名による水上特攻で日本戦艦の歴史は終焉した。
戦後、米国の共産主義との戦いの中で
日本が米国の最大最強の同盟国として復活していったのは歴史の皮肉であろう
米国が昭和29年に日本に対する本格再軍備へ一つしか条件をつけなかった
「コンゴウに類する大型軍艦を永久に保持しないこと」
金剛型は空母を随伴した機動部隊として、また水雷戦隊や潜水艦隊を率いた夜戦部隊旗艦として
あるときは基地航空隊の前線統制艦として常に最前線で活躍し続けた。
仮定であるが、「もし日本がロンドン条約を脱していたら?」「超長門級戦艦を建造できていたら?」
返す返す残念でならない。金剛型でもハワイまで征けたのである。
最低でも米国西海岸の占領・・ひょっとしたら太平洋の戦いそのものを抑止できた可能性すら有る。
ドザ 「少佐さん・・・」
匿名 「その名前で呼ぶな!年がバレる」
ドザ 「この戦艦の特徴って・・」
匿名 「そう無気力戦艦だ!」
ドザ 「無気力・・・・」
匿名 「もうヤル気全然ナシ!こんなもん作ってどないせい?ってくらい無気力」
ドザ 「あああああああ・・・」
匿名 「最初は36cm砲で長距離砲戦イケる?発砲同調装置を使えば投射弾量も凄いだろ?って無茶考えたんだ」
匿名 「で装甲とか、いろいろ手を抜こうと考え始めたら、手を抜く方が楽しくなってきてねぇ」
ドザ 「あああああああ・・・」
匿名 「で、気づいてしまったんだ」
ドザ 「へ?」
匿名 「改装された史実の金剛型こそが第二次大戦の日本戦艦で一番使われた事を」
ドザ 「まぁ・・そうですが」
匿名 「頑張って大和ホテルや武蔵御殿を造ることもなかろうと気づいたわけだ」
ドザ 「今回のスペックでホテルや御殿は出来ませんよぉ」
匿名 「(ゴホン)つまりは!なんの面白味のないフネでも!」
ドザ (アンタが面白すぎますわ)
匿名 「主力?戦艦が弱い事、それを補うためにシステムとして海上戦力が強くならないか?と言いたいわけだ」
匿名 「使えるフネこそが、本当に必要なフネではないのか!」
ドザ 「しかし解説で採用を狙う・・とか、就役後の話が主なんて競作を舐めてるでしょアンタ」
ドザ 「それに解説が火葬プンプン、詰めて検証すると背景時間軸の展開とかダイジョウブですか?」
匿名 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
匿名 「アヒャア」
ドザ (あ、壊れた)
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