昭和14年9月、海軍で行われた試作艦上爆撃機の書類審査は三菱案をめぐって大荒れに
荒れた。
海軍技官:「三菱さんょ〜。今日は艦爆の書類審査だぜ。何で12試艦戦の図面なんか
持ってくるんだ?」
三菱技師:「確かに側面図を見ると12試艦戦によく似てますが、正面図と上面図も
見てもらえば違いが分かります。」
海軍技官:「どれどれ。うぐぐぐっ、なんだよこれは。あの要求仕様から如何したら
こんな機体になるんだ?。」
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三菱技師:「と、とりあえず設計のコンセプトから説明させてください。」
三菱技師:「まず、エンジンなんですが、500kg爆弾がつめる機体で最大時速500km/h以上と
なると1500〜1800馬力のエンジンが欲しくなります。とりあえず使えそうな
エンジンは1500馬力の火星ですが、何しろ大きいし重い。」
海軍技官:「その大きくて重いエンジン積んで14試局戦作ってンのは誰だ?。」
三菱技師:「いゃ、あれは局戦ですから、航続距離も要らないし、空母で運用する訳じゃ
ないから離着陸速度が少々速くてもかまわない。ともかく馬力があれば
良いんです。」
三菱技師:「中島さんの護はトラブルだらけだし、2000馬力クラスの誉なんてエンジンを
始めたみたいですが、何時完成するか分からない。」
海軍技官:「今度は他人の悪口か。金星はどうなんだ?。」
三菱技師:「99式艦爆と同しじゃ面白くない。1080馬力しかないし。」
海軍技官:「だから双発か?」
三菱技師:「1000馬力クラスのエンジンを二基積めば要求仕様を満たすのは難しくはないです。
それに要求仕様には単発に限るなんて書いてなかったし。」
海軍技官:「むっ、まあ、仕様に書かなかったんだから百歩譲って双発は認めたとしてもだ、
双発機ってのは真中に胴体が在って両主翼にエンジンがくっついてるもん
だろうが?。こいつは12試艦戦二機をつなぎ合わせただけの手抜きじゃネ〜か。」
三菱技師:「双発機が単発に比べて運動性が低いのは重心から離れたところに重いエンジンが
あるからで、二基のエンジンをなるべく近づけて配置すれば双発機でも運動性が
良くなります。そのためには中央の胴体が邪魔になりますから、この形態は双発機の
運動性を良くするには最適な形態です。全面投影面積も減るからスピードも出せるし。」
三菱技師:「それに、決して手抜きではないですよ。12試艦戦には無い主翼の折り畳みだとか、
内翼後縁のダイブブレーキも装備しますし、急降下に耐えられるように各部の強化も
します。武装は内翼に20mm砲二門の集中配備ですし、後部には7.7mm旋回機銃も積み
ます。着艦フックの取りつけ位置には苦労しました。推力中心に置かないと着艦時に
スピンします。で、水平尾翼中央に取りつけることにしました。」
海軍技官:「でも、双発ってのは・・・」
三菱技師:「双発にする最大のメリットは全てにおいて余裕が出ることです。試算によれば250kg
爆弾3発や800kg航空魚雷の搭載も可能になります。330lの増槽を三個積めば4000km
近い航続距離も確保できます。おまけに、片肺になっても飛行は可能ですから搭乗員
の生存率は飛躍的に向上します。」
海軍技官:「量産が容易で稼働率が高いってのはどうなるんだょ。双発なら部品点数も多くなるし
整備にも時間が掛かるだろうが。」
三菱技師:「生産で大変なのは部品の調達です。70%以上は12試艦戦の部品が流用できますから、
部品の製造工程を共用できる。整備だって同じです。予備のエンジンや主要部品は
12試艦戦と共用ですから空母上での運用は楽になるはずです。」
海軍技官:「12試艦戦が優秀なのは認めてやるが、まだ制式採用した訳じゃネ〜ぞ。まあ、
中島さんが降りちゃったからほぼ決まりだけどな。」
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特異な形態をした双発機に難色を示す海軍側であったが、三菱設計陣の理詰めの説得に推し
きられ渋々試作を認めた。試作は順調に進み、昭和15年6月には初飛行を迎えたが、その性能は
要求仕様を完全に満たすもので、懸念された運動性も双発機としては傑出したものとなり、
部分的な改修を経て昭和16年4月には海軍の最終審査に合格した。
制式採用は貰ったと喜ぶ三菱経営陣を尻目に海軍が提示したのは、「空母での双発機の運用は
経験が無く、実戦配備してその是非を試験する」というもので、このための増加試作機20機が
発注された。
三菱14試艦上爆撃機(D4M1)主要緒元
乗 員 2名
発動機 中島製 栄12型 940馬力×2
全 幅 15.6m
全 長 10.3m
全 高 3.51m
最高速度 523km/h
自 重 3360kg
全装備重量 4980kg
航続距離 2300km〜3790km(330l増槽×3)
爆装時航続距離 1750km(500kg爆弾×1)〜2790km(250kg爆弾×1、330l増槽×2)
武 装 99式1号20mm固定機銃×2、92式7.7mm旋回機銃×1
最大搭載量 250kg爆弾×3または500kg爆弾×1または800kg航空魚雷×1
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20機の増加試作機は昭和16年10月には納入され、転換訓練を経て実戦配備が始まった。その後も
増加試作の発注があり、昭和17年7月までに納入した増加試作機は100機を数えるまでになったが、
相変わらず制式採用の報はもたらされる事は無かった。
そんな折、海軍から呼び出しを受けた三菱は今度こそ制式採用かと期待を膨らませたのだが、
海軍から伝えられたのは「最大速度を550km/h以上に、航続距離を50番爆装時に1700km、
25番爆装時で2800kmにしろ」という求仕様の変更であった。
航続距離は問題は無かったが、既に空力的にはほぼ完成された機体の最大速度を上げるには
エンジンの換装以外には手が無かった。そこで、零式艦上戦闘機の性能向上案を本機にも適用
することとしたのである。
具体的には、エンジンを栄21型に換装すると共に、翼端を50cmカットして速度向上を図った
のであるが、当然の事ながら航続距離の減少を招き、燃料搭載量を増やせば今度は重量が増して
スピードが落ちるなど、開発者の四苦八苦の果てに推力式単排気管の採用と機体内燃料タンクを
増大することを合わせて、なんとか変更された要求仕様を満たすことが出来たのである。
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三菱14試艦上爆撃機改(D4M2)主要緒元
乗 員 2名
発動機 中島製 栄21型 1130馬力×2
全 幅 14.6m
全 長 10.3m
全 高 3.51m
最高速度 555km/h
自 重 3650kg
全装備重量 5330kg
航続距離 2410km〜3620km(330l増槽×3)
爆装時航続距離 1820km(500kg爆弾×1)〜2810km(250kg爆弾×1、330l増槽×2)
武 装 99式1号20mm固定機銃×2、92式7.7mm旋回機銃×1
最大搭載量 250kg爆弾×3または500kg爆弾×1または800kg航空魚雷×1
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本機は急降下爆撃だけでなく雷撃や偵察にも活躍したが、離着艦速度が速く未熟な搭乗員
の事故が頻発したことや、双発の艦載機に抵抗を感じる海軍の思惑なども重なり、彗星や
天山、彩雲などの新鋭機が配備されるに従い活躍の場は空母から陸上基地へと移され、
本機の発注も打ち切られてしまった。
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この時期、米軍重爆の迎撃に苦慮していたラバウルでは、本機の外翼に20mm砲二門を
追加装備し迎撃任務に当て好結果を得ていたのだが、この報告を聞いた海軍は早々に
重爆専用の局地戦闘機として再度の改修を三菱に指示した。
三菱では、ダイブブレーキや着艦フック、翼内タンクや後部7.7mm機銃を廃止して
軽量化すると共に内翼に20mm機銃四門、外翼に二門の全六門とし、重武装な
双発複座局戦に仕立て直した。
この局戦は陸軍の屠龍と共にB-29の迎撃に威力を発揮し、残存するD4M1やD4M2も機銃
を追加装備して局戦へと改造されていった。
金星62型に換装した性能向上型も試作され、高々度性能もまずまずであったことから
軍部からも期待されたのだが、エンジンの供給が滞り製造された機数は多くは無い。
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いくつもの戦果を残したものの、度重なる仕様変更で最後まで制式採用されることなく、
不遇に終わった本機ではあるが、「白菊」や「赤とんぼ」までが爆弾を抱えて特攻に
駆り出される中で、本機だけは正攻法で終戦の日まで戦い抜いたのである。
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作者の戯言
お気づきのように、発想の原点はツインムスタングです。P-51を二機つなぎ合わせて
長距離戦ができるなら、零戦二機をつなぎ合わせた艦爆でもまずまずの機体になる
だろうという単純な発想です。
性能緒元もかなりいい加減で、零戦二機だから速度と航続距離ははそのまま、搭載量
は倍で自重も倍だろう、程度しか考えていません。
時期的にみて、仕様変更前の機体を零戦21型ベースとしたのが幸いし、仕様変更後も
零戦32型プラス推力式単排気管で対応させました。
それにしても、日本機人気ナンバーワンの零戦をこんな機体にしてしまって、どんな
突っ込みが来るのか、後が怖そうです。
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