ある条約型戦艦案について−艦政本部・何某主任の手記より。
昭和10年12月
新軍縮条約締結による戦艦性能制限は、旧式化した戦艦金剛の代替艦問題において
大いに担当者の頭を悩ませることとなっている。
これに呼応して提出された平賀案なども有力である上に、さらに各種騒然、百家争
鳴という状態で、すでに百種類以上の案が提出されているともきく。
いかに示す案は現在かなり形の固まっている数少ないものであるが、その実現如何
はいまだ不明である。提出者詳細については今の所秘匿しおく。
まず、同案の興味深いところは国産戦艦として初めて三連装砲塔を搭載することで
ある。
三連装3基9門は本艦でもって代替するべき金剛型より1門多く、十門を越える諸
案よりも軽量に仕上がる可能性が高い。
当初は対16吋防御を検討した形跡もあるが、対14吋防御とされているうえ、艦
主要区画へ限定されている。
その他の部位についてはかなり細分化された水密区画があり、おそらくこれで浸水
をくい止めようというのであろう。アーマー圧についてはいまだ不明確な部分がある
が、方針が対14吋となっているので容易に推定可能である。
面白いのは、全ての航空装備が艦尾に集中していることである。
2基の射出機は艦載機の急速発艦を可能にし、故障時のバックアップともなる。艦
載機は九五式水上偵察機3機と九四式水上偵察機1機となっているが、格納庫容積を
見る限りではもう1機、三座水偵を分解して格納出来そうである。
射出機の間にエレベータが用意されている。面積はかなり大きく、九五式水偵は分
解せずに上甲板へあげることができるようになっている。九四式は分解してあげると
あるが、将来実用化される水偵に翼折り畳み機構を追加すれば、三座水偵でも分解は
不要であろう。
後甲板一帯には水偵用の軌条がある。格納庫容積は4(5?)機分だが、甲板には
もっと並べておけるようだ。
さらに、短艇をすべて艦内へ格納してしまうというアイデアが面白い。後甲板下部
に入り口をもうけ、天井のレールを伝って短艇を出し入れするというのだ。
砲撃時の邪魔にはならないし、必要なときにいつでもすばやく出し入れができると
いうものらしく、これだけでも検討に値する。
主砲自体は金剛型や扶桑型と同じ14吋砲を前提としているようで記載はないが、
新型50口径14吋砲の試作も進んでいるので図を書き換えておいた。
艦橋構造物は高雄型巡洋艦類似のものである。多脚櫓や塔型艦橋などさまざまな案
がでているが、なるほど、これは面白い。戦艦の艦橋としては若干簡素が過ぎる点が
ありそうだが、高雄型の艦橋の下部を貫通している煙路は本型では無いので、容積が
不足することはないだろう。
高角砲は八九式12.7糎連装を4基となっている。
副砲は既存の14糎を砲塔化し、連装を5基(両舷に2基ずつ、また後部軸線上に
1基)としたかったが、重量面で不安が生じ、また艦橋の容積確保も必要であり、艦
橋両舷の砲塔は単装砲座(軽巡搭載のもの)へ変更した、とある。
測距儀その他には記載が無く、新型10メートル測距儀と方位盤を一体化させたも
のを書き加えた。
そのほかとして25粍連装機銃が4基、13粍単装機銃が2基ある。
機関は重油専焼缶と蒸気タービンとのみあり、細かな記載は無い。おそらく執筆者
は機関系に弱いのであろうが、新型の主機を搭載して必要な速力を満たせると考えた
らしい。不可能ではないだろう。
速力は30ノットとある。金剛型の代替であることを強く意識しているらしく、ま
るで巡洋戦艦だ。
艦全体をみてもスマートで、高雄型重巡のようにも見える。
なお、本稿執筆者が同案に悪い印象を持っていないことを付記す。
昭和13年1月
匿名で艦政本部に送りつけられた設計案は実によく出来ていた。
現在に至るまでほとんどの部分は変更されていない。ただ、煙突の高さが明らかに
不足だったのはつい笑いを誘ったが。
艦首のバルパス・バウ構造が最初から盛り込まれていたのはなかなか興味深い。
ただ、軍令部側から艦橋構造物の拡大を求められたのは予想通りだった。夜戦艦橋
と昼戦艦橋が分離していないのは気に入らないらしいが、どのみち倉庫や工作室がた
りなくなるのは目に見えていた。
この部分を改正し、同時にマスト部分も変更した。マストは高雄型重巡洋艦で取り
入れられた四脚のもの(設計案では三脚だった)。
また、戦闘指揮所の幅を若干削減したところ14糎連装砲塔が収まった。担当者に
よるとこの砲塔にはいろいろと手を加えたい場所があったらしいが、結局旋回・俯仰
を電動に切り替えたのみに終わった。
さらに舷側の配置を整理した。
副砲が連装5基では過大なため、後部構造物後方の砲塔を取り払い高角砲を増設。
さらに配置を整理して3番・4番副砲塔の射界を拡大した。
さらに後部構造物全体も前後に拡大して幅を縮小、上部に5番高射装置と予備射撃
方位盤・測距儀をもうけた。
5番高角砲・測距儀ともに配置に大変手こずった。このあたりを後世誰ぞがつつく
やもしれない。
機関は艦本式オールギアード・タービンが4基。缶はロ号艦本式をさらに高圧化し
た新型(まだ名称は未定らしい)を6基搭載した。
機関担当によると、このカマはかなり無理をした設計らしく、「危ないかもしれな
い」という一言がなにやらぞっとしない。しかし軍令部の要求する速度30ノットを
満足させ、しかも排水量を35000トンにできるだけ近づける抑えるとなると、こ
れしかないという。
機関室の拡大を避けることでヴァイタル・パートの圧縮が可能になった。
問題は艦体構造全体だった。思ったよりも重量が増加している。このままでは35
000トンどころか38000トン、最悪で40000トンに達してしまうかもしれ
なかった。
結局我々設計部は非常にラジカルな方法でこれを解決したのである。
まずは鋲による接合をやめ、部分的にではあるが電気溶接を取り入れた。だが、あ
まり盛大にやりすぎると艦体強度の不足という事態を招きかねない。為にあまり効果
は得られないだろう。
舷側装甲も当初予定の10吋をあきらめ、9吋装甲とした。もとよりかなりの傾斜
を与えてあるので、いちおうは12吋相当となっている。
次に夜戦艦橋部分の構造材をDSからアルミ合金へ変更した。軍令部の担当者は信
じられないといった顔つきだったが、なに、どうせ、一発の被弾で吹き飛ぶような部
分なのだ。値段については気にしない。
火に脆いという弱点は無視せざるを得ない。耐火塗料を盛大に塗りたくり、消火設
備を完備するしかない。
なお、通常の装甲板でできている下部へ火が回らないように防炎シャッターを追加
した。
最後に軍令部担当者と相談の上、弾薬定数を削減した。
ほんとうはもっと入るのだが、とりあえず50発ということにしておく。戦時には
もっと積めばいいのだし、法的解釈について悩むのは我々の仕事ではない。
なんとか35000トンから36000トンの範囲に収まりそうである。
あとはどれだけ嘘を強弁するかにかかっているが、これも我々の預かり知らぬこと
である。
一番艦の予定艦名は「周防」だという。
昭和13年2月
突然の軍令部の仕様変更から一月が立ち、設計部は大混乱な状態が続いている。
そのままで艦載機を四倍に増やせというのは無茶も良いところだ。しかも、艦はす
でに建造が決定し、一番艦は部材の発注まで行われているというのに!
艦尾を延長するという離れ業も検討した。だが、排水量制限を越えてしまう。異常
に長い艦尾部は強度も心配だ。 結論だけいってしまおう。
不可能だ。
搭載機:
複座水上偵察機12機以上
水上観測機4機以上
どこにどう積めというのだ。
たしかに周防の後甲板は広い。だが、6機がせいぜいだ。
短艇格納庫だって容積を喰っている。兵員居住区は削れるかもしれないが、搭載機
燃料漕や機関系設備まではまさか削れまい。
これだけ積んでどうしろというのだろうか。軍令部のやることはわからない。
「航空戦艦」が欲しいのなら、砲塔1基くらい我慢しろといいたい(そんな戦艦に
価値があるのかはわからないが)。
軍令部は明日を改造案の最終期限としてきた。
これでも四日延ばしたのだから、褒めて欲しい。だが、四日かかっても結論は同じ
だった。
前回、軍令部の担当官はできなければ腹を切れと高慢な態度で迫ってきた。
連中は脅しが利くとおもったのだろう。我々製図屋に自決する覚悟などないと思っ
ているのだろう。
先ほど各方面への陳情書を書き終えた。
軍令部のやることはあまりにも傲慢だ。そんなにたくさん航空機を積もうとしても、
いたずらに工期の遅延を招くだけだ。戦艦一隻は国防の大事である。
変にいじって使い物にならないフネを作ることだけは避けねばならないというのに。
そもそも周防は厳しい性能・排水量の制限ぎりぎりに作ってある。これを基本性能を
落とさずに搭載機を4倍せよというのが無理なのだ。
周防を救うことが帝国を救うことになるかもしれない。私一人の生命でできるなら
ば安い物だ。
この手記は機密に接することも多く、外部へ公表はできない。艦政本部の機密金庫
にしまっておくことになるだろうから、個人的な感傷をあまり書いても意味はあるま
いが。
天皇陛下万歳
追記。今後、周防の設計主任には兵装担当の○○君をあてて欲しい。
いきなり黒い話ですいません。どうあがいてもできなかったんです。
そもそもぎりぎりの設計でまとめていましたんで、いきなり搭載機を増やせといわ
れて正直泣き出したい気分でした。(結局改装してませんが)
上構をアルミで作るというのはちょっとオーバーテクノロジーかも。
何とか進学が決まったので取りあえず嬉しいです。
ルール違反&期限切れとやらかしまして、どうもすいません。誰か主任の魂を救っ
てあげて下さい。
要目
基準排水量;35000トン(予定)
満載排水量;42000トン
全長;225.5メートル
全幅;30.85メートル
機関;ロ号艦本式改 高圧缶×6基
艦本式オールギヤード・タービン4基
軸数;4
速力;30ノット(予定)
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