三菱 一四試艦上爆撃機 冥王星

 

絵は試験飛行中の試製「冥王星」初号機を伴走の97式大艇から描いたもの

 

★間違いのはじまり★

 突然であるが、世の中にはとんでもない姿をした飛行機が多数存在していることは、賢明なる読者諸賢には周知の事実である。その一つに、左右非対称というジャンル(?)がある。厳密に言えば、左右非対称である航空機は多い。例えば垂直安定板が傾いていたり、左右の主翼、あるいは水平安定板の形状が、微妙に違っていたり。無論、コクピット関連の艤装という物も、細かく見ればそうなるのだが、ここでは除外されるべきだろう。
 しかしながら、一般に非対称と言えば、西に「Bv141」、そして東にはこの「冥王星」あり。実際に飛んだ非対称機は、ヘリを除けば極めて少ない。彼らは何故、そのような設計を実施するに至ったのか。その理由は何なのか…。もっとも、この「冥王星」は、「Bv141」の影響を多分に受けているから、東西対抗とするには、少々問題があるのだが。

 事の起こりは1939年(昭和14年)6月の、帝国海軍発令「14試艦爆」であった。最大速度500km/h以上、500kg爆弾を抱えて1400km、あるいは250kg爆弾1発搭載で2000kmを飛行可能。急降下爆撃が可能であることは言うまでもない。また、万一の場合には戦闘機として防空任務に使用可能であること。武装要求も、防空に使う事が前提になっていると見て良いだろう。これだけなら何も問題は無い。しかし、備考に付け足された一文「開発中の、実験機的要素の強い13試艦爆を補填する機体であるため、量産が容易で稼働率の高いことを目標とすること。」 これが問題だったのだ。
 どう問題だったのか。それは彼らがこう考えたからだ。

「つまり、空技廠の13試艦爆が本命というわけだ。民間のやることなんて、当てにならんと言っているわけだ。彼らは我々の方が凄いものを造れると言ってはばからず、我々に対し、その後詰めをしろと言ってきたのだ! 諸君、このような暴言に対し、我々は黙ってこれに甘んじて良いだろうか? 言うまでもあるまい! 断じて否であるッ!!」

 妄想気味なこの発言は、戦後に発見された、とあるノートの記述によるものだ。無論、軍の真意は異なり、仮に13試艦爆が失敗した場合には、99式艦爆を継続使用せざるをえず、そして将来当機が旧式化した場合、後継機の不在から艦爆隊の戦力が相対的に低下することを恐れたからである。場合によっては、こちら(14試艦爆)が本命だと考えていたのかも知れない。「補填する機体」にしては高い要求仕様も、それを裏付けている…と言われればそうも読めるだろう。
 しかし、彼らはそうは思わなかった。そして、決定的に斬新な機体を創り上げ、要求仕様を大幅に上回り、ひいては空技廠の鼻をあかすために行動したのだ。奇怪なスタイルの当機。激しい感情が生み出したそれも又、数奇な運命を避けることは出来なかった。



★主要目(試製冥王星 D5M1)★

構造:単葉一部逆ガル・全金属製・応力外皮構造・双発・双胴・双尾翼・左右非対称・艦上機
全長:10.8m(機銃含む)
全幅:15.7m
全高:5m(予定)
自重:3700kg
全備重量:7500kg
発動機:三菱「金星」51型(離昇1300PS)×2
プロペラ:ハミルトン油圧式定速3翅・直径3.4m
最大速度:590km/h(高度3000m)
実用上昇限度:10,100m
巡航速度:380km/h(高度3000m)
航続時間:8時間以上(全備状態)
航続距離:3500km以上(25番×3&600リットル増槽×1で)
燃料搭載量:2500リットル+増槽
兵装:
 ・主翼固定 20ミリ機銃×2(99式1号20ミリ固定機銃1型、60発弾倉)
 ・尾部旋回 7.9ミリ機銃×1(1式7.9ミリ旋回機銃、75発弾倉を標準で12個搭載)
搭載:
 ・80番爆弾×2
 ・50番爆弾×2
 ・25番爆弾×3
 ・6番爆弾×12
 ・航空魚雷×1
乗員:2名




  
  


試製「冥王星」三面図

 

  


★どこまでも走れ★

 さて、読者の皆さんならよくお分かりと思うが、これは、お前達は要求仕様を見てないんじゃないか、という程要求と懸け離れた性能を持つ代物である。艦爆のくせに雷撃能力まで付加し、最大速度は100km/h近くも上回り、搭載量は3倍、航続距離も1.5倍あるのである。艦上機のくせに、スペックだけなら一式陸攻より強力なくらいだ。その代償として、双発機然とした大きさと、米アベンジャーと同等の全備重量になってしまっている。これもすべて、設計陣のおかしな妄想の為せる技である。そして今から、そういう結果に至る軌跡を、紹介しよう。

 彼らは考えた。そもそもエンジンが一基では、飛躍的な性能向上は望めない、と。確かに「火星」や「護」は1800馬力程度を出すが、元々陸攻や重爆用のエンジンであり、大きく重い。艦上機であることを考えると、あまり巨大なプロペラを付けるわけにも行かないし、単発で攻めるのは限界があるように思える。従って多発にすることになるが、3発以上は、艦上機という事も考えると、少々無理があるだろう。では双発にするとして、どのようなエンジンを、どのように搭載するのが適当か。まずエンジンであるが、「火星」と「護」を外すと、実績があり、かつ使えそうな物は、おおよそ「金星」と「栄」に絞られるだろう。これらはいずれも14気筒であり、将来18気筒に拡張する余地もある。それらも考慮に入れると、直径はやや大きいものの、排気量の大きい「金星」の方が将来の発展性には期待できるだろう。こういう経緯によって、「金星」を採用することになった。最終的には離昇1300PSを発揮する「金星」51型が搭載されることになる。

 さて、エンジン選定の経緯は、まあそれほど奇異ではないが、その後どうしてあのようなゲテモノスタイルになったのか。それは勿論、性能最優先設計によるものだ。つまり、この双発をどのように搭載するかである。
 普通の双発機スタイルでは、言ってみれば胴体が三つあるような物で、抵抗は単発に対して大きく増加する。必然的に幅も重量も増大し、艦上機として収まらなくなる恐れもある。
 となると次に出てくるのは、普通の単発機の尻にエンジンを追加した、我々の知っているところの「Do335プファイル」のようなスタイルである。非常に合理的で、洗練されたスタイルと言えるだろう。しかしこの配置では、離着陸時に後部プロペラの始末に困るし、全長も延びる傾向にある。艦上機としては少々辛いかも知れない。
 次に来るのは、単発機を2機横に繋げた形だった。視界も悪くないが、尾翼を支えるのに胴体は二つも要らないから、重量の無駄遣いである。そこへ一葉の写真が現れた。その被写体は…。その異様なスタイルを見てしまった時、そう、ここで何かが狂ったのだった。

 つまり、双子機の双胴のうち、片方を切り落として、エンジンを推進式に持ってくるのである。これでプロペラ効率は向上し、前方視界も向上し、機首付近に機銃やその他の装備を確保することも出来る上、切り落とした胴体の分、重量も有利だ。さらに利点として、もう片方の胴体前部、重心付近には人が居ない。つまり燃料も爆弾も大量に搭載できる。後方銃座は、牽引式にエンジンの付いた方の胴体後部に設ける。後方射界は極めて良好だ。操縦士とは隔絶されているので、伝声管が必要だ。
 さて、問題はどっちの胴体をどちら側に配置するのかだが、答は簡単だ。空母の艦橋は概ね右に付いているのだから、これが見える右側にコクピットを持ってくる方が良いに決まっている。仮に逆だとすれば、もう一方の胴体に隠されて、殆ど見えないだろうから、選択の余地はない。これで、おおよその外形は定まった。
 降着装置はどうなるのか。主翼から推進式にエンジンを備える以上、脚柱は通常より長くなるだろう。これを避けるには、右胴体を持ち上げてクリアランスを確保し、さらに主翼を逆ガルにするしかない。また、プロペラも出来るだけ前に寄せるべきだが、限界はある。よって、それでも脚柱は長くなった。ただし間隔は広く、その点では問題ない。主脚カバーはダイヴブレーキを兼ねており、進行方向側へ立つように動作する。しかし、着艦時に突然速度が落ちる問題も抱えていた。また、着艦フックであるが、重心とこれは推進軸一直線上に無いと、都合が悪い。これは、垂直尾翼を二枚として、内一枚を軸線上に置き、その下端に着艦フックを設けることで対応した。これでますます異様なスタイルになったのである。強度の問題もあるので、この付近は特に頑丈に造られている。もう一方の垂直尾翼は、水平尾翼端に付いている。尾輪もプロペラクリアランスの関係で、かなり長く、主脚に近い大がかりな構造になっているが、尾部銃座が存在する関係で胴体が太いため、収納スペースには不自由していない。
 主翼であるが、これもまた非常に奇異な形態である。平面形も左右非対称だが、上/下反角も左右非対称なのだ。これは、右胴を高く持ち上げるため、左胴に対しては中翼、右胴に対しては低翼という、特殊な配置になっているためだ。平面形は、前縁は後退角零、後縁は途中から前進角が付いている。三菱の矩形翼は珍しく、他にはキ−83など少数に見られる物だ。全幅は16m近いので、左側は逆ガル屈曲部、右側は右胴から1.5m付近から上方へ折り畳めるようになっている。エルロンは折り畳み部分に搭載され、タブも装備されている。フラップは折り畳み部の内側に装備されたスプリット・フラップである。なお、急降下に耐えるため、かなり分厚く頑丈な構造になっていることは、言うまでもない。かなりの重量を喰い、また全幅も大きく厚みもあるため、抵抗は小さからぬ物があったが、そこは「双発の強みだ。馬力で覆い隠せ」であった。
 爆弾倉は左胴体内に設けられた扉付の物だが、コクピットが無いため段差もふくらみも無く、空気抵抗の増加は最小限に留まる。サイズは極めて大きく、80番爆弾2発の他、91式航空魚雷の搭載まで可能である。13試艦爆どころか、16試艦攻(流星)、15試陸爆(銀河)を凌ぐほどの野心的な攻撃力だ。また、増漕を懸吊することも可能。
 燃料タンクは左胴体爆弾倉上部、内翼、操縦席下部及び後部などに設けられ、容量は2500リットル。大半は左胴体内に収まる。
 二基のエンジンは基本的に同一だが、補機類の配置が大きく異なり、互換性は無い。左1番エンジンは特に変わったところはないが、2番エンジンは操縦席に寄せて延長軸を用い、後端を整形してある。冷却は強制空冷ファンにより、ぎりぎりまで絞った操縦席との段差に設けられたインテイクから、空気を取り入れる。冷却不足の心配から、開口部面積は計算値より3割ほど大きく取られている。当然ではあるが、排気タービンなどは装備されていない。
 武装は右胴体機首の20ミリ機銃×2と、左胴体尾部の旋回7.9ミリ機銃。要求仕様に沿った物だ。しかしながら機首20ミリは初速・発射速度共に低く、従って命中弾を得にくい上、装弾数も少ない。このため、7.7ミリ機銃多数装備案が出された。これは、艦爆・艦攻の進入を阻止する目的からすれば、必ずしもこれを撃墜しなくとも、数発の命中弾によって、対艦攻撃能力を喪失させることが出来れば十分である、という考えによる。しかし、当初は仕様通りで設計された。なお、こんな形態で格闘戦が出来るとは思われておらず、従って対戦闘機戦は殆ど考慮されていない。



★遙かなる大洋★

 当然ながらこのような機体に軍が資金を出すはずもなく、自社開発というハメになった。その上三菱幹部もこんな機体がモノになるとは思っていなかったようで、設計の驚異的な早さにも関わらず試作機の完成はやや遅れ、開戦からおよそ1ヶ月、42年1月18日に初飛行となった。その結果、速度、搭載量、航続力などの点では確かに優秀ではあったが、予想されたとおりその操縦特性は極めてトリッキー、かつ不安定であった。特に脚を出すと極端に速度が落ちるため、着陸操作は難易度が高く、慣れていなければ危険であった。努力は払ったものの操縦応答もやはり左右非対称であり、また急降下時の特性もマトモではなく、失速特性は危険であった。結果、最低でも専用パイロット育成の必要があるとされ、またも自社開発でタンデム操縦席の練習機型の製作を強要されるハメになった。一方、もう一つ心配された推進式2番エンジンのトラブルは、一応予想の範囲内に収まっていた。
 改修型とタンデム操縦席型は半年後の42年7月、すなわちミッドウェー海戦の直後に完成した。
 なお、同時に「大口径機銃搭載重爆迎撃機型」、「陸上爆撃機型」、「高速偵察機型」、「哨戒機型」などの派生型の開発、エンジンもさらに強力な「ハ−43」、「誉」などに換装する計画も提案されていた。
 公試後、仕様変更が発生した。
 「ふん、無定見な。それでもどうだ、コイツは要求を満たしている。OKだ、万事問題ない。問題ないのだ」
 こうして、細部の調整が進められていく。
 
 結局操縦不安定さがネックとなり、当機が艦爆として採用されることはなかった。代わりに長大な航続力と大きな搭載量で、偵察兼の艦攻として採用、17年の末に「艦上偵察機 冥王星11型(D5M1−C)」として少数が配備されるが、これも彩雲の採用によってその座を追われる形となる。こうして昭和19年内には当機を空母艦上で見ることは出来なくなった。艦載型系列の総生産機数は40機とも100機とも言われるが、いずれにせよ少数に留まっているのは確かである。
 しかし、陸上機としての運用はそれなりに堅調であった。陸攻・陸偵としての活躍である。急降下爆撃、艦載の制限から外れたため、主翼折り畳み機構を排し、強度を下げ、また翼端を切り詰めた21型系列が、それだ。さらに発動機を新型の「金星62型」に換装した物を22型と呼ぶ。一般には冥王星改1、改2と言った方が良いだろう。現存する写真や資料も、大半はこの型についてである。改造の結果、速度性能が向上して、最大速度は640km/hに達した。この、軽爆としては最速クラスの速度で火の付いた南方戦区を駆けめぐり、少数ながらも相応の活躍を残している。反面、白昼強襲などの突入的な作戦に従事することが多かったため、損害も大きく、21型、22型生産数304機の内137機までが作戦中に失われている。
 19年も半ばを過ぎると、再び改修が行われた。局地戦闘機である31型系列だ。仮想敵はただひとつ、B−29。発動機を第一案は「誉」24型ル、第二案が陸軍の「ハ−112−2ル」を海軍型にした「金星」62型ルとし、高度10000mにて第一案690km/h、第二案650km/hを目指して設計、製作が進む。武装も変更され、20ミリ機銃は2号4型の発射速度向上型、それに左胴体には斜銃も装備する(3門)。爆弾槽は撤去され、尾部銃座も撤去。さらに燃料タンクも左胴体内のみに削減し、浮いた重量で多少の防弾装備を施したのである。しかし、19年10月に行われたテストの結果は、満足できるものではなかった。試作機用にと特に慎重に造られた「誉」発動機だったが、発動機本体ではなく排気タービン側に故障が頻発、第二エンジンの冷却不足はさらに深刻で、所詮繋ぎである当機に手間は掛けられないとして、第一案は破棄されるに至った。第二案も排気タービンは良い状態とは言えなかったが、9000mにて597km/hを記録。不十分ではあるが対抗可能と判断され、震電の完成までの繋ぎとして、生産に入った。最後まで「金星」と共にあることになったのだ。戦闘では専ら斜め銃戦術が用いられ、操縦士達に挙動不審のなんのと文句を言われつつ、短い作戦期間ながらも、雷電と共にそこそこの活躍を見せた。
 そして20年に入り、震電11型の数が揃うのと共に、常に繋ぎ、予備として活躍してきた当機も、その短い一生を終えることになるのである。それでもなお、その航空史上希に見る奇怪なスタイルは、日米双方の目に焼き付いているのだった。








★馬鹿の元締め★

はい、桜華雷帝です。御覧の有様であります(笑)。
モデルにBv141があったのは事実ですが、むしろベルの迷作「エアラクーダ」を見て、電撃的に閃いたものです(爆)。
こんな奴等を下敷きにしたのでは、マトモな飛行機に仕上がるはずもなく…後は見ての通りです。
基本形態を別にしても、平面図は四角くて、側面図は丸い。どの会社が造った飛行機やらわかりません。
…実は前後を逆にしてエンテにしよう、などという企みもあったのですが、全高が高くなりそうなので止めました。
左右非対称故の不具合は数限りなくあるでしょう。恐らく、爆弾や魚雷を投下すると、重心が狂います。
一応、トリムを取れば大丈夫な範囲じゃないかな、とは思っていますけどね。
でも、こいつで空中戦をやるのは難しいでしょう。私なら…乗る事自体がちょっと躊躇われます(爆)。
そして、全備でアヴェンジャー並です。双発だけあって、それでも馬力荷重は約3.2、零戦五二型丙とほぼ同じです。
しかし、翼面荷重がかなり大きいため、発艦性能が良いとは思えません。着艦も挙動不安定で難しい…と。
こいつの存在意義の一つに、本文でもちょっと触れましたが、震電への布石というのがあります。
推進式配置を早期に物に出来ていれば、後世大人気の震電も、実用化していた可能性もあるでしょうね。
でも肝心のコイツは隙間に生きる日陰者。そのくせスタイルで異様に目立つという…(笑)。

愛称の「冥王星」ですが、一つ衛星を持っています。
で、この衛星が本体の半分もある巨大なやつで(と言っても冥王星自体が小さいけど)、連星系のような状態なのです。
ということでこの1.5胴体機にはなかなかマッチして良いのでは、などと一人納得する次第。

えっ? 仕様変更?
コイツは最初から変更後仕様を満たしているのです。故に、殆ど手を加えていません。
80番2発抱えて急降下爆撃。海軍よ、これ以上何を望む(笑)。まあ、非常に扱いにくいんですが(笑)。
ほんとは絵なんかも描き直すつもりでした。しかし、戦艦とか怠けとか事情とかで、出来ずじまいでした。
無駄に脚が長いのだけは直したかったんですが…ちょっと後悔が残ります。

では、こんなモノにお付き合い下さいまして、ありがとう御座いました。
  
  
  
  
  
  
  
  

2003 桜華雷帝

  D5M 試製冥王星