秋津洲


 夕闇が迫る中、明かりも付けていないその狭い部屋にいた人物は頭を抱えていた。
 いや、正確には頭を抱えていたのはそこに居た男女二人のうちの男の方だけだったが。
「………」
「………」
 居心地の良くない沈黙が流れていた。
「…無理だな」
「無理ですね」
 言い難そうに言った浩之の言葉に、セリオはあっさりさっぱり即答した。
「ウケ狙いで20,000t級2隻などとしたのが裏目にでましたね」
「ウケ狙いじゃないぞっ! 単なる趣味だ!」
「……………」(雄弁なる沈黙)
「いや…そこは突っ込んでくれると……じゃなくて、
 考えたら1隻分で2隻造ったんだから、2隻で1隻分としてまかなえば…」
「良いのですか? それで」
「駄目かな?」
「私に聞かれましても…。いずれにしろかなり苦しいですね」

 水上機4機搭載から16機搭載にしろというのはさすがに無茶な注文だった。
 しかも『主砲火力を著しく低下させぬ事』とある。
 もともと4機搭載というのでも厳しかったくらいだ。かなり手を加えなければ8機搭載と
いうのでも難しいだろう。
 利根や改装後の最上を考えれば不可能ではないが、出雲の艦形の問題もあった。
 主砲が3連装3基ならば、後部1基を撤去しても2/3、6門が残るが、連装4基の場合、
後部2基分を撤去すると火力半減となる。
しかも残りが6門ならまだ許容範囲だが、4門というのはあまりに半端だった。
 この艦本来の武装目的としても重巡を圧倒する火力とは言い難い。

「だいたい火力を落とさず搭載機だけ増やすって無理だろう、普通。
 場合によっては突撃かますことも想定した艦だぞ、そんなに水上機載せて突っ込めるか」
「…いずれにしろ普通の戦艦の形態では16機搭載というのは無理があると思われますが」
 大和ですら7機だ。
「だいたい水上機ってのは回収が大変なのに、こんなに積んでどうすんだ?
 16機もの回収なんてやってられないぞ。つーか嫌になるぞ。つーか嫌だ」
「前衛が前にでている間に後方で回収するのでしょうね」
「……」
 さらりと流されるとちょっとさびしかった。

「なんか手はないか?」
「………」
「…ある、のか?」
「勿論正攻法では無理ですが」
 浩之は苦笑した。
「それは今更だな」
「では、先程2隻で1隻分としてまかなうという話が出ましたね」
「ああ」
「それを前提として、後部主砲を撤去して後部全体を航空機の施設とします」
「利根のように?」
 あるいは改装後の最上のように。
「それじゃ結局火力半減だぜ。っていうか、最初にオレが言ったのそのままじゃん」
「いえ、改装するのは1隻だけです」
「は?」
「もともと夜間水雷襲撃の指揮及び支援という相反する目的があったのですから、
 1隻だけ改装してこちらは前に出ないことを前提とした指揮専用艦としてしまうのです」
「あ…」
「もう1隻は改装しませんから、火力はそのままで全く低下していません」
「こっちは火力半減だけどな」
「2隻でみれば4分の1減だけですよ」
「……成る程」
 しかももう1隻はもともと搭載機数が4機なので、2隻で搭載機は20機になる。

 こうして、出雲級の2番艦である秋津洲が改造されることになったが、例によっていくつもの
改装案が挙がっている。
 その中から選ばれたのは最も変更量の少ないものだったが、他のものもいくつか見てみよう。

改装案1
 後部に格納庫を設け、この上に飛行甲板を張り、エレベーター乃至斜面で上部に引き出して
 カタパルトで射出する案。
 (改装後の伊勢い近い)
改装案2
 格納庫は設けず、段差の無い飛行甲板を張る案。
 (改装後の最上に近い)
改装案3(決定稿)
 なるべく少ない手間で航空機の搭載スペースを確保した案。
 (利根に近い?)

 実際に行われた改装の内容は以下のようなものだった。
 まず、後部主砲を撤去し、後部全体を航空機の施設とするのであるが、この際、艦体中央部は
敢えてほとんど手を加えられずそのままとされた。
 ここには搭載機4機、カタパルト2基、その後ろの後檣にデリックが設置されていた。
 この中央部からレールを後ろに伸ばして、後檣の両側に1機ずつ2機、さらにその後ろの第3
砲塔の撤去後に2機で8機を搭載。
 そこから1段下の上甲板を結んで左右両舷にレールを敷いた連絡用斜面が設置された。
 また、艦最後尾にカタパルトがさらに2基とデリックが設置された。
 この上甲板にもレールとターンテーブルが設置されており、斜面の後方に両舷2機ずつ4機、
2基のカタパルト上に1機ずつ、左右カタパルトの間に1機と連絡斜面の間に1機が配置され、
合わせて8機が搭載された。
 これで最上甲板に8機、1段おりた上甲板にも8機で全16機の搭載を可能とした。
 もっとも、苦労したわりには戦争中、16機もの搭載数を実際に満たしたことが1度として
無かったというから皮肉である。

 さて、この改装案が選ばれた理由は勿論手間を少なくということなのだが、その大きな理由と
なったのは後檣の位置にあった。
 最上のような一通甲板にするには、現在の後檣(及びデリック)そのものを、撤去するか移動
しなければならなかった。
 当初、第一候補とされていた改装案2が否定されたのはこれが原因である。
 結果、利根のように段差を残し、運用上やや能率が悪くなったのだが、この結果だけみると、
段差だけなくして同じ高さの甲板を張ってもよいように見えるが、どうせ手間を惜しむならと、
結局それも止めてしまい、かわりに艦尾にもカタパルトを増設してその分能率を高めた。
 この艦尾のカタパルトは中央部に設置されていたものより新型のもので発射速度も速く、
全力出撃の場合は最上甲板の2機乃至4機も下の段に降ろして射出した方が早かったという。

「けっして、図をいじるのが簡単だからって理由じゃないんだな」
「浩之さん、それは自爆です」


艦種不明だよ 秋津洲(改装後) <要目> 基準排水量:20,000t 全長   :218.0m 全幅   :23.20m 機関出力 :156,000馬力 最大速度 :34.5kt 航続距離 :18ktで10,000浬 兵装  主砲  :25cm  連装×2基  高角砲 :12.7cm 連装×6基  魚雷  :61cm 4連装×4基 射出機  :4基 航空機  :16機
 すっかり暗くなった部屋に明かりが灯る。 「………」 「どうかしましたか?」  なにか考え込んでいる浩之に、セリオは控えめに声をかけた。 「いや、前に似たようなことやったような気が…」 「既視感、というやつですか?」 「うーん?」  わかっているのかいないのか、セリオはサラリと言った。 「ココアでもいれましょうか?」  浩之は苦笑した。 「そうだな。頼む」 「はい」 「ところで、そのココアって…」 「頂き物です」 「また貰ったんだ」 「はい、前回」 「前回?」 「この間です」  雑談タイムに入ったようだ。 「実は他にもっと変な案もあったんだよな」 「そうですね。主砲が4門というのは中途半端なので、20cm3連装砲塔2基にする案。  前部主砲も全て撤去して高角砲に換装する案もありました」 「いっそ水上機母艦に改造してやろうかってのもあったな」  主砲は赤城や加賀のように単装で両舷にずらりと並べるのだ。  25cm砲くらいだったらなんとかなるような気がする。  片舷指向は半数になるし命中精度とかも劣るだろうから戦力的にはかなり落ちるが… 「……ちょっと楽しいかも」 「数を減らさなければ良いというものでもないと思いますが…」 「あとは……アングルドデッキをつけるとかな」  だから主砲を減らさなきゃいいってもんでもないだろ! 「アングルドデッキは左舷に設けて、後部主砲は右舷にのみ射撃可能というものでしたね」  20,000tクラスの船体では厳しいが、時間があったらちょっとやってみたかった浩之だった。 「ところで先刻気付いたんだが…」 「はい」 「先に提出したやつ、『秋津洲』が『秋津州』になってた」 「……珍しいですね。手書きならともかく」 「いや、自分でもびっくりだ」