日本海軍・「高千穂」型高速戦艦

新戦艦高千穂の雄姿


性能諸元
基準排水量:34500t
全長   :240.0m
最大幅  :28.0m
喫水   :9.5m
機関出力 :艦本式蒸気タービン、175000HP
軸数   :4軸
最大速力 :31.2kt
航続距離 :16kt、10000海里
主砲   :45口径14インチ砲4連装2基8門
副砲   :50口径8インチ砲連装4基8門
高角砲  :38口径5インチ砲連装8基16門
装甲厚  :主要部舷側・VH鋼鈑227mm(15度傾斜)
      バーベット・VH鋼鈑252mm
      水平装甲・CNC鋼鈑152mm
      砲塔前楯・VH鋼鈑300mm
      喫水線下防御・VH鋼鈑76mm(15度傾斜)
      防水隔壁・DS鋼鈑50mm(主要部)
      (全て竣工時のデータ)

1935年1月、第二次ロンドン条約が締結された。
その主な内容は以下のようなものである。

1、主力艦の基準排水量は35000トン以下とする。
2、主砲口径は14インチまでとする。
3、艦齢26年を過ぎた主力艦については、1及び2の内容を遵守した代艦を建造し、
これを置き換えることができる。
(以下、細則は省略)

 この条約の締結に伴い、日本海軍は、1939年に艦齢26年に達する「金剛」を代替する
新戦艦の建造計画に取り掛かった。

 さて、新戦艦を建造する際に考慮するべきなのは、個艦性能、仮想敵国の同種艦の
推定性能、そして運用思想の比較である。
 無敵戦艦や万能戦艦などそもそも作りようがないのだから、いかに相手を自分たちの
グラウンドに引きずり込んで戦うかが重要になってくる。
 まして排水量も武装も制限があるのだからなおのことである。

 しかし考えてみると個艦性能が優れていなければならないのは、実際の戦いに臨む
ときだけでいいのである。
 個艦性能が優れた艦は、戦時にこそ役に立つが、平時には当然莫大な維持費がかかる。
 また条約を遵守しつつ、それでも驚異的な性能を持った艦を作った場合、下手をすると
昔の弩級戦艦のように軍拡の引き金になりかねない。
 軍縮条約が元で事実上の軍拡を引き起こしでもしたら、それこそ笑い事である。

 それに戦争とていきなり前触れもなく始まるわけではない。
 古来いかなる戦争においても、まずは当事国同士の外交的問題に関する折衝があった。
 さる空想科学小説の火星人のように、いきなり理由もなく侵略を始める、というのは
まずありえないのである。
 その期間の間に、万一の(そうではない場合もあるだろうが)戦争への準備をすれば
いいのであって、平時は相手国を刺激しない必要十分な軍備でいいのである。

 しかし米国と違って日本にはいざ戦時となった際に、即時に艦艇を量産できるわけ
ではない。
 そのために航空母艦については改装可能の艦艇・民間船を密かに建造していたわけ
だが、まともな水上戦闘用艦艇、特に巡洋艦以上となると即時生産など論外である。

 しかし…。
 新戦艦の建造計画の立案中、造船担当の一人が恐るべき可能性に気づいた。
 条約を遵守しつつ、戦時には個艦性能を優れた艦にしてしまえる案。
 そして急に戦端が開かれても、その状況にも即応できる艦。

 かくして1936年5月に起工され、1939年12月に完成したものが、問題の新戦艦たる 「高千穂」であった。
 同時に「金剛」の退役が決定し、同艦は工作艦への改装が進められることとなった。

 この艦の建造はかなり大っぴらに宣伝され、性能も(機密にならない範囲で)非常に
早い時期から公表されている。
 1938年6月の進水式の際には多数の民間人が立会い、祝賀も盛大に行なわれた。
 実に15年ぶりの新戦艦建造ということもあり、国民の関心・期待も高かったという。

 当時の戦記作家の一人である平田晋策氏の、最後の作品である「新戦艦高千穂」に
至っては、この艦は大々的に主役として登場し、作中で獅子奮迅の活躍を見せている。

「高千穂」完成当時の識者による論評


 さて、「高千穂」の『建前の』建艦思想を説明する。
 事実上この艦は「金剛」の全面近代化といえる。
 主砲の45口径14インチはそのまま「金剛」から転用した。
 比較的幅広の4連装砲塔、そしてその配置は仏戦艦「ダンケルク」に倣ったものと
されている。

 副砲は8インチ砲、すなわち条約型重巡洋艦の連装主砲を8基搭載し、片舷に6門を
指向できる。
 巡洋艦・駆逐艦相手なら主砲を使うまでもない、というわけだし、手数は主砲以上、
火力は必要十分(以上)である。ほとんどこれは中間砲の思想に近い。
 一撃で駆逐艦を確実に、巡洋艦でも手ごたえを期待できるから、6インチ砲よりも
ある意味有用と言えるかも知れない。
 ただし、このため艦上構造物の幅を狭くせざるおえない、という弊害が発生したが…。

 これで手数が足りないなら、シールドつきの5インチ連装高角砲、8基16門で揉み潰す。
 当時の列強戦艦では最強クラスの対空能力である。

 垂直装甲は金剛級より若干強化された程度で、主要部舷側は9インチ傾斜装甲
(角度15度)である。
 装甲材質には新技術のVH鋼鈑を用い、従来装甲より対弾性も生産性も高くなった。
 水平装甲はこれも新技術の155mmCNC鋼鈑を使用し、遠距離砲戦にも対応した防御と
なっている。
 バルジは最低限、防水区画も比較的少ないので魚雷の被雷に対し脆弱という弱みも
あったが、もちろんこのことは当時においては極秘事項だった。
 ただし舷側傾斜鋼鈑と一体化した3インチの水中防御鋼鈑を有しているので、全く
魚雷や水中弾の命中を考慮していないというわけではない。

 機関には最新型駆逐艦用の高圧缶16基を使用、細長い船体の効果もあいまって、最大で
31ノットを叩きだす。

 艦上構造物は重量削減のためもあって非常に幅が狭い。
 特に艦橋は側面に高角砲と副砲を置いたので横幅が極端に狭くなり、角度によっては
改装後の扶桑型のそれより細く見えたという。

 戦隊旗艦設備はもっているが、艦橋内には置けず、艦橋下の上甲板にそれを置いた。
そうしないと床面積が足りなかったからなのだが、後年にはこれを初期のCICと考える
研究家も出た。確かに艦内奥深くにそのような設備があることで重要人員に被害が及ぶ
可能性は軽減されたわけだが、やはり当時の情報伝達技術では不便があったという。

 この艦に乗った戦隊指揮官の中には昼戦艦橋を乗っ取って?指揮をとった人もいて、
そのためそのときの艦長らは夜戦艦橋に移動せざるおえなかったという。
 やはり、『本当は艦橋に置きたかったがスペースがなかった』というのが真相だろう。

 建造にはブロック建造法が主に用いられている。
 また艦殻重量削減のために構造材以外の部分には溶接を多用している。
 しかも面白いことに、この艦の上甲板から上は別構造になっている。
 すなわち上甲板から上は比較的負担がかからずに艦から取り外せるのである。
 一応戦闘後の被害復旧の便を図ったものとされるが、これが何を意味するかを
理解できたものは、設計の当事者以外いなかったとされる。

 思想としては、第一次大戦時の巡洋戦艦のそれに近く、それにジュットランドの
戦訓を反映させたものといえよう。
 敵偵察巡洋艦などを先制パンチで撃破する機動打撃艦で、主力艦との撃ち合いも一応
可能である。
 敵新型戦艦はおそらくまともな「戦艦」になるだろうが、そいつらは長門型や改装
戦艦群に任せてしまってもかまわない、という思想だ。
 条約の縛りがある限り、攻防速いずれもが長門型に勝る艦を簡単には作れないし、
それならば改装後の扶桑型や伊勢型でもある程度対抗できるからである。

 またその機動力を生かした水雷戦隊支援にも活用できる。
 敵水雷戦隊に対する打撃力はもはや言うまでもないだろう。
 また条約型巡洋艦が出てきても主砲と副砲の手数で瞬殺できる。
 対抗に主力艦が出てきたら、むしろこちらの思う壺である。

 この艦は単艦建造の実験艦的意味合いが強く、その成果は1941年以降に建造が始まる、
扶桑型・伊勢型の代艦に反映されるであろう。


 …となるわけだが、この艦の建造と同時に、長さ160m、幅28mのドックスペースを持つ
排水量2000トンクラスの浮き船渠が2つ建造されていたのである。
 公式にはこれは工作艦に改造された「金剛」と組み合わせて使用され、駆逐艦2隻、
または軽巡洋艦を収容でき、各種工作が可能である、とされている。
 そして呉工廠では、密かに「万一の時に備えた」決戦の切り札が用意されていた。
 それは秘密の巨大倉庫に厳重に保管されていたのである。
 …いつか起こるであろう、戦乱の時に備えて。

 高千穂級の「裏仕様書」には、このような一文があったのである。
 「国際情勢が緊迫し、戦争回避の見込み無しと海軍が判断した場合、また今次
軍縮条約が延長されえず、無条約時代に突入した折には、6ヶ月を目処に本艦を
強力な打撃艦に改装しえること」…。

 そうなのだ。
 この艦は、太平洋に戦雲迫る時には、先に建造した浮き船渠を改造したものを
バルジとしてはめ込み、その余剰浮力で装甲を増強し、最後に主砲塔を取り替えて…。

 基準排水量55000トン、18インチ砲6門搭載、速力28ノットの主力戦艦になるのである。

 このとき、バルジ(元浮き船渠のフロート)の幅はなんと片側5mにも達する。
 これを艦の両舷に取り付けると、喫水10mで排水量をざっと15000トン稼げる。
 バルジ自体の重量もあるから実質の増加分はもう少し小さいが。

 これを利用して、舷側装甲を16インチ傾斜装甲に変更。水平装甲は中甲板まで艦を分解
すると大事なので、最上甲板だけを取り去り、上甲板に3インチの装甲を追加する。
 床面の高さが変わらないように、最初から3インチの緩衝空間を上甲板に入れておき、
そこに装甲板を追加した格好にしたのである。
 そのために変則的な艦殻構造をとったのである。
 またバルジ内にも追加装甲を施し、水中弾や水雷に対する防御力を向上させている。
 詳細は下図に示すが、はっきり言ってこれは対18インチ砲防御である。
 当然これに伴いバーベットや舵機室にも装甲を追加することは言うまでもない。

高千穂主要部防御要綱

 そして交換後の主砲は、建造中に同時並行で開発されていた18インチ三連装砲塔。
 主砲も砲塔もその存在そのものが極秘となっている。
 砲塔の重量差があまりにも大きいことが問題になるが、バーベット構造材を強化し、
砲塔の旋回機構をオーバートルク気味にすることで解消した。
 具体的には400馬力の高圧ポンプ4基を使用して、水圧で砲塔旋回を行っている。
 (史実の大和級に使われていたものとほぼ同様の開発過程のものである。)
 ギアの変速比は変わらないので、旋回速度自体は交換前・後ともに同じなのだが。

 高速戦艦としての建造思想も、全てはこのためである。
 もともと高速を重視して艦の長さを取っているとはいえ、幅が一気に10mも広がり、
排水量も激増するから速力が低下しないはずはない。
 それをもとからの馬力で補い、普通の戦艦並みの速力を維持することを狙ったのだ。

 ただし改装するかどうかは国際情勢や建艦状況によって変わるであろう。
 高千穂を機動打撃艦として運用できるなら、そちらの方がいいからである。

 1941年以降に建造される扶桑型・伊勢型の代艦「武蔵型」は、「高千穂」の運用
実績をもとに、同艦の準姉妹艦として建造される予定である。
 当然これらの艦も…戦時には18インチ砲艦に改装されてしまう予定である。
 ということは、国際情勢緊迫と判断されてから1年後までに、世界最強の戦艦軍団が
海上に浮かぶことになるのだ。
 改装費用は馬鹿にならないが、戦争になってから慌てるよりはましである。

 なお、武蔵型全艦完成後に戦争の危機になった場合、また無条約時代が到来した
場合には、「高千穂」は改装されず、機動打撃部隊の中核として運用されることに
なるだろう。「高千穂」と武蔵型は性能は近いものの、同一行動が取れるとは限らず、
またそのままでも水雷戦隊支援艦としてこれ以上有用な艦はないだろうからである。

 そして18(20)インチ砲を最初から搭載する新戦艦が完成するまでの間、彼女らは
主力艦として、またストップギャップとして活躍し、特に「高千穂」は単艦の遊撃
戦力として、各種作戦支援に「火消し」として運用されうるであろう。